作:しーば
抱きしめる事の出来ない彷徨を包んでいる間に、雨が強くなり始めた。
私は、心の中でもう少し、もう少しと呟いていた。
雨が1番強くなった時に
私は彷徨に、触れる事の出来ないキスをして、最後のお別れをした。
教室の真上に登り、そのまま校舎を突き抜けて、大きな雨粒を通り抜けて
真っ黒な雲の中を突き進む。
身体をすり抜けて行く雨粒が多すぎて、雨なのか涙なのかは区別できない。
雲の最上部を付き抜けた所で、私は止まる。
遠くに日が落ちる光景が見える。
私はそれに向かって言った
「彷徨ぁ〜大好きぃ〜愛してます〜!」
「この世界に居る私の事宜しくね〜!」
「絶対に幸せにしないと許さないからね〜!」
はぁ、はぁ。
息を切らしながら言い終わった私に後ろに、ある物が出現した。
僅かな空間だけが、黒く渦を巻いている、時空の歪。
よし、時間ピッタリだね。
私は、覚悟を決めてその歪の中に向かった。
歪の中は、暗く何も無い状態。
その中で私は、今までの事を思い出していた。
昔の私は、幽霊は恐いと思っていた。
でもね、今私の目の前には女の人の幽霊が見えている。
人魂みたいにゆらゆら揺れる姿でも無いし、お化け屋敷に出てくるお化けの姿でも無い。
少し透明がかっているから顔の表情があまりはっきりしないけど、外見は普通の人と何も変わり無い。
年齢は私より7歳ぐらい上のお姉さん。ただ違うのは、宙に浮いている事と、私にしか見えない事。
・・・・・・それと、私に乗り移れちゃうこと・・・・・・。
このお姉さんとは海で会った。
ほら、みかんさん達と海へキャンプに行った時ね。
最初の方は、何かが私の側に居る感じがしてた。
怖い感じとかは全く無かったから、気のせいかな?と思ってた。
そしたら、その内私の中から声が聞こえるようになったの。
その時は、私が無意識に独り言言ってたのかな?と思っていたけど
私が考えていない言葉まで聞こえて来て、オカシイと思った。
気付くのに時間が掛かったのは他にも理由があって
その聞こえてくる声が、私の考えている事とほとんど一緒だったの。
例えば、足場の悪い岩場を彷徨と2人で歩いてた時に、私が転びそうになった。
とっさに、彷徨が私の腕を支えてくれて転ばなかったんだけど・・・。
私が彷徨に「ありがとう」と言う前に、彼女から『ありがとう』の声が私の中で聞こえた。
その時の私は、助けてくれた彷徨にドキドキしてて、言葉が出なかった。
彼女からの『ありがとう』が聞こえたおかげで、彷徨に「ありがとう」と言えた。
それ以降、私は彷徨と会話している途中で考えるのを意図的にやめてみた。
すると、彼女の声だけが聞こえるようになった。
だから、私は(わざと)その声を頼って彷徨と会話してみた。
凄く不思議なんだけど、彼女が私の心の中で言っている言葉だけで、彷徨と会話が出来た。
しかも、私なら恥ずかしくて素直に言えない彷徨へのお礼も、普通に言ってた。
きっと私はこの時に確信してたと思う。この人には敵わないな・・・と。
その日の夜、恋人達の木の所で彼女が私と接触をした。
途中から私の記憶が無くなってて、実は何があったのかよく覚えて居ない。
初めて乗り移って身体を貸しちゃったから、その分離れていた私の記憶が全く無い。
気付いたら、ズブ濡れの私と、同じくズブ濡れの彷徨しか居なかった。
もしかして、私。彼女に記憶を消されたとか?と疑った事もあった。
でも、絶対に悪い人じゃない事は分っていたから。
「ねえ、お姉さん。私と一緒にいきませんか?」と誘ったの。
西遠寺で彼女と一緒に暮らし始め、ルゥ君とワンニャーがオット星に帰り、彷徨と私の2人暮らしになった。
彼女が居てくれて本当に良かった。
だって、だって。彼女料理が上手で、彼女が作った料理を彷徨が食べて「うまい」と言わせたんだよ。
凄いでしょ?
