unexpected present

unexpected present (4)

作:日秋千夜

←(b)




「あぁ〜っ,疲れた。親父〜,腹減ったんだけど〜!!
メシもうできてる〜?」

空が朱に染まる頃,西遠寺の玄関に彷徨の声がひびく。

「うるさいのぉ。帰ったらまずは『ただいま』じゃろうが。
夕飯はまだ製作中じゃ。
 5時前にできてるわけがなかろう」

「腹減ったんだからしょうがないだろ?
…ん,なんか今日はやけにご馳走だな。なんかあるのか??」

台所を覗いた彷徨は怪訝な顔をした。
いつもは一,二品のはずの食卓に、皿が所狭しと並べられている。
訝しげな顔の息子に,宝晶は誇らしげに朝言いそこねたニュースを伝えた。

「聞いて驚け!!今日はなんと,……未夢さんが来とるんじゃ〜!!!」

「え?…………………マジで??」

「マジもマジ,大マジじゃ。彷徨〜,嬉しかろう。久しぶりじゃしなぁ」

心底嬉しそうにニヤリと笑う宝晶。
だが,その父の姿にも気づかない様子で,彷徨の目は未夢を探す。

「来てるって・・どこに?だって帰って来た時,靴なんか見なかったけど」

「それが・・午前中に来たまま,どこかに出かけたまま帰って
 きとらんようじゃ。
 久しぶりで迷っておるのかもしれんし,彷徨ちょっと行って探して来い」

「子供じゃあるまいし・・・今更こんなとこで迷うわけないと
 思うけどな〜」

そう言いつつも彷徨の足はすでに玄関に向かっている。
急いで出て行く彷徨の後姿に,宝晶の声が飛んだ。

「6時には夕飯完成させるから,それくらいまでに戻って来るんじゃぞ〜」





      
 ◇◇◇◇









「ったく,あいつどこ行ったんだ?
 1人であいつが行きそうなところって・・・・」

彷徨は未夢の行き先を考えながら,玄関の扉を開け,歩を進める。
そうして歩きながらも,彷徨は未夢の姿を探して,回りに目を配っていた。
石畳を歩きながら周りを見回す彷徨の目のはしに,かすかに動くものが
映った――気がした。


「…??」

ゆっくりと首を傾けて,もう一度確認をする。

「……あんなとこに?でも,一応念のため確認するか」

門から出ようとする足を止め,彷徨は右手の鐘楼に足を運んだ。







石段を登りきると,すぐに彷徨は来たことが間違いではなかったことを
知った。
鐘のすぐ傍にうずくまるようにして座る,黒い人影に声をかける。

「……未夢……?」

黒い人影がぴくりと反応し,こちらを認めたのか驚いたような声があがる。
帽子をかぶったワンピース姿のその人は,間違いなく日中,街中で見かけた
人だった。

「…? ……彷徨!?来ちゃダメ!!」

「なんでだよ。せっかく来たんだろ,挨拶くらいしろよ。
 ったく,イキナリでびっくりしたぞ。
 おまえんちの両親,相変わらず忙しいのか?せっかくの…」


高ぶる胸を抑えつつ,つとめてなにげない風を装って彷徨は未夢に
話しかける。
しかし,影はその場を動こうとしない。
近付いてこないばかりか,むしろ遠ざかろうとしてるように見える。


未夢の態度の不自然さに首をかしげる彷徨。
夕暮れを迎え,再び冷たさを取り戻した3月の風が,
二人の間を吹き抜けていく。

「…どうしたんだよ?未夢。…具合でも悪いのか…??」

未夢を心配する気持ちと,ちっとも縮まらない距離に耐えかねて,
彷徨は未夢の肩口に手をのばす。
それに気付いて,未夢がびくりと体を硬くする様子が,まだ触れて
ないうちから伝わった。

「触っちゃイヤ!…近寄らないで……」


最初叫ぶように,…そして最後はほとんど泣き声かと思うような
その願いに,のばしかけた彷徨の手も止まる。


「…どうしたんだ?なんでそんな…泣きそうになってるんだよ。
 …オレ,お前になんかした…??」


俯いてるせいで表情は分からないが,未夢の肩が少し震えているのがわかる。
未夢の隣に腰をおろし,小さな声で彷徨は尋ねた。

「…っ。 
 …そうじゃなくて…そんなんじゃないんだけど……
 ……今はこのまま1人にして」

「…でも,そんな様子のお前をほっとけないだろ?どうしたんだよ!
 …久しぶりに会えて,会った最初からそんなのってないだろ?
 なんかあったんなら話してみろよ。全部聞くから。
 こっち向いてくれよ,未夢!」

