作:日秋千夜
「よしっ!これで完璧!!」
その頃未夢は,すっかり今の状態にも慣れた様子で,
久しぶりの平尾町散策を楽しんでいた。
前のクラスメイト達はまだ学校にいると知ってはいるものの,
その他の知り合いに会う危険性は無いとはいえない。
そこのところを考慮して,また自身の好奇心も手伝って,
すっかりと大人モードの変装を終えた未夢がそこにいた。
デパートの化粧品売り場でお化粧をしてもらって。
普段は気後れして入ることの出来なかった店で,
やや大人向けの服も買って。
仕上げに,深くかぶると顔を隠すことのできる,
綿素材の柔らかい帽子をかぶって。
「ふふ。なんだか別人みたい〜。ちょっと楽しいかも〜〜」
軽い足取りで町を歩く。
足を運ぶたびに,さらさらとあたる布地の感触が心地いい。
「一回あの店で服買ってみたかったんだよね〜」
怖いかな,と思っていたショップの店員は丁寧で優しい人だった。
店員と二人,吟味に吟味を重ねて,これなら,と未夢が選んだ服は…………………
淡いピンク色の地に,落ち着いた赤の小花模様のワンピース。
薄手の生地を二重に重ねているため,さらりとした着心地と
衣擦れの音を楽しむことができる。
その服は,あつらえたようにしっくりと未夢に似合っていた。
「……ふふ」
ショーウインドーの前に時々立ち止まっては,
つい自分の姿を確認してしまう。
未夢の姿は,道行く人が思わず振り返ってしまうほど美しくて。
しかし当の本人は,全くそれに気づく様子もなかった。
気持ちに少し余裕が出てきた未夢は,町並みを確認するようにゆっくりと歩く。
一年ブランクがあっても,町の様子はあまり変わっていない。
でも時には,閉まってしまった店,見慣れた店員の姿の消えてしまった店を
見ることもあった。
「そっか…やっぱり一年も経つと,少しは変わっちゃうよね…」
どうしても少し淋しさを感じてしまう。
でもそれより未夢は,今ここにこうやっていられることを,
そしてその変化を見ることができることを,何よりも嬉しいと感じていた。
「…………………??」
そのまましばらく歩きつづけていた未夢は,とある街角で足を止めた。
平尾町には珍しく,露天商が出ている。
手作りらしいアクセサリーが広げられた布一杯,所狭しと並べられている。
それらを買うともなく,ゆっくりと眺めていた未夢は、一つの商品に
目を留めた。
「これ,かわいい〜」
思わずつぶやきがもれる。
未夢が手にしたものは,淡い水色の小さい石がはめ込まれた指輪だった。
華奢なリングは円ではなく,指に巻きつくようなデザインになっている。
台から外して指を通してみると,それは驚くほどぴったりと未夢の指に
馴染んだ。
清水を連想させる,やわらかで透明な石の光が未夢の瞳に映る。
「それ,一応フリーサイズで大きさは調整できるんだけど…
君には必要ないみたいだね。よく似合ってる」
指輪をはめた指をじっと見つめている未夢に,売り子の青年が
声をかけた。
「その石も小さいけど一応ほんもの。アクアマリンなんだ」
「あ,やっぱり。3月の誕生石ですよね?」
「そう。よく知ってるね」
「だって私,3月生まれですから」
「そうなんだ」
売り子と話しながらも,未夢の瞳は指輪から離れようとしない。
それを見て,売り子の青年は人の良さそうな顔をほころばせる。
「それ,僕の友達が初めて作った作品なんだよね。なかなかいいでしょ?
初作品ってことでまけとくから,買わない??」
「えっ。…う〜ん」
頭の中で未夢は持ち金をざっと勘定する。
えぇ〜っと,今日は服買ったでしょ。帽子も買ったよね・・。
あっ,あとさっきカフェにも入ったんだっけ。
誕生日のプレゼントにって貰ったおこづかい,結構使っちゃってるよね。
この指輪,すごく欲しいけど……でも…。
「…すごく欲しいけど,ちょっと無理みたい。
今日,もうかなりお金使っちゃってるから……」
名残り惜しそうに指輪を外す未夢。
それでもやっぱり諦めきれなくて,しばらくその指輪から目が離せなかった。
「…でさぁ〜,まったく校長のサルにはまいるよねぇ〜」
女の子たちの話し声で,未夢は我にかえった。
あわてて時計を見ると,もうすぐ4時になろうかというところだった。
「や,やばい!!そろそろ帰らないと……」
あわてて立ち上がり,膝を両手ではらう。かばんを肩にかけなおし,
急いで家に戻ろうとして,未夢はもう一度ふり返って先ほどの指輪を
手に取った。
ちょっと逡巡したあと,少し溜め息をついてそれを台の上に戻し,
今度は本当に西遠寺に向かって駆け出した。
◇◇◇◇
「……??あれは……」
下校途中,彷徨は見覚えのある姿を前方に見かけた。
しゃがみこんで,台上に並べられた商品を熱心に眺めている様子のその人は,
彷徨に見られていることに気付いていないようだった。
帽子をかぶっているために,この距離からだと顔の判別は難しい。
「いや,まさか…いるわけないよな,こんなところに」
そう思いつつも,だんだんと高鳴る胸の鼓動を抑えられずに彷徨は
歩調を速める。
もしかして,の希望が,さらに彷徨の胸を鳴らす。
彷徨がもう少しで相手の顔が認識できる距離まで近付いた時,その人は
慌てた様子で立ち上がり,足早にその場を立ち去ろうとした。
と,再びぴたりと歩くのを止め,もう一度台上の何かを手にとる。
一瞬の呼吸の後,商品を戻し,再び歩き出したその人は,
二度と振り返ることなくその場を立ち去っていった。
なんとなく自分も歩くのを止めてその様子を見守っていた彷徨だったが,
その人物の後姿が見えなくなる頃,はっと気付いて小走りに後を追った。
しかし彷徨が街角にたどり着いた時には,すでにその人物はどこかに
姿を消したあとだった。
「あ〜,見失っちゃったな」
少し残念そうに息をついて,もう見えない後姿を見送る。
それからくるりとふり返って,彷徨は露天商の売り物に目をやった。
◇◇◇◇
「はぁ〜っ,あぶなかった…だれにも気付かれてないよね??
見つかったら大変だよ〜,早く帰らないと……」
未夢は西遠寺に急いだ。
それでも知り合いに会わないように,かつ迅速に歩くというのは
なかなかに難しく,西遠寺の石段にたどり着いたときには,
ぐったりと疲れていた。
「あと一息,がんばらなくちゃ」
自分で自分を励まして,石段を登りだす。
やっとたどり着くことができたと安堵したせいか,疲れているはずの
歩調も軽い。
しかし石段を登っていた未夢の歩調はやがてゆっくりとなり,
中盤で完全に止まった。
俯いて何かを思い出そうとする未夢。
「このビスケットって,確か効果が半日だよね…?お昼前に食べたはずだから
あと1時間くらいしたら元に戻ると思うけど,それまでどうしてよう…」
ゆっくりと彷徨が子供ビスケットを食べてしまった時の記憶を反芻する。
そしてあることに思い当たり,未夢の顔がこわばる。
「どうしよう…今まで考えてなかったけど…。このビスケットって,
作用しすぎることがあるんだよね。どうしよう,本当にどうしよう。
効果が切れる前に見つかっちゃったら,どうしよう…。」
胸の前で手を握りしめ,未夢はぎゅっと目をつぶった。
(4)につづく。