RAIN and SHINE 作:OPEN
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「未夢さ〜ん!!」
ようやく仕事も終わり、自分の部屋で未夢がルゥと遊んでいた時、ワンニャーがすごい勢いで駆け込んできた。
「みたらし団子知りませんか〜!?」
「・・・・はい?」
ものすごい形相で聞いてくるワンニャーに多少引きつつ、未夢は?という表情で聞き返した。
「お団子ですよ〜、みたらし団子!!ついこの間買っておいたのが無くなってるんです〜!!まだ一口も食べてなかったのに〜・・・・。」
ワンニャーの言葉に、未夢は記憶を辿ってみる。そう言えば、今日整理してた物の中に・・・・。
「ああ、あったよ、みたらし団子。まだ手がついてなかったけど、カビだらけだったから・・・。」
「ま、まさか・・・・捨てちゃったんですか〜!?」
「う、うん・・・・・。」
未夢がたじろぎながら言った瞬間、ワンニャーはその場に硬直し、一瞬遅れてドサリと崩れ落ちた。
「そ、そんなぁ〜・・・ワタクシのみたらし団子〜・・・。」
「別にいいじゃない。もったいないけど、また買ってくれば・・・・。」
「そう言う問題ではありません!!みたらし団子ですよ!あの甘くってモチモチ〜っとして香ばしいみたらし団子ですよ〜!?ちょっとカビが生えたからって捨ててしまうなんて〜・・・・。」
「・・・・・『ちょっとしかカビてないから大丈夫』なんてのはダメなんじゃなかったの?」
180度意見を翻したワンニャーに未夢はジト目で問いつつ、心の中でため息をついた。前からわかっていたことだが、ワンニャーのみたらし団子に対する情熱は衰えを知らない。
「とにかくダメ!カビたお団子なんか食べたら体に毒だよ!?」
未夢はきっぱりと断言した。
もちろん、ワンニャーの体が心配だというのもあったが、もうひとつ理由がある。
以前、ワンニャーは一度、かびた団子を間違えて食べてしまい、シッターペット特有の「カビだれ病」にかかってしまったことがある。もっとも、ワンニャー本人はその事を覚えていないのだが、そのときの苦労ときたら・・・・・。家事を全然やらないのはもちろん、手近にある物を取ったりすることさえ面倒臭がり、結局未夢と彷徨が世話をすることになってしまったのだ。幸いその時はクリスが差し入れてくれたお団子と、星矢の取ってきてくれた薬草のおかげで何とか治ったが、正直、あの苦労をもう一度味わうのは勘弁してほしかった。
「あんにゃぁ!めっ!」
ルゥも、未夢に同調して声を上げる。
「おお〜〜〜っMITARASIDANGO〜〜〜〜!!」
打ちひしがれ、号泣しているワンニャーをよしよし、と未夢が慰めていると、
          
              ピシャアア!

耳につくような音が鳴り響いた。
未夢は、ハッとして外を見る。先ほどからの大雨に加え、ついに雷も鳴り出したのだ。
悲しみにくれているワンニャーはひとまず置いておいて、未夢は窓越しに外を見た。
ビュウビュウと風の音がかすかに聞こえ、気が突風になぶられているのが分かる。
(彷徨・・・・どうしたんだろ・・・・)
未夢は時計を見上げた。いくらなんでも帰りが遅すぎる。
(大丈夫・・・だよね。傘持ってるし・・・。大丈夫・・・。)
そう思いこもうとしても、募る不安を抑えられない。 
傘を持って出た。携帯電話で連絡もできる。学校までそう遠くない。
でも・・・・
              ガツンッ
大きな鈍い音が響く。どうやら、風に飛ばされた何かが壁にぶつかったらしい。  
「未夢さん・・・どうしたんですかぁ?」
ようやくショックから立ち直りつつあるワンニャーが聞いてくる。
未夢はしばらく外を見つめ続けていたが、突然、バッと身を翻して走り出した。
「私、ちょっと彷徨を迎えに行って来る!ルゥくんのこと、お願い!!」
「えっ?迎えにって、外大雨ですよ!?未夢さ〜ん!!」
「マンマァ!!」
驚いて叫ぶワンニャーとルゥの声を背に、未夢は手近にあった傘を掴むと、外へ飛び出した。