彷徨は抑えきれず,未夢の両肩をつかまえて,軽く揺さぶりながら
しゃべりかける。
その一途さ,その優しさに応えるかのように,ようやく未夢が
ゆっくりと顔をあげた。
その様子に安心して,なおも言葉を続けようとする彷徨の口がふと止まる。



「……………み,未夢?お前…その顔。それに,その姿…………」



化粧してるせいじゃない。
大人っぽい格好をしてるってだけじゃない。
彷徨とほとんど変わらない目線の高さ。
その姿にはいつもの元気な可愛さとは違い,
はっきりと大人の色香を感じる。
未夢であって,いつもの未夢じゃない。
大人の未夢がそこにいた。



あまりのことに,しばし言葉をなくす彷徨。
だがすぐに我にかえって,忘れていた朝の出来事を思い出す。


「あの,朝届いた荷物って,まさか……………………大人ビスケット?」


ふと口をついて出た彷徨の言葉に,未夢の顔がゆがんだ。
大きな瞳にまた涙があふれる。


「隠しておいたのに,親父に見つかっちゃったんだな。
 それをどういうわけかお前が食べちゃったと。
 …でもあれって確か効き目は半日だろ?元に戻れるんだから,
 別に泣くことじゃ…」


未夢の変化の理由はわかったものの,泣いている理由とは
結びつけられずに,彷徨は首をかしげる。
その間にも,未夢の瞳からはあとからあとから涙が溢れてくる。
しばらく辛抱強く待ってみると,俯いて泣き続ける未夢の口から,
言葉にならない声が,かすかに聞こえた気がした。
もっとよく聞こうと彷徨は顔を近づける。

「え?何?よく聞こえな…」

「も……しかした…どんどん,変わっ……っく。
 もし…おばあちゃ…………なったりし……たら。
 そんな……の……彷徨……見られ…た…くな…」

とぎれとぎれに聞こえる声から未夢の言わんとするところを察して,
彷徨は小さく溜め息をつく。


――あ〜,そういうことね。








「あのさ…オレって,そんなに信用ない??」
「……?」

彷徨の言葉に,泣きつづけていた未夢の動きが止まる。
そろそろと見上げる,濡れた緑色の瞳が,やさしい表情の
鳶色の瞳とぶつかる。

彷徨の左手がゆっくりと未夢の右手をとり,もう片方の手で
包み込むようにする。
その時かすかに感じた右手の違和感に未夢は眉をひそめ,
それが何かを確認する。


未夢の表情がゆっくりと驚きの色に変わった。


「……!?こ…これって…」

未夢の指にはめられたのは,欲しかったあの指輪。
混乱と喜びと驚きとで,泣くのも忘れて自分の手に見入る。

「誕生日おめでとう,未夢」

「…っ!」

「ちょっと前に,帰り道の露天でこれ見てたの,お前だろ??
 売り子の兄ちゃんが言ってたよ。
『この指輪の持ち主はあの子以外ありえない!』って。
 …だから,これはお前にやるよ」

「で,でも…わたし,あの時,変装……」

彷徨は未夢の手を握り締めたまま微笑む。

「変装なんか,しててもしてなくっても同じだよ。
どんな姿でいようとも,オレがお前を見まちがうことなんてない。
信じられないかもしれないけど,本当だから。
だってオレは」


