作:ちーこ
まんまるい月が 空で輝いている。
いい天気だな。
やわらかい月の光
足元の影は機嫌よさそうに家へ向かって歩いていた。
夕飯も食べ終わって、部屋へと引っ込んだ。
明日までの英語の宿題。
Honesty is the best policy.
ことわざらしい。
鞄から辞書を出す。
honestly…honesty
あった。
「正直」
…正直は…最善の方策…か。
少し目をずらすとhoneyという文字が目に入った。
なぜかあいつを思い出した。
流れるような色素の薄い髪がそうさせるのかもしれない。
はちみつ、甘いもの、かわいい人
意味を見たらよけいにあいつにぴったりな気がした。
honeybee…ミツバチ
honey buuch…かわいい人
honeycomb…ハチの巣
honeydew…甘露メロン
honeymoon…ハネムーン
ずらしていた目が止まった。
新婚
…なに考えてんだか…
ちょっと思いついて手に持ってた赤ペンで付け足してみる。
honeymoon light
思わず笑みがこぼれた。
ホントにぴったりだ。
………何考えてんだよ…オレ………
ガシガシと頭を掻いて立ち上がった。
シャワーでも浴びてこよう。
机の上もそのままに、オレは立ち上がった。
「あっ彷徨、先お風呂いただいたよ。」
「あぁ。」
あがったばかりなんだろう。
まだ頬はピンクだ。
濡れている髪はまとめてあげている。
「彷徨は、今からお風呂入る?」
未夢の言葉にうなずく。
すると、未夢はちょっと言いづらそうにして…上目遣いにオレを見て言った。
「あのさ…英語の辞書貸してくれない?学校に置いてきちゃって…。」
「あぁ、辞書なら机の上にあ…」
ることはある。
けど、さっきの「H」の所を開いたまま。
「…だめだ…」
未夢がきょとんとした顔でこっちを見ている。
「…いや…だから…その…風呂からあがったらオレが教えてやるよ。」
「えっ、いいよ、いいよ。辞書借りれば何とかなりそうだし。」
「いいから!」
顔が、体が熱い。
その熱さをごまかすために、熱めのシャワーを勢いよく頭からかぶった。
そのまま頭を洗う。
冷たい水に切り替えて思いっきり浴びると、水を止めて、手で顔の水を切った。
はぁ…
ためいきがもれた。
ホントにオレはどうしちゃったんだ。
オレはゆっくり湯船に未を沈めた。
「あがっ…」
たぞ、と続く言葉をオレは飲み込んだ。
窓のそばで未夢が空を眺めていた。
はちみつ色の月の光の中で未夢の横顔が見えたから。
honey moon light
きれいだ…と思った。
「あっ、彷徨あがったんだ。」
突然振り向いて笑顔を見せられて、また顔に血が上っていくのがわかった。
「のぼせた?」
「…いや…」
こっちの気持ちなんかお構いなしで未夢はじぃっとオレの顔を覗き込んでくる。
頭がもうごちゃごちゃで、あぁこいつ髪下ろしたんだな…なんてどうでもいいようなことしか頭に浮かんでこない。
「ホントに大丈夫?」
さっきの宿題が頭をよぎった。
Honesty is the best policy.
すぐそばにあった未夢の体を抱きしめた。
「ふぇっ」
「…色気ねーの。」
「ちょっ、彷徨、どーしたのっ!?」
髪の毛から、甘い匂いがする。
あわててる未夢を放すと、オレはおもむろに持ってきてあったらしい未夢のノートを開いた。
「宿題。やるんだろ?」
「うん。」
こいつには危機感なんてないんだろうな。
いそいそと隣に座る未夢を見て思う。
Honesty is the best policy.