(何でこうなるんだろうな・・・・)
彷徨は恨めしげに手元の傘を見つめた。傘は骨組みの何本かがへし折れ、柄の部分もガタガタになり、目も当てられないほど無残な姿をさらしている。この様子では、もう使い物にならないだろう。
途方にくれた顔で、彷徨は周りを見渡した。
一気に走って帰ればそんなに濡れずに済むだろうと考えて一気に走り出したのだが、考えが甘かったらしい。学校を出てまもなく大雨が、続いて暴風が襲ってきて、あっという間に傘が壊れ、それから急いで近くの木の下にかけこんだものの、いまだにその場で立ち往生しているのだ。とにかく、このままここにいつまでもいるわけにはいかない。風を伴っているために、雨は横合いから容赦なく叩きつけてくる。
(そういえば・・・・)
懐の携帯電話の存在を思い出し、何気なく手にとって見る。
今、これで電話すれば、たぶん未夢は迎えに来てくれるだろう。
それこそ、自分が濡れるのなんか構わずに。
(あいつは・・・そういう奴だもんな・・・・)
心配している未夢の顔が、頭の中に鮮明に浮かび上がる。
ルゥの、ワンニャーの、そして彷徨のために一生懸命頑張っている彼女の姿が。
今まで、何度も見てきたのだから。
迷っていたのはほんの少しの間だった。携帯を濡れないようにカバンの奥へと詰め込む。
ふと、さっきの三太の言葉が思い出される。
(『旦那さんみたい』か・・・・)
さっきは必死になって否定しようとしていたのに、今は不思議と、そんな気にならない。
「これじゃ、三太のこと怒れねーな・・・・・。」
心の中で苦笑を浮かべつつ、彷徨は雨の中へと走り出した。



