RAIN and SHINE 作:OPEN
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          Rain and Shine
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  季節は6月。温度が徐々に高まり始め、雨の日の割合も多くなる。             
外に出れば、この季節独特の匂いが立ち込める、いわゆる「梅雨」という季節。
ほとんどの人々はこの時期になると、カビの生えやすい食べ物に気を配り、悪くなったものを残さないよう気を配らなければならない。もちろん、家の各部も同じだ。
平尾町の高台にある西遠寺でも、その作業は行われていた。


「え〜と、これはまだ食べられるよね、これも大丈夫。ん〜、これはどうかなあ〜、
 あっ、あとこれも・・・・」
西遠寺の台所では、一人の少女が食料点検にいそしんでいた。保存物、なま物、カビの生えやすいもの、もうすでに生えてしまっているもの、と、悪くなった食べ物が残らないよう、注意して分類していく。
「未夢さ〜ん、どうですか〜?」
言いながら部屋に入ってきたシッターペット・ワンニャーの声に、少女――光月未夢は、作業を中断して振り向いた。
「やっぱり結構カビちゃってるよ。このクッキーなんて、まだほとんど食べてなかったの
に〜。」
残念そうに言って袋を取り上げる。この季節は、保存をきっちりしておかないとたちまちカビてしまうのだ。
「話には聞いていましたが、地球の梅雨って大変ですね〜。ワタクシの方も今、家の周りを見てきましたけど、腐ってもろくなっている板がたくさんありましたよ。」
「古い寺だもんね〜・・・。」 
ワンニャーの言葉に未夢も頷いて、揃って天井を見上げた。
(そういえば、彷徨が前に言ってたっけ・・・・)
彼女の同居人が、以前注意していたのを思い出す。かなり古くなっているため、ネズミが出たり、停電が起きやすかったりと大変なのだそうだ。作り自体はしっかりしているから普段は何の問題も無いが、湿気の多い梅雨時には用心しなければならないらしい。
「やっぱり彷徨さんがいないと、時間かかっちゃいますね〜。」
「しょうがないよ、急に委員会が入っちゃったんだから。」
そう、もう一人の同居人にしてこの寺の息子である西遠寺彷徨は今この家にはいない。所属している委員会が急な議題で臨時召集をかけたのだ。そして彼は第二土曜であるにもかかわらず、まだ学校から帰っていないのである。そんなわけで未夢とワンニャーは手分けして梅雨対策をやっているのだが、この広い家を二人でやるというのはかなりキツいものがあった。
「とにかく、彷徨さんが帰って来るまでにやれるだけやっちゃいましょう。」
言ってワンニャーは立ち上がった。
「ワタクシ、傷んだ所を修理してきますので、未夢さんは食料点検をお願いします。まだちょっとしか悪くなってないから大丈夫、なんてのはダメですよ。ルゥちゃまが間違えて口に入れてしまったら大変ですからね。」
「うん、わかってるよ。」
未夢は力強く頷いた。地球人とオット星人の体はかなり似通っているが、全く同じというわけでもない。別の星の細菌が通常以上の悪影響を及ぼす可能性は十分にある。ましてルゥは赤ちゃんなのだから、なおさらだ。
「ふぅ〜、やっぱり疲れるな〜。」
部屋から出て行くワンニャーの後姿を見ながら、未夢はため息をついた。朝から座りっぱなし、かがみこみっぱなしで作業していたためか、体のあちこちが痛い。こってしまった肩を、手でトントンと叩く。ここにももか辺りがいたら、「おばたんくちゃ〜い」と言うに違いない。
「さて、始めようかな」
