Jealousy in my heart 作:OPEN
  3〜彷徨Side〜 ← →

「えぇっ!?そんなこと言ったのか!?」
三太は信じられない、というように大声を上げた。
彷徨は黙って頷く。
「お前なぁ、んなこと言ったら怒って当たり前だぜ!?しかもよりにもよって光月さんに・・・。」
「わかってるよ・・。」
彷徨はそっぽを向いたまま答えた。

二人が居るのは中庭だ。とは言っても、まだ昼食の時間なので辺りに人は居ない。
本当ならばこんな風に外で食べることは無い。たまに食べるときでも見晴らしのいい屋上で食べるのが普通だが、三太が昨日の事を聞かせろと言い、半ば無理やり引っ張ってきたのである。
彷徨がほとんど嫌がりもせずに黙ってついてきたので、三太は不思議に思ったが、彷徨の様子を観察するうちにわかった。単に無気力状態になってしまっているだけなのだ。
昨日の、未夢とのコトで。
「まったく、俺がパンフレット買ってる間に何があったかと思ったら・・・。」
三太は呆れ調子で言った。彷徨の表情を見て、ただ事ではないなとは思ったが、まさかそんなことになっていたとは・・・
「で?どうしたんだよ?まさか、そのまんまってワケじゃ・・・。」
「・・・・・・。」
「おいおい・・。」
彷徨の沈黙が無言の肯定であることを察して、三太は盛大なため息をついた。
「お前さぁ、俺なんかが口出すことじゃないかもしれねーけど・・・ひどいこと言ってそのまま放ったらかしってのはどうかと思うぜ?」
さっきまでよりも口調が厳しくなっているのが自覚できたが、三太は構わなかった。
彷徨はしばらく黙っていたが、やがて重たそうに口を開いた。
「ダメなんだ・・・。」
「えっ?」
「いま未夢に話しかけたら、また、自分が抑えきれなくなる。あいつにまた、ひどいこと言っちまう・・・。」
彷徨の口調があまりにも辛そうだったので、三太にはそれ以上責めることはできなかった。
彷徨と並んで座り、空を見上げる。どこまでも青く、気持ちのいい天気のはずなのに、彼の隣に居る親友の空気は沈みっぱなしだ。
「お前も面倒な奴だよな〜。そんなに落ち込むくらいなら言わなっきゃいいのに。
お前、光月さんのこと、嫌いなのか?」
「そんなワケねーだろ!!」
予想外に大きな声で反応した彷徨に、三太の方が慌ててしまう。
「おっ、怒るなって。けど、それならなおさらだろ?何もそんな言い方しなくたってさ・・・。」
「しかたねーだろ。そういう・・・。」
そういう性格なんだから、と言おうとして彷徨は口をつぐんだ。今そんな事を言ってもただの言い訳にしかならない。
そんな彷徨を見て、三太はやれやれと言う風に両手を挙げた・

彷徨のこんな所を見るのは初めてではない。
以前にも何度か目にした事のある光景だ。
勉強も、スポーツも、その他色々なことも、全て万能にこなしてしまう彷徨だが、人付き合いだけはうまくできない。
もっとも、彷徨に他人への思いやりが欠けているわけではない。
ただ、不器用なだけなのだ。他人との接し方が素っ気無さ過ぎて、相手にうまく伝わらないだけ。
周りのことをちゃんと一生懸命に考えているのに、そのせいで誤解されて・・・。
そんな彷徨の姿を、幼い頃から三太は見ている。そして、彷徨に何度も言ったことがある。
周りとちゃんと話そうぜ、このままじゃ誤解されるだけだぞ、と。
けれど、そんな時の彷徨の答えは決まって「しかたねーだろ」だ。
こうなると三太にも、もうどうすることもできなかった。

