ちいさな診療所。より

ほたる

作:ちーこ

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夏は夜
月のころはさらなり
闇もなほ
蛍のおほく飛びちがひたる
またただ一つ二つなどほのかにうち光りゆくもをかし



星夜くんが遊びに来た。
今度は地球の『光る虫』を探しに来たとのこと。
だけど、星夜くんの手の『地球図鑑』に載っているそれは、明らかにラジコン飛行機の類で。

「…お前さ…蛍探しに来たんだよな?」
「そうそう。その『ホテル』っての。」

図鑑のラジコン飛行機の下に書かれている文字らしきものを読んで言う。
わたしたちは思わずはぁっとため息をついた。

「なんかさ、道でたまに人に尋ねたりするじゃない?そうするとみんなその辺の建物指差すんだよね…これって嫌がらせ?」

呆れているわたしたちの変わりにるぅくんがきゃっきゃっと笑った。
ホテルの目の前でホテルはどこだと聞く方がよっぽど嫌がらせだ。

「んで、未夢ちゃん、彷徨くん、ホテル知らない?」
「「蛍!」」

かくしてわたしたちは蛍狩りに出かけることになった。





「こら、夜星!」

初めて電車に乗ったという星夜くんのはしゃぎっぷりは、赤ちゃんであるるぅくんの比ではなく、最初は知らん振りを決め込んだわたしたちだったけど、これ以上は周りに迷惑はかけられない。
おいてくぞ、と彷徨にすごまれてやっとおとなしくなった。
電車が止まって、また動き出す。

「次で降りるぞ。」
「やっとホテルが見れるんだね!」
「「蛍!!」」

わたしたちより前から向かいに座っているおばさんの怪訝そうな視線が痛かった。





「やっぱり、ちょっとまだ早いな。」

彷徨の言うとおり辺りはまだ大分明るい。
これからどうするの、とわたしが問うと、彷徨は地図を見ながら、この辺に川がある、と言った。

「なになに?ホテ…ホタルの皮?」
「…未夢、るぅオレが抱いとく。重いだろ?」

彷徨がわたしの腕からるぅくんを抱き上げた。
そういうささやかな気遣いがうれしい。
そっとわたしの右手が握られた。
思わず顔に血が上る。
慌てて隣を見ると星夜くんがニヤニヤしていた。

「ぷはっ、彷徨くんだと思った?未夢ちゃんかっわい〜」

星夜くんにグーでパンチをお見舞いして、わたしは歩き出している彷徨を追いかけた。





「やっぱりきれいな川だと思ったんだ。」

彷徨が満足げに言った。
手を浸してみる。
とても冷たい。
彷徨の腕の中のるぅくんが水面に向かって手を伸ばす。
彷徨はそっとるぅくんの手が水に触れるところまで下げる。
ぱしゃっ!

「冷てっ。こ〜ら、るぅ。」

彷徨は顔にかかった水をはらって、濡れた髪をかきあげた。
大丈夫、と声をかけようとしたとき
ざぽん!
と後ろで大きな水音がして、わたしは慌てて振り向いた。
川の中から、びしょぬれになった星夜くんが這い出てきた。

「…何やってんだよ…。」
「ん〜地球ではなんて言うんだっけ…水がボタボタ色男?」

自分で言ってれば世話はない。

「いやぁ…実は水の中にホテ…ホタルみたいなの見つけたから。でもなんかちょっと違うっぽいんだよね〜。これ光んないんだもん。」

そう言う星夜くんの手に持ったものをわたし達に見せた。
それは…地球で言うところの…『ラジコンカー』だった。
それを見てわたしたちがまた、ため息をついたのも無理からぬことだと思う。





辺りがだんだん暗くなってきた。
るぅくんははしゃぎ疲れたのかさっきからうとうとしている。
そろそろだな、と彷徨が呟いた時、向こう岸の川面の近くでぽうっと何かが光った。

「るぅ、ほらホタルだぞ。」

彷徨がるぅくんのほっぺを人差し指でつついた。

ひとつ、またひとつとちいさな光が増えていく。
るぅくんが彷徨の腕からふわりと抜けて飛び上がった。

「気をつけろよ。」

るぅくんはふわふわと蛍を追いかけていく。

「…きれい…だな。」

わたしは彷徨の言葉に頷いた。



彷徨の顔が近づいてくる。

わたしはそっと目を閉じた。

すぐそこに彷徨がいることを感じる。



ぶぇっくしょん!!!


