作:ちーこ
部屋の空気が動いたような気がして彷徨は目を覚ました。
「未夢?」
隣に寝ているはずの未夢の姿が見えない。
枕もとの時計を見ると
AM1:38
眠りについてから、まだ1時間半ほどしかたっていない。
彷徨は起き上がると廊下に出た。
すぅっと鼻先を風がとおる。
今の前の窓があいている。
未夢はその縁側にいた。
ぼーっと庭を眺めている。
「未夢?」
彷徨が声をかけると未夢はゆっくりと振り向いた。
「…ごめん、起こしちゃった?」
彷徨は首を振ると未夢の隣に腰をおろした。
「なんか眠れなくってさ…ちょっと風にあたりに来たの。」
ひんやりとした夜風は部屋にこもった空気を新鮮なものへとかえていく。
「前にもこんなことあったね。」
ぽつりと未夢が言った。
「あぁ…中3の時のだろ?」
彷徨の言葉に未夢が頷く。
「懐かしいよね…あれからもう…4…5年?」
指を折って数える仕草がやけに未夢に似合う。
彷徨は小さく笑った。
「あん時は大変だったよな。皆は大騒ぎするわ、お前は気づいたら酔っ払ってるわで。」
未夢はそれを思い出してか少し頬を赤らめた。
「…だって…ジュースだと思ったんだもん。」
わかったわかったと、彷徨は未夢の頭をポンポンとなでる。
未夢はことんと頭を彷徨の肩に預けた。
「あの時も…こうしたんだよね。」
「そうそう。お前途中で寝ちゃうしな。」
「…酔っ払ってたの。」
彷徨が未夢に手をまわした。
「全然、かわんねーな。お前も、オレも、ここも。」
未夢は庭をくるりと見回した。
「そだね。…でもさ…あの時…わたし達こんな風になると思ってた?」
未夢の問いに彷徨は少し間を開けて答えた。
「…こうなるかどうかはわかんなかったけど…なったらいいとは思ってたよ。…お前は?」
未夢も少し考えてから答えた。
「ん…そうだなぁ…付き合い始めて…半年ぐらいだよね…。はっきりとじゃないけど…なりたいなとは思ってたかな…。」
そう言うと未夢はくすぐったそうに彷徨の肩に顔をうずめた。
「なら…あと5年後はどうなってると思う?」
彷徨の言葉に未夢は顔を上げた。
「…5年後…ん〜…彷徨は?」
彷徨の顔を見上げる。
「…オレが聞いてるんだけど、未夢チャン?」
未夢はもう一度考えて言った。
「…お母さんになりたいな…。」
へぇと相槌を打った彷徨に未夢が目で問う。
「オレは…まず可愛い奥さんが欲しいかな。」
少しおどけた彷徨に未夢は笑った。
「…笑い事じゃないぞ、お前にも関係あるんだから。」
彷徨は未夢の髪に口付けた。
「…誰々と結婚するから別れてくれ。とか言う関係だったらいやだなぁ…。」
未夢は一房の髪を人差し指に巻きつけた。
「そうなるかどうかはお前が一番知ってるだろ?」
今度はその人差し指に彷徨は軽く口付ける。
「さぁ…どうでしょう?」
未夢は笑って言う。
ふたりの間を穏やかな沈黙が流れた。
互いが互いの存在を隣に感じている。
それを改めて認識する。
触れているところが温かい。
ふっと彷徨の肩にかかる重みが変わった。
「未夢?」
未夢からの返事はない。
「…ホント変わんねーやつ。」
彷徨は寝息を立てる未夢にそっと口付けた。
そして、静かに未夢を抱き上げると、部屋へと廊下を歩き出した。
…ホントは…ここで何度も言われてる「あの時」の方を書く予定でした。
書き始めたら長いのなんのって…。
書き終わりそうにないので…。
「あの時」のプロローグ編というか…。
もっとちゃんとしたのが書きたいなぁ…。
んと。今回のテーマは「日本語」でした。
ちーこはもともと日本語の美しさにほれて文を書き始めたものですから…。
その原点に返ってみようかなぁと。
とはいえ、ちーこのは美しいといわれるレベルには全然達してないんですけど。
ただ、丁寧に、伝わるように、それだけを考えて書きました。
「あの時」編は…近日公開…予定(仮)ですので…お楽しみに…。
(初出:2003.07)