(彷徨・・・・どこ!?)
未夢は雨の中、必死で彷徨を探していた。途中何度か携帯に電話してみたが、電源が切ってあるらしく、全くつながらない。
雨のせいでほとんど視界は利かない。呼んでいる声も、風の音のせいでほとんど聞こえていないかもしれない。それでも、探さずにはいられなかったのだ。
かれこれ30分ほど探したが、どこにも見当たらない。
(入れ違いになっちゃったのかな・・・)
もしかして、先に帰っているのだろうか?自分の取り越し苦労で、やっぱり何とも無かったのだろうか?
そう思い始めたとき、不意に前方に人影が見えた。
(見間違い・・・・かな?)
そう思ってもう一度、よく確認してみる。確かに人影だ。この雨の中で出歩いている人間は少ない。
もしかして・・・・。未夢は走り寄った。近づくにつれてどんどん姿がはっきりしてくる、その人物は・・・。
「・・・・彷徨!!」
そう、まさに探していた、当の本人だった。
「・・・未・・・夢?」
彷徨は未夢の姿を認めると、驚いたように目を見開いた。
「かっ、彷徨・・・どうしたの、その格好!」
駆け寄った未夢は彷徨の姿を見て呆気にとられた。制服のYシャツもズボンも、まるでたらいの水をぶちまけた後のようにびしょ濡れ。靴も水を相当吸って重くなっている。何より驚くべきは、彼は傘を持っていなかったのだ。
「何でこんな・・・傘は!?」
未夢の言葉に、彷徨は無言で、傘の残骸をひょいと持ち上げて見せ、おどけたように肩をすくめた。
「やっぱり折りたたみって、壊れ易いな。」
「だっ・・・だったら何で連絡くれなかったの!?携帯電話持ってたんでしょ!?連絡くれればすぐ迎えに・・・・」
「大げさだな・・・。大丈夫だよ、これくらい。」
今にも泣き出しそうな様子の未夢の言葉を彷徨は笑って遮ると、家までの道を歩き出した。
数歩歩いたところで、未夢がまだその場に佇んでいることに気づいて振り返る。
「ほら、何してんだよ。帰るんだろ?」
「う、うん・・・。」
未夢はあわてて彷徨を追いかけた。そして、彼の横に並ぶと、自分の持ってきた傘を広げて彷徨と一緒に入る。なんとなく気恥ずかしい状況だが、今はそんなことも言っていられない。
彷徨は少し驚いた様で未夢のほうをじっと見つめたが、何も言わずに再び前を向いてしまった。
「・・・濡れるぞ・・・・。」
前方を向いたまま、彷徨が言った。
「いいよ・・・別に。」
「けど・・・。」
「いいの!」
絶対、譲らない!と言わんばかりの未夢の様子に、彷徨はやれやれという面持ちで天を仰ぐ。
それでも、無理やり自分が外に出ようとすることができない。離れることが、できなかった。
雨足は先ほどよりだいぶ弱まってきている。この分なら、家までそう時間はかからないだろう。
不意に、強い風が吹いた。傘を持っていかれそうになり、慌てて踏ん張るが、今度は未夢が体制を崩した。
「きゃっ・・・・!」
「未夢!!」
慌てて体を入れ替えた彷徨が、間一髪のところで支える。
「大丈夫か?」
「う、うん・・・。ごめんなさ・・・・・・!?」
顔を上げた未夢だったが、自分のすぐ上に彷徨の整った顔があるのを見て思わず言葉を失った。転びそうになったのを受け止めたために、ほとんど抱き合っている格好になっている。
「ご、ごめん・・・!!」
未夢は慌てて離れると、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。
「ドージ。」
「うっ・・・。」
からかう様な彷徨の口調にむっとしながらも、言い返しはしなかった。心の中は別のほうに向いていたのだ。さっき抱き止めてくれたときの彷徨の体。凍ったように冷たかった。
(やっぱり・・・寒いんだ・・・・。)
平気な顔をしていても、やっぱり平気でないのだ。これだけ大雨に打たれていたのだから、寒くないはずが無い。
(だったら、どうして・・・)
どうしてそんなに我慢するのだろう。どうして、何でも無いなんて言うのだろう。何だか、悔しかった。
「どうしたんだ?」
急に押し黙ってしまった未夢を不思議に思ったのか、彷徨は未夢の顔を覗き込んだ。
「何でもない・・・。」
未夢は俯いたまま、小さな声で返事をした。
彷徨は、まだ何か言いかけたようだったか、結局そのまま目をむいて歩き出す。
それっきり、家に着くまでの間、二人の会話は、全く、無かった。


「おかえりなさ・・・って、どうしたんですか、彷徨さん!?」
西遠寺に帰りついた二人を出迎えたワンニャーは、ずぶ濡れの彷徨を見て驚きの声を上げた。
「傘がぶっ壊れちゃってさ・・・。」
彷徨は笑いながら、何でもない事のように言った。
「パンパァ〜!!」
彷徨が帰ってきたのを知って、ルゥも奥の部屋からふわふわと飛んでくる。
「ただいま、ルゥ。」
ルゥの頭をポンポンと二、三度軽く叩くと彷徨はワンニャーに向き直った。
「もうビショビショなんだ。悪いけど先に風呂・・・・。」
「はい、そうおっしゃるだろうと思って、もう溜めておきましたよ。」
「サンキュ、ワンニャー。」
そういって風呂場に向かう彷徨を、未夢は黙って見送る。
(本当に・・・大丈夫なの?本当になんでもないの?彷徨・・・・。)
「どうしたんですか、未夢さん?」
佇んだままの未夢に、ワンニャーは声をかけた。
「ううん・・・・。私も着替えてくるね。」
未夢はそれだけ言うと、自分の部屋へ戻っていった。
「未夢さん・・・どうしたんでしょう・・・・。なんだか元気ないですけど・・・。」
「マンマ・・・?」
ルゥとワンニャーが心配そうに呟く。
外にはまだ、雨が降り続いていた。
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