それもあって・・・彼女から時々料理の作り方を教えて貰い、私の腕も上がって来てる。
1番面白かった時が、内緒でかぼちゃ料理を勉強しようとした時。
彷徨がどんな料理が出来るか気になったらしく、わざとらしくキッチンを見に来たり。
彼女から料理を教わる時は、1つの身体を共有しながら教わるから、後で凄い疲れる。
だから、彷徨にもう1人の私が居る事に気付かれる事は無かった。
調理中に
『未夢ちゃん、また彷徨君が気にして遠くから見てるよ』と言われると緊張するから、やめて欲しかった。
身体を2人で共有した後、私は物凄い眠気に襲われる。
酷い時は、20時間起きない時もあるぐらい。
面白い事に、彼女に身体を預けて、私が逆にその辺をふよふよ漂っている時
彼女が身体に入ったまま寝る事も有る。
普段はふよふよ浮きながらでも普通に寝れるけど、布団サイコー!とか言ってました。
私が、彷徨と私。私と彼女。彷徨と彼女との関係を考えるようになったのがこの事件の後。
いつものように、彼女に身体を預けて彼女が布団で眠り、私はその付近をふよふよ浮いて眠っていた時。
彼女の寝相が悪く、布団・シーツを蹴飛ばし、パジャマまでも半脱ぎ状態になった事があった。
彷徨が、私の部屋に入ってくる事はまず無いけど、このままじゃマズイと、パジャマだけは着ようと私も身体に入った。
偶然だったけど、彼女は夢を見ていたらしい。
「も〜、彷徨ってば私がとっておいたプリン間違えて食べちゃうなんて許せない!」
何処かの帰りだったのか、怒りながら西遠寺の石段を登っていく私。
今に行っても、彷徨は居ない。
1人でふてくさりながら、テーブルの上で腕組をした腕を降ろし、それを枕代わりとして頬を乗せた。
「彷徨居ないし・・・、もう知らない・・・」
ウトウトと眠りそうになった時に彷徨が帰って来た。
そのまま、私の居る居間まで入ってくる足音が聞こえ、テーブルの上に袋を置いた。
そのまま起きて「おかえりなさい」を素直に言うのがちょっと悔しいので、私は寝たフリをしながらその袋を見た。
おお。あれは、雑誌とかテレビとかで有名なタルトのお店。
中でも、白いちごの限定タルトはなかなか食べれないと言う・・・。
ううう、どうしよう・・・、凄く食べたい。
けど、この状態で「お帰りなさい」「ありがとー」「いただきます」は私の負けよ。
もうちょっと寝たフリしてようかな・・・?
と、悩んでいた時。
「あれ?未夢まだ帰って来てないのか?」と彷徨の声がテーブルの向うでした。
彷徨は私とテーブルを挟んで対面に座ったみたい。
私は顔を半分以上伏せているから、彷徨の表情が見えない。
うっ、もしかして彷徨からかってるのかな?
こんな目の前で寝ている私を見て「まだ帰って来てない」とか・・・。
顔を上げて彷徨を見たら、きっと笑われる。
寝たふり続行・・・。
その時に、電話の音が鳴って一瞬ドキッとしたけど、彷徨が電話を取りに行った。
居間には私と、テーブルの上に置かれた、タルトが入っていると思われる袋。
少し開いてた袋の隙間から、中を覗き込むと、白いいちごが乗って居るのが見えた。
やった!白いちごタルトだぁ!と喜んだ。
電話を取りに行った彷徨が戻って来たら、「電話の音で起きちゃった」の口実で行こう。
よし。と決めたのになかなか戻って来ない。
まだかな〜?彷徨〜?と思って電話の所まで行ったけど彷徨が居ない。
受話器が本体に置かれず、床にぶらーんと垂れ下がったままの状態だった。
何かの急用だったのかな?彷徨は急いで玄関から外に行ったみたい。
心配になったけど、彷徨が話してくれなかったので、どうしようもない。
うーん、まだ出掛けるならせめて一言でも言ってくれれば良いのに。
やっぱり、私が素直に「私も意地になりすぎちゃった。ごめんなさい」と言ってれば良かった。
居間に戻り、彷徨を待つ。
なかなか帰って来ない。
やっと帰って来たと思ったら、ちょっと慌しかった。
居間の隣の部屋に急遽運び込まれたそれを見る。
隣の部屋でずっと眠り続けている物。
彷徨は、その物の傍から離れずにずっと居た。
その光景を見て、私は思い出そうとした。
でも思い出せない。
けれど、不思議だった事がようやく分った。
そっか・・・だからか・・・。
彷徨が出て行った後、外れて床に落ちていた電話の受話器を取ろうとした時。
置いたままだったタルトを冷蔵庫にしまおうとした時。
私はそれに触る事が出来なかった・・・。
腕を載せていたはずのテーブルもすり抜けていた。
私は、これって幽体離脱ってやつなのか・・・。と彷徨の傍にあった物に戻ろうとした。
でも、テーブルと同じですり抜ける。ただの物でしかなかった。
どうして・・・?ねぇ?どうして・・・私の身体に戻れないの?