それでも男相手ならまだいい。打ち解けることができなくても、基本的には同じ視点で話ができる。
だが、相手が女の子になるとだめだ。相手に合わせて気を使おうとしても、その気の使い方がわからない。結果として、相手を傷つけてしまう。
(普通に話してたのは、アキラぐらいだもんなぁ・・・)
三太は小4の時に転校してしまった幼馴染のことを思い出した。
未夢に出会うまで、彷徨が唯一気を許して付き合えた女の子。
けれどアキラにしても、男勝りの勝気な娘で、少々失礼な言い方をすれば男友達に近い感覚で付き合っていたから仲良くなれたのだ。
ただそれでも、やっぱり女の子に優しくないと言う難点のせいで、喧嘩して泣かせてしまうこともよくあった。その時は三太が間に入って何とかなったのだが・・・・。
今、目の前で落ち込んでいる彷徨は、その時よりさらに重症だ。ほっとく訳にはいかない。
「なぁ、彷徨。今すぐにとはいわないけどさ。とりあえず一度、光月さんと話してみろよ!」
彷徨は顔を上げた。納得していないのが表情から読み取れる。
「ひどいこと言っちゃうかもしれないのはわかるけどさ、このまま光月さんのこと、避けてるわけにもいかないだろ?そのほうが光月さん、よっぽど傷つくと思うぜ?」
三太の言葉に、ひとつ軽く頷くと、ほとんど減っていない弁当箱を片付け、校舎に向かって歩いていく。
「彷徨〜、いいな、ちゃんと仲直りしろよ〜〜!!」
答えが返ってこないだろうなとは思ったが、三太は彷徨の後姿に、そう叫ばずに入られなかった。
「大丈夫かな、あいつ・・・。」
去っていく彷徨を見送って、三太は無意識に呟いた。




(仲直りしろ、か。わかってるよ、そんな事・・・)
彷徨は休み時間でごった返す廊下を一人歩いていた。
どこに向かおうとしているのかもわからない。そんなことを考える余裕さえも、今の彷徨には無かった。

(なんで言っちまったんだろうな、あんなこと・・・)
議論なんてするまでも無く、昨日のことは自分が悪い。それくらい、とっくにわかっている。

どうして、あんなことを言ってしまったのだろう。
自分が何に苛ついているのか話もせずに勝手に怒って、ひどい言葉を投げつけて、未夢を傷つけた。
不甲斐ない自分に対する怒りが後から後からわいてくる。
(同じか、あの時と・・・)
彷徨は、未夢と一緒にアメリカに行ったときのことを思い出した。
英語に不慣れな未夢は、飲み物を頼むのにも四苦八苦していて。
呆れつつも、彷徨が代わりに頼んでやって。

(あ・・・ありがと。)

驚いたような顔をしながらも、未夢は嬉しそうに笑ってくれた。
その笑顔が、彷徨にとっても嬉しかったのだ、本当に。

けれどその後、未夢が慌てたように走ってきて言った。
(ねっ彷徨!あの人からサインほしいの!一緒に来て。彷徨、英語得意だもん!)
その瞬間、彷徨の心に生まれたのは、昨日と同じ気持ち。
もっとも昨日ほどひどくは無かったが、あの、言葉にできないような、薄暗いもやもやした感じは、同じだった。

できることなら、今すぐ未夢の所に飛んで行きたい。
昨日のことをちゃんと謝って、仲直りしたい。
けれど、今の自分には無理だ。この胸の内側にある、自分でも嫌になるくらいの影の部分。
この気持ちが何なのかわからないうちに未夢の側に行ったりしたら、また同じことの繰り返し。
自分の気持ちを抑えられないで、未夢を傷つけてしまうだろう。

けれど三太の言うとおり、このままというわけにもいかない。
今朝家を出るときにも、ワンニャーに言われた。
(どうなさったんですか、お二人とも・・・。帰ってきてから沈みっぱなしだし、ご飯だってほとんど手をつけてないじゃないですか・・。出かけた先で、何かあったんですか?)
直接現場に居なかったワンニャーでさえそう思うのだから、言われた未夢のほうはもっと傷ついているはずだ。あまり時間はかけられない。