驚いて目を開くと彷徨も似たような顔をしていた。
また、目が合って、なんとなく気まずくて思わずそらす。

「あはぁ〜ごめんごめん。邪魔するつもりはなかったんだけどさ…。」

ずずっと鼻をすすりながら星夜くんがこっちへ歩いていた。

「いや…ほらボクびしょぬれで寒くって。」

星夜くんは彷徨から目をそむけてまたくしゃみをした。

「夜星、お前蛍見に来たんだろ。ほら、せっかくだからよ〜く見とけよ。」

彷徨が笑顔で言うのが余計に怖い。

「………どれがホタル?」

星夜くんが辺りをきょろきょろと見回す。

「…この周り飛んでるやつに決まってんだろーが。」

彷徨の言葉に星夜くんは目をしばたかせた。

「…これ…?これがホタルなの?」

わたしたちが頷くと星夜くんはぺたりと地面に座り込んだ。

「ウソだろー。こんなんじゃ全然売れないよ〜。」

どうやら、星夜くんは『ホタル』をつかまえて、高く売るつもりだったらしい。

「…ホタルがけーこー虫だなんて…信じられない…。全然、図鑑と違うじゃんか!」
「けーこー虫の蛍光って…蛍じゃん…。」

ほぅっと蛍がわたしの手の甲に止まった。
その手をそっと彷徨がつかむ。
驚いたのかぱっと蛍が飛んだ。

「…逃げちゃった。」

彷徨はわたしの耳元で囁いた。
今度はふたりでこような、と。
わたしは頷いて、少してれて、川の上を飛んでいるるぅくんを呼んだ。

「そいえば、ホタルの歌が載ってたなぁ…。」

星夜くんが地球図鑑の蛍のところを開いた。

「あったあった。これだ。未夢ちゃんと彷徨くんも歌えるんでしょ?」

歌詞を見せられても読めない。

「…まぁ…多分知ってると思う。」
「るぅくん、これがホタルの歌ね。よく聞いてオット星でも流行らせるんだよ。んじゃ、さんはい。」

♪ほたーぁるのひかーぁり まどーぉのゆきーぃ

………!?
彷徨も口を開けたまま止まっている。

「あれ、どうしたの?未夢ちゃんも彷徨くんもこの歌知らない?」
「…いや…知ってるけど…」
「なら一緒に歌おうよ。」
「…そうじゃなくて…。」

そのあと、星夜くんに『ほたるこい』を教えて歌った。
るぅくんも楽しそうだったし、わたしも楽しかったし。
次に来るのが…楽しみになった。


ほう ほう
ほたる こい
あっちの水は にがいぞ
こっちの水は あまいぞ
ほう ほう
ほたる こい


…わんにゃーはどこ?
きっと…みたらし団子食い放題かなんかがあったんだよ…きっと。

えと…。ちーこは蛍見たことないですね。
テレビとかでは結構見る気がするけど。
虫嫌いだからなぁ…

久々に星夜くん。
彼が出てくると常識を改めて考え直すことが出来て楽しいです。
今回のは…「蛍の歌」で「蛍の光」が出てきて違うだろ!っていうのを書きたかった(笑)
それが出来るのは誰かなぁと考えたら彼しかいなかったですよ。
しかし…最近自分でもよくわかんない話が増えてきたなぁと思う今日この頃。
未夢ちゃんの気持ちの動きがわからんですたい。
今回は未夢ちゃんのひとり語りで、未夢ちゃんの台詞をわざと削ってありますが…読みにくいですかねぇ…。

(初出:2003.08)

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