嫌だよ・・・嫌だよ・・・ねぇ!彷徨ぁ・・・私の事見えるよね?
彷徨に触れようとしても、彷徨さえもすり抜けてしまう、私の手。
そんな夢を彼女は見ていた。
私は、その夢の続きを見るのに耐えられず、一度彼女に貸してる私の身体から出た。
悪夢でも、一度起きてしまえば続きを見ること無いよね?
と期待して、もう一度身体に入った。
夢じゃなかったみたい・・・。夢のように続きを見る事は無かったけど。
記憶を思い出すように、さっきの場面を思い浮かべると、自然とその続きが浮かんで来た。
彼女が亡くなった直後、知らずに西遠寺に帰って居た事。
そのまま自分の葬式を傍で見続けて居た事。
その彷徨をずっと見続けて居た事。
そこで、初めって知ったのが、彼女の名前が西遠寺未夢である事。
正直、受け入れられない状態だった。
海であった幽霊が、本当に幽霊で、しかも未来の世界からやってきた私なんて。
ショックが大きすぎて、まだまだある彼女の記憶をたどる事が出来なかった。
私は、そのまま部屋を出て、家を飛び出して、出来るだけ空に逃げた。
溢れ出る感情と涙を止められなかったの。
未来は好きな人と結婚できる。でもそんな時に私は死んでしまう。
嘘だと思いたいけど、なんとなく気付いて居た事。
彼女が彷徨に対して思っている感情が、私より凄い所があった事も納得できた。
「どうして、どうしてなのー!」と私は叫んだ。
それがあった後、私は彼女は何の為にここに居るのかを探る事にした。
わざと、身体を押し付けて彷徨と一日中過ごさせたり、学校にも行ってもらった。
すると、おかしい部分に気付く事が出来た。
確かに、彼女は私の未来だから彷徨の事が好きだ・・・いや、彷徨の奥さん?・・・。
だけど、途中に何かの壁を作って彷徨と話しをしている。
愛情表現を隠している訳でもなく、なんか逆に冷たくなってる。
辛い辛い、マラソンの授業がある時に、後で、美味しいお菓子食べさせてあげるから。
と、誘惑して彼女に頑張って貰った。
未来の私はおやつで釣られるのか・・・。
なんだか、彷徨が私をからかう気持ちがちょっと分ったような気がする・・・。
もちろん、マラソンが疲れるから交換して貰った訳じゃない。
疲れさせて、その日の夜に報酬のお菓子を食べてもらって、ぐっすり眠ってもらう為。
熟睡し、『もう、食べられないよ〜』と言ってる「未来の私」に入り
私の知らない、別の記憶を辿ろうとしたけど、別の意味の記憶を辿ちゃった。
彷徨と結婚してるから、彷徨との大人の記憶があって、気になって見てしまった。
後学の為に・・・と言い聞かせ、次どうなるの?ドキドキ。となって止まらなくなった。
今回は失敗したけど、だめっ。顔がにやけちゃう・・・。
うう・・・、まだまだ私は子供って事ー!