そして、何よりも彷徨自身が、この状況に耐え切れなかった。

朝起きて、いつも聞こえてくる「おはよう」の声が無い。
いつも自分の方を真っ直ぐに見ていてくれた緑色の瞳も、
見ているただそれだけで心があったかくなる様な笑顔も、見られない。
彼女の存在がどれだけ自分の中に入り込んでいたか、思い知らされる。
唐突に、彷徨の頭にひとつの考えが浮かぶ。
もし、ずっとこのままだったら。未夢と仲直りできずに、ずっと今のままだったら。
そして・・・・未夢がもう二度と、自分に笑いかけてくれることも、無くなってしまったら、自分は・・・。

そう考えた瞬間、彷徨の胸に突然鉛のような痛みが走る。
たまらなく苦しくなって、彷徨は胸をグッと抑えて、壁に寄り掛かった。
(未夢・・・・)
今まで、こんなことは無かった。
誰かに誤解されたり、嫌われたり、そんなの慣れっこだと思ってた。自分の周りから誰かが離れていく、それは、しょうがないことだと思っていた。自分はそういう性格なのだから、と。
これほどまでに誰かに嫌われたくない、傍に居てほしいと思ったのは、彷徨にとって初めての経験だった。


何となく足の向くままに歩いていた彷徨だったが、気がつくと自分が屋上への扉の前に来ていたことに気づく。。
考え事をするには、いいかも知れない。今はとにかく、一人になりたかった。
扉を開けて屋上に出ると・・・・

そこには、先客が居た。
「あれ、西遠寺君じゃないか!どうしたんだい、暗〜い顔をして。」
「光ヶ丘・・・。」
肩にオカメインコを乗せた少年を見て、彷徨は思わず顔をしかめた。普段ならともかく、今のような気分の時にはあまり会いたくない相手だ。

彷徨の心情を他所に、望は芝居っぽい口調でそらを見上げて、言った。
「君も屋上で休息かい?ん〜、そうだね〜、ここはすばらしく気持ちがいいものね。こうやって風を感じていると、すっごくいい気分になってくる。君もそう思わないかい?」
「別に。」
必要以上に素っ気無い口調が出てしまう。そんな彷徨の様子に、望は少し目を見開くと、ピタリと動きを止めた。
「ご機嫌ナナメだねぇ〜。」
しばらく望は沈黙した後、フッと笑いながら言う。
「ま、未夢っちと喧嘩じゃ、無理も無いけれどね。」
彷徨はちらりと望に視線を向けた。どうして知っているのだろう、という疑問がわいたが、すぐにわかった。三太が教えたか、教室で話しているのを誰かから聞いたのだろう。他の事はともかく、女の子に関しての彼の情報網は半端ではない。

彷徨は望から少し離れたところに座ると、空を見上げた。青い空を雲がゆっくりと流れていくのをぼんやりと見つめる。

「余計なおせっかいながら言わせてもらうけど・・・男の嫉妬はみっともないよ、西遠寺君。」
それまで黙って聞き流してきた彷徨だったが、この言葉を聴いた瞬間ガバッと勢いよく起き上がった。

今、何て言ったんだ?

俺があいつに・・・嫉妬?

「気づいて無かったのかい?」
これには望のほうが驚いたようだ。
「つまり君は、未夢っちが他の男と仲良くしているのが嫌だったんだろう?それが見た感じにせよ、恋心を持っているようであったならなおさらにね。それが嫉妬というものじゃないのかい?」
「・・・・そんなこと、ない。」
彷徨は突っぱねたが、それは根も葉もないことを言われて怒ったからではなかった。
むしろ、自分でも気づいていなかった想いを突然引っ張り出されて、心がついていかない、そんな感じだった。

認めたくなかったのだろう。嫉妬なんて子供じみた感情が、まだ自分の中に残っていたことに。

そして、そんな感情を抱いてしまうほど、自分が未夢に、惚れ込んでしまっていたことに。

「そんなこと、あるわけ無いだろ!」
強い口調で否定した彷徨に、望は表情を厳しくして言った。
「嫉妬じゃないって言うなら、君が未夢っちにひどいことを言ったのはどうしてだい?ただ何となくムシャクシャして、腹立ち紛れに怒鳴りつけただけだって言うのかい?もしそうなら、君をライバルと認定するのを、考え直さなきゃいけないな。」
望の追求に、彷徨は何も言えずに視線をそらした。それを見て望も、表情を元に戻す。
「嫉妬してならいいのかよ・・・。」
「少なくとも、男としてはごく自然な行動だからね。もちろん、レディーを傷つけるのは頂けないけれど。」
短いやり取りが過ぎると、また二人の間に沈黙が流れた。
お互い隣同士に座ったまま、空を見上げている。