そこで言葉を詰まらせ,彷徨は少し俯く。
再び顔をあげた彷徨の顔は,こころもち赤くなっている。
彷徨の真剣な眼差しに射すくめられたように,未夢の呼吸も止まった。

暮れる陽の最後の光が,二人の姿を照らしていた。







「オレは――――――」












そのとき、石段の下から呼びかける声があった。

「――そこにおるのは,彷徨か?未夢さんは見つかったのか???」

カラコロという下駄の音と共に,そのまま近付いてくる宝晶の声。
鐘の下の二人の影が,ギクリと固まった。



「!!!親父?!うわっ,ちょっと待て親父!!今来られると……!!」



周りに隠れる場所を探そうにも,鐘楼の上にいるのではどうにもならない。
飛び降りるには高すぎるし,正面の階段以外の降り口はない。
未夢の姿を隠そうと,とっさに未夢の身体を抱きすくめる彷徨。
石段を昇りきり,こちらに向かってくる宝晶の気配を感じ,
二人はぎゅっと目をつぶった。






「――何をしとるんじゃ,二人とも。そんなとこで」
「へ??」
「はは〜ん,さては人目につかんとこで逢引じゃな??」
「は?何言って……」

ふと下を向くと,元の姿に戻った未夢と目が合った。
どうやらさっき目をつぶっていた時にビスケットの効果が切れたらしい。

「……よ,よかったぁ〜〜」

やれやれと息を付く二人だったが,はたっと現在の体勢に気付く。

「わっ!!///」
「きゃっ!!///」

お互いぱっと離れる。
しかし,真っ赤に火照った頬と胸の鼓動はなかなかおさまらない。

「いいのう,若いもん同士はの〜」

「ちがっ,そ,そうじゃなくて〜」

「もう晩飯じゃ。……続きはまたあとでするってことで,な?」

「ちょ,ちょっと人の話を聞け(聞いてください)よ!!」



ムキになって否定する二人の声が,西遠寺の空にこだました。







         ◇◇◇◇






「ふぃ〜っ,いいお湯だったぁ〜」

濡れた髪をタオルで拭きつつ,未夢は縁側に腰を下ろした。
タオルを動かす手をしばし止め,ゆっくりと夜空を見上げる。
懐かしい場所で見る月は、あの頃と変わらない綺麗な円を描いていた。

「やっぱりここが,一番の特等席だよね」

月の光を浴びようとするかのように,未夢は空に向かって両手を伸ばした。
高く差し伸べられた両手の中で,ひときわ綺麗に輝く指がある。

「あ…」

腕を下ろして,右手の薬指にはまったそれをゆっくりと撫でる。
ビスケットの効き目があった時はぴったりだった指輪だが,
今はするすると指を回ってしまう。

「やっぱりちょっと,大きいかな。このままつけててもいいけど…」


右手を目線の高さまであげて,見つめたまま考え込む未夢。
そんな姿に後ろから声をかける人物があった。




「まだ寝てなかったのか?」
「あ,彷徨……」

そのまま未夢の隣に座り込む彷徨。
しばらく黙って月を眺めた後,ふいに言葉を発する。

「それ,サイズ合わなかったらあとで調整できるって聞いたけど」

「あ,うん。そうなんだけど…………
あ,そうだ。まだお礼言ってなかったよね。ありがとう,彷徨。
すごく嬉しかった。今日が誕生日だって,おぼえててくれたんだね」

少し照れたようにはにかんでお礼を言う未夢。
横目でちらっと未夢の顔を見て,彷徨はふいっと目をそらす。
心なしか,彷徨の頬が赤い。


「そ,そりゃな…………。まあ,一応は。
 …いや,なんか…今年はどうしようかと思ってたんだけど。
 なんだっけ,銀の指輪はお守りにもなるとか聞いたしな。
 ま,その…なんだ…………とりあえず,おめでとうってことで」


未夢から目をそらしたまま,こちらも少し照れたような,
ぶっきらぼうな感じで返事をする彷徨の言葉がとぎれ,静寂が訪れる。


月明かりが二人を包み,やわらかい光を投げかけていた。





沈黙を打ち消すかのように,再び彷徨が口を開いた。

「しっかしお前もよくよく面倒ごとに首をつっこむタイプだよな」

彷徨の,どことなくからかうような調子に未夢が反応する。

「な,なによイキナリ」

「来るなり大人ビスケットなんか食ってさあ。ちょっとは学習しろよ」

「だ,だってまさかそんなのが届いてるなんて思わないじゃない!」

「ま,確かにな。オレも実際驚いたよ。何で今更・・って思うよな」

「ね〜。一年も経って届くなんて,律儀というかなんと言うか・・・」


二人顔を見合わせて,どちらからともなくぷっと吹き出す。
あはは…と西遠寺の庭に朗らかな笑い声がひびいた。





「ま,子供ビスケットよりは断然マシな感じだよな。
 実際未夢も結構楽しんでたみたいだし。
 オレも試しに食ってみようかな。まだ残ってるんだろ?」

ひとしきり笑った後,ふと思いついたように彷徨が尋ねた。

「え?うん,一応まだ置いてあるけど」
「自分がさ,どんな風に成長するのかって興味あるじゃん。
 あとどれだけ背が伸びるのかとかさ。
 明日休みだし,一日家にいりゃ周りにもバレないだろうし」