疲れをこらえて、仕事を再開しようとしたその時、
「マ〜ンマ!」
「?」
聞き慣れた可愛らしい声に、未夢は思わず手を止めた。声の聞こえてきた上の方に顔を向けると、
「ルゥ君!」
いつの間に入ってきていたのか、オット星人ならではの超能力でルゥがふわふわと浮かんでいた。大きな目にあふれんばかりの好奇心を浮かべて周囲を見渡している。これだけ多くのものを一度に外に出すことは滅多にない。きっと珍しくてたまらないのだろう。
「ごめんね、ルゥ君。」
言いながら未夢は、その中の一つに手を伸ばそうとしていたルゥを抱き上げた。ルゥが腕の中で、ぶぅ〜という声をあげて抗議するのを見て、苦笑する。
「口に入れちゃ、絶対ダメだよ?終わったら、一緒に遊ぼうね。」
すまなそうな口調で言って、ルゥを床に降ろす。そして、手近にあったものから整理しようと、袋の一つを手に取ったとき、
           トントン、トントン、
肩に感触を感じる。再び振り返った未夢のは、彼女の背後にふわふわと浮いたまま、未夢の肩を叩いているルゥの姿だった。小さな握り拳で一生懸命に肩叩きを続けている。
「ルゥ君・・・。」
驚きに目を見開いたが、次の瞬間、未夢はニッコリと微笑んだ。多分、さっきの自分の様子を見ていたのだろう。しばらく仕事のことを忘れて、肩の力を抜く。
           トントン、トントントン、 
手は小さく、叩く力も強くない。だが、ルゥが肩を一叩きする度に、未夢は自分の体から疲れが抜けていくのを感じていた。しばらくたって肩たたきが終わったときには、あれほどあった疲れが嘘のように消えていた。
未夢は体の向きを変えて、優しくルゥの頭を撫ぜた。
「ありがと、ルゥ君。」
「きゃっはー!」
嬉しそうに答えると、ルゥは人差し指をあるひとつの山に向けた。途端に、遠くにあったそれがふわりと浮き上がり未夢の目の前に移動してくる。
「ルゥ君・・・手伝ってくれるの?」
「あーい♪」
もちろん、と言う顔で繰り返すルゥ。それを見ているうちに、未夢に中に元気が沸いてくる。
「ありがとね、ルゥ君。」
ルゥを抱きしめて、もう一度繰り返した。
こんな時、未夢は心から思う。ルゥの笑顔は、まるで『太陽』のようだ、と。少しくらい疲れても、悲しいことがあっても、ルゥが嬉しそうの笑うのを見ていると、そんなこと、全然気にならない。頑張ろう、と言う気にさせてくれるのだ。
「うん・・・そうだね。彷徨も頑張ってるもんね・・・。私たちも、負けずに頑張ろうね!」
「あーい、マンマァ!」
ぐっと拳を握り、ガッツポーズをとりながらの未夢の言葉に、ルゥは満面の笑顔で答える。

外は澱んだ梅雨の空気。けれど部屋の中は暖かい雰囲気に包まれていた・・・・。




「それでは、これで本日の臨時討議会を終了します。お疲れ様でした。」
『お疲れ様でした〜!』
議長の声に皆が揃って頭を下げ、疲れた体を伸びをしたりしてほぐし始めた。
「あ〜疲れた!」
「やっと終わったな〜」
口々に言いながら、ある者は一人で、ある者は仲のいいもの同士、三々五々教室を後にしていく。どの生徒もかなり疲れているようだ。本来休日であるはずの第二土曜に突然学校に呼び出され、長時間に渡って議論していたのだから、無理もない。
「すっかり遅くなっちまったな・・・・。」
カバンに資料その他を詰め込みながら、彷徨は時計に目をやった。時刻はもうすでに5時を回っている。平日でも、もう帰宅している時間だ。
この市立第四中学校は、生徒一人一人の個性がかなり強い。彷徨のいる2年1組は言うまでもなく、他の学年、他のクラスもそれなりに自己主張が強いのだ。もちろん、いろいろな意見があるのはいい傾向だし、
それが原動力となって体育祭や文化祭も盛り上がってくれる。だが、今日のように話し合いをするとなると、そのせいでなかなかまとまらない場合があるのである。