と、その時、望の肩に乗っていたオカメちゃんが小刻みに鳴き始めた。
彷徨には何のことかわからない。普段と様子が違うな、と思ったくらいだ。
だが、望は即座にオカメちゃんの意図を理解したらしい。
「ああ、オカメちゃん、おやつの時間だね。わかってるよ、ほら!」
懐から取り出した餌をオカメちゃんに食べさせる。しばらくの間そうしていた望だったが、やがてオカメちゃんが顔を上げるとタイミングよく餌をしまい、
「うん、食後の運動だよね。いってらっしゃい!」
飛び立たせるように肩を曲げて空中に突き出す。
オカメちゃんは、バッと翼を広げて、満足げに辺りを飛び回り始めた。

「よくわかるんだな。」
彷徨は意外そうに言った。
考えてみれば、光ヶ丘とその相棒であるこのオカメインコは、人間同士以上にお互いの気持ちを理解している。光ヶ丘が女の子にバラを渡そうとするとき、彼が何も言わなくてもオカメちゃんは横からスイッとバラを差し出すし、望はオカメちゃんが何を主張しているか、何を求めているか、それこそ鳴き声一つで察してしまう。
「当然じゃないか、オカメちゃんは我が生涯のパートナーなんだからね!」
望の声にオカメちゃんも、クェッという声を上げて応えた。
「昔から、そうだったのか?」
彷徨の問いに、望はばつの悪そうな顔をして首を横に振った。
「情けないけどそうでもないよ、西遠寺君。ここまで仲良く慣れたのは僕がオカメちゃんと会ってだいぶたってからなんだ。」
舞い降りてきたオカメちゃんを腕に留まらせて、望は懐かしげに語りだした。
「この子は、仕事で忙しくてめったに会えなかった僕のパピーがくれたんだ。一人で居ることの多かった僕の友達にってね。正直最初はどうしていいか、わから無かったよ。なにしろ、あっちこっちを好き勝手に飛び回って、やかましいくらいに大きな声で鳴く生き物なんてみたこともなかったからねえ。途中で放り出しそうになったことなんて一度や二度じゃなかったなぁ。」
「けど、今は違うんだろ?」
彷徨は言った。今の望とオカメちゃんの関係は、ツーカーという言葉をそのまま表しているようなコンビだ。
「確かにそうだけれどね。それでもよくわからないって時はあるさ。いくら長い付き合いとは言っても、何から何まで同じってワケじゃないんだ。」
「お前ならそんな時、どうするんだ?」
彷徨の問いに、望は髪を大げさに掻き上げつつ単純に答えた。

「僕?決まっているじゃないか。オカメちゃんを良く見て、何を考えているのか分かるまで粘るさ。逆に僕が何かしてしまったら、許してくれるまで、だけどね。月並みだけど、何もしないで居るよりはましだろう?」

望のシンプルな答えに彷徨は我知らず笑みを浮かべた。いつもなら辟易しているだろう、望の気取ったしぐさも気にならない。

(そうか・・・そうだったんだな・・・)

何だかんだ言って、自分も結構単純なのかもしれない。
どんなに理屈をこねたところで、求めているものはたった一つなのだから。

「邪魔したなっ!!」

カバンを引っ掛け、階段を駆け下りていく彷徨。
その後姿を見ながら、望はオカメちゃんに囁いた。
「彼もやっぱり、大変だよね〜。」
「クエェ!」
まったくだ、と言うように鳴き声をあげるオカメちゃんを肩に乗せると、望は小さく言葉を投げかけた。

「グッドラック、西遠寺君。」
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