あとは親父をどうごまかすかだなぁとつぶやいて,彷徨は少し考え込む。
その横顔をじっと見ていた未夢が,ぽつりとつぶやいた。


「ん〜,…でもやっぱり,食べない方がいいよ」

「何で??」

「…………だってさ」


未夢は一語一語確かめるように,ゆっくりと言葉をつむぐ。


「大人になった彷徨には,また未来で会えるけど,
 今ここにいる彷徨は今しか会えないでしょ。
 今日の彷徨と明日の彷徨も,きっと同じようでどっか変わっちゃうんだよ。
 ……だから今は,今の彷徨を大切にしなくちゃ。よく見ておかなくちゃね」


振り向いてにっこり笑う未夢は,ドキッとするほど可愛くて。
その姿に,昼間の大人びた未夢の姿が重なる。
一瞬見とれた彷徨は,それをごまかすかのようにあわてて口に手を当てる。


「…そっか。じゃ、大人になった時のお楽しみってことにするか」

「そうそう。急がなくていいよ」

「…未夢はトロいから,ちょっと急いだくらいのほうがいいかも
 しれないけどな〜」

「なっ!!も〜,なんてこというかなぁ〜っ?」

彷徨の言葉にぷっと頬を膨らませる未夢だったが,すぐに笑い出す。
つられて彷徨も。


「それまでこの指輪もとっとくよ。いつかぴったりになる日まで,ね」

「…なくすなよ?」

「失礼ね〜!なくさないわよ。だって……」



――だって,彷徨が初めてくれた指輪だもんね。



「だって……なんだよ??」

「なんでもな〜いっ!さ,じゃあそろそろ寝よっか」

「そうだな。明日は朝からみんな来るらしいし」

「ふふふ。楽しみだな。・・・それじゃあ,彷徨。おやすみなさい」

「ああ,おやすみ」



互いにおやすみを言い交わして,それぞれの部屋へ向かう。
部屋に戻りつつ,未夢はもう一度月を見上げる。
静かに澄んだ空気の中で,その姿を瞳に刻みつけるように。









これからもきっと何回も満月を見る。
けど,今日の月は忘れない。
ううん,今のこの気持ちも,この空気の感じもすべて覚えていたい。
そうした想いのひとつひとつが,そのまま未来の私へとつづいていくはずだから。


未来の私と,そして彷徨。一体どんな風になってるのかな。
5年後,10年後の私もまた,ここで月を見てたりするのかな…………。




空に浮かぶ月は未夢の問いに答えを返さず,代わりに静かな,
まあるく暖かな光で未夢を包む。





―――そうだった。急いでもしょうがないよね。
     …………それじゃ,また明日。おやすみなさい。―――








月に優しく微笑んで別れを告げ,未夢はゆっくりとまぶたをおろした。





END





作者あとがき

はい,お疲れさまでした〜。作者のさららと申します。
ここまで読んでくださってありがとうございます。

この話は,未夢ちゃんお誕生日企画(でしたよね?)で
書かせていただいた,初小説になりますが。

少し手直しついでに読み返してたんですが,今読んでも
長いですね。初回掲載時も,こうやって切りながら載せるのが
よかったんだなぁ…と今更ながら反省(・_・;)

一番最初に書いた話なのに,それから今までの話で
特に変化が見られないのが哀しいかぎりです。
上達って…そんなすぐにはしないものですね。
まあ気長に頑張りたいと思います。

焼き直しばかり掲載してすみません。
次回作は構想中ですので,もうしばらくかかります…。
ではでは,本当に読んでいただいてありがとうございました。






←(b)


[戻る(r)]