「早く帰んないと・・・。夕方から大雨になるって天気予報で言ってたし。」
つぶやきながら階段を下りる。昇降口まで来たとき、唐突に携帯の着信音が鳴り始めた。
「もしもし?」
「彷徨か〜!?俺だよ俺!」
相手は名を名乗らなかったが、彷徨には誰だかはっきりわかった。彼の携帯の番号を知っていて、彼を名前で呼び、なおかつこの大声の持ち主となれば一人しかいない。
「どうしたんだよ、三太?」
「どうしたじゃねえよ〜!何度もかけてんのにお前の携帯、つながらなかったんだぜ〜?」
「悪い、委員会が長引いてさ。電源切ったままだったんだ。」
三太は驚いた声で聞き返してきた。
「もしかして、今終わったってことか?お前も大変だな〜。」
「本当だよ。それはそうと、何の用だったんだ?」
彷徨が聞いたとたん、三太は興奮した様子で一気にしゃべり始めた。
「そうそう、それなんだよ!実はさ、今上映してる『なつかしのアニメ3本立て』のチケット、やっと手に入ったんだよ〜!それで一緒に見に行こうと思って電話したってわけ!いや〜苦労したぜ〜、なにし
ろさあ・・・」
「おっ、おい、ちょっと待て!『一緒に』ってまさかこれから見に行く気か!?」
彷徨は慌てて遮った。大雨警報が出ているのは三太も知っているはずだ。
「ああ、そうだけど?」
ケロリとした様子で答える三太に、彷徨はガクリと肩を落とした。 
本当に、この情熱が少しでも他の事にまわれば、と考えるが、そこが「三太らしさ」なのだから仕方ない。
「悪い。俺はいいよ、三太。」
「ええ〜!!なんでだよ〜!!」
予想通り、三太はすごい勢いで叫びだした。
「大雨がふりそうなんだぜ?それに今日、早く終わるだろうって言って出てきちまったから、家の方でも心配してるだろうしさ。」
彷徨の言葉に、三太はしばらく沈黙していたが、やがて気落ちした様子で話し始めた。
「そんな〜、いいじゃね〜かよ〜。少しくらい雨が降ったって・・・。まあ光月さんのところに早く帰りたいのはわかるけどさあ・・・・。」
「なっ、何だよそれ!」
彷徨は思わず大声を出した。無意識のうちに、顔が熱くなってくる。
「だってお前の今の話し方、まるで帰りを待ってる奥さんのところに帰る旦那さんの口調だぜ〜?」
「あのなぁ・・・。」
「まあ・・いいか。そういうことならしょうがないよな。じゃ、早く帰ってやれよ〜。」
からかうような口調で言うと、三太は彷徨の反論も聞かずにさっさと電話を切ってしまった。
「何なんだ、あいつ・・・・」
憮然とした表情で携帯を懐にしまうと、靴を履き替え、昇降口を出た。空は黒い雲で覆われ、早くもぽつぽつと降り出してきている。
「まずいな・・・早く帰んないと・・・・。」
彷徨は折り畳み傘を取り出した。広げながら、家は今どうなっているだろう、と考える。洗濯物を取り込んだだろうか。カビたものはちゃんと捨てただろうか。いろいろと思考を巡らすうちに、同居人である金色の髪の少女の姿が頭に浮かぶ。
       あいつは・・・・どうしてるだろうか・・・?
そこまで考えて、また顔が厚くなるのを感じ取り、彷徨はぶんぶんと頭を振った。
(三太が変なこと言うから・・・・。あいつだって子供じゃないんだし・・・。)
そう思いながらも気がつくと彷徨は走り出していた。雨が降りそうだというのもあったが、それ以上に、未夢に早く会いたかった。
なぜかはわからない。けれど、心の中は、いつも見慣れたはずの未夢の姿と、それを早く見たいという衝動で、いっぱいになっていた。

















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