別の意味で、空まで登って叫んだ日でした。
うう、恥ずかしい。
そんな道外れもあったけど、マラソン大会の夜に計画は成功。
驚いた事が、彼女は幽霊の状態になってから、何回もある事をしていた。
彼女のやりたい事「彼女の死んでしまった時」を変える事。
そうすれば、彼女と彷徨は未来の世界で幸せになれる。
私も、そうなれば良いのにと、記憶を辿っている最中に応援していた。
でも、何回やっても、別の方法を繰り返しても、成功しない。
彼女は凄いと思った。これだけの回数をやれば途中で考えが変わり
そして、本人そのものも変わってしまうだろうと予想していた。
私も、この記憶の量の多さに困惑してるぐらい。
大きな収穫は、今の彼女は彷徨と私では無く、別の女性となら幸せになれるはずと考えている事。
だから、彷徨に対する接し方に違和感があったのか・・・。
すると・・・彼女は私と彷徨が一緒になる事を望んで居ないんだよね・・・。
私は、彼女の記憶を辿って行く中で、1つ引っかかる部分があった。
それが出来れば、もしかしたら。と思ったけど今の私には出来ない事だった。
そうやって、彼女との共同生活をしながら時間が過ぎて、そろそろ中学2年が終わる頃
私は実家に戻る事になり、向うの学校に行く事にした。
悲しい事に、編入試験という物があるそうで・・・試験勉強もしないと駄目になった。
正直な所、彼女の記憶を辿ったり、彼女にテストをやって貰えば、大丈夫だと思ったけど・・・。
もう10年ぐらい前の話だから、忘れてる方が多いらしい。
ズルして、試験を受けても嬉しくないので、私はしっかり勉強する事にした。
彷徨が家庭教師になって教えてくれたので、試験は大丈夫だった。
そして、西遠寺を離れる時期が近づいてきた時。
私と彷徨との関係を1番気にしていたのが、彼女。
『ねぇ?未夢ちゃんは彷徨君の事本当は好きなんだよね?』と何回か言われた事があった。
彼女には、私の考えている事、私の記憶を同じ身体を共有しても、知られる事は無かったので、私は「えー!なんでそうなるんですか?彷徨は同居人ってだけで、そんな感情できませんよ」とごまかしていた。
それがあった為、彷徨が私に「話しがある」と言った時。
私はごまかして、彼女に対応してもらう事にした。
大丈夫、彼女の目的はもう知ってるし
今の私が彷徨と一緒になちゃいけない。彼女の記憶を知ってしまったから出来ない。
私もやりたい事が1つだけ出来てしまい。
その準備の為、彼女に身体を預ける期間が段々と長くなった。
その計画を実行しようとしても、正直私の中での決心が固まらなかった。
だって、好きな人が居るんだもん。間違い無く私は彷徨が好き。
そして、未来の私である彼女の事も、私にとっては大切な人になっていた。
今の私がここまで落ち着けたのはきっと彼女のおかげ。
お礼を言いたいけど、こんな形でしか示せなくてごめんなさい。
じゃあ、行きますか。
時空の歪から出た瞬間、私は急いだ。
この時の時間は、未来の私が彷徨と喧嘩して西遠寺から出た時の時間。
未来の私は、この時に、避けられない事故にあってしまう。
今の私は、その時の為にいる。
私の時代に来た、未来の私は、死んでしまった後の私。
今の私は、存在自体は幽霊みたいだけど、生きている私。
今日、未来の私はほんのささいな事故で亡くなってしまう。
不思議な事に、怪我なんて全く無い状態。その一瞬だけの命を替われたら・・・
未来の私は助かるはず。
そう考えて、今浮いている私の下には、西遠寺未夢が歩いてる。
大丈夫、今まで数え切れないほど、このタイミングを体験した記憶のある私ならできる。
歩行者用の信号機が点滅し、西遠寺未夢が止まる。
歩行者用の信号が赤になり、車用の信号も赤に変わった時。
小さな女の子が、遊んでいたボールを追って、立っている西遠寺未夢の前を通り抜ける。
それに、気付いて西遠寺未夢が防ごうと飛び出す。
最後の接触する瞬間だけ、私がその身体の西遠寺未夢を追い出しで私が代わりになった。
驚いた表情をしながら、宙をふわふわ浮いている西遠寺未夢。
この時、西遠寺未夢の身体に入っている私の命が尽きた。
私は、まだ消えかかる直前に、宙に浮いている私を、無理矢理身体に押し戻した。
私は、薄れ行く意識の中で、周りの人達の声に混じり
女の子の声と、西遠寺未夢の声が聞こえた。
もう、私は考える事も言葉を発する事も出来なかったけど、消滅する直前に。
彷徨の笑顔が見えたような気がした。