「Honesty は『正直』。policy は『方策』。これで意味わかるだろ?」
未夢はこくんとうなづいた。
また甘い香りが鼻をくすぐる。
「あれ…これ…はちみつ…?」
「あっ、わかる?シャンプー変えたの。はちみつの香りなんだってさ。」
…まじかよ…。
偶然の一致?
honey moon light
「Honesty is the best policy.」
オレはもう一度未夢を抱き寄せると耳元で言った。
「つまり、こーゆーこと。」
甘い香のする髪に口付ける。
「じゃっ、おやすみ。」
呆然としている未夢をおいて、オレは居間を出た。
なんとなく気分がいい。
部屋に戻って辞書とノートを閉じる。
それを鞄にしまおうとして気がついた。
オレは…欲求不満なだけだったのかもしれない…。
休み時間、次の英語の準備をしていると小西と天地がニヤニヤしながら近づいてきた。
「さぁいおんじくぅん。未夢に宿題のこと聞いた途端に真っ赤になったんだけど、何したの?」
「ぅえ゛っ…!?」
突然の質問に、声が裏返った。
「あらっ、ななみさん。普段はあんなに冷静な西遠寺くんが取り乱してらっしゃるわよ。」
芝居がかった口調で言う小西に天地も同じ口調で答えた。
「まぁほんと。ねぇ綾さん、西遠寺くんたら未夢ちゃんによっぽどすごいことしちゃったんでしょうねぇ。」
「ねぇ。」
顔は笑顔だけど、はっきり言って怖い。
「なぁ、彷徨。ちょっと辞書借りるな。」
三太が勝手に机の上の辞書を取っていった。
状況見ろよ…
「ねぇ。」
「ねぇ。」
「なにしたの?」
ふたりで声をそろえてじりじりと迫ってくる。
「なぁ彷徨。」
相変わらずの三太の声が腹立たしい。
「『honey moon light』って何?わざわざ赤で付け足してあるけど。」
「だっ、バカ、返せ!」
慌てて三太から辞書を奪い取る。
「honey moon light…?新婚の光?西遠寺くんもう未夢と新婚のつもりじゃないでしょうね?」
「まじで!?彷徨もう光月さんとそーゆーことしちゃってるとか?」
時すでに遅し…。
三太の質問は天地たちにもばっちり聞こえていた。
「honey moon light…honey…moon…light… ?愛しい…月の…光…。」
三太の言葉を聞いてから黙っていた小西が呟いた言葉にオレは固まった。
「………あぁ…そういうこと…。さっすが綾、伊達に恋愛ものの台本ばっか書いてるだけあるねぇ。」
「まぁね。…にしても西遠寺くんって意外と…ロマンチストなのね。」
小西と天地がまたニヤニヤしながら未夢の方へ戻っていった。
多分、今オレの顔は真っ赤になっている。
「彷徨ってあんな事するんだ。」
三太の問いに黙秘権を行使していると、未夢の方で光ヶ丘の声がした。
「あれ、未夢っち、君、シャンプー変えたのかい?」
光ヶ丘の指が未夢の髪を一房すくった。
鼻を近づけて言う。
「はちみつの香り…かな?」
オレは急いで未夢の方へ行くと、そのまま未夢の髪を口元に近づけようとしている光ヶ丘の手を払い落とした。
Honesty is the best policy.
光ヶ丘の耳元で言う。
「勝手に人のものに触んなよな。」
「ボクはみんなのものだから♪」
きーんこーんかーんこーん
席に戻り際、光ヶ丘の腹に拳を一発。
腹を押さえて前のめりになるヤツにオレは笑顔で言いきった。
「お前が誰のものだろうが関係ねーよ。ただ、オレのものに手ぇ出すな。」
学校の宿題もバカにしたもんじゃない。
初めてオレは宿題に感謝した。
Honesty is the best policy.
もっと素直に、正直になろうと思う。
まずは、あいつに、伝えよう。
ちゃんと、オレの、気持ちを。
いつも、オレの、考えてることを。
見上げた空には、今日もまた真ん丸い月がやさしく光っていた。
honey moon light
えと…英語…の授業聞きながら思いつきました…。
いや…サボろうと思ったわけではなくね…。あぁ辞書って似てる言葉が並んでるんだなぁと思って…。
たまたま「はちみつ」が浮かんで…調べて…おぉちかくにこんな言葉もあるじゃないか!と「正直」で。
久しぶりに…きれいに浮かんだ気がします。
ちょうど未夢ちゃんの苗字のこともあったし…
これは使うしかないでしょ!と。
久々に…お気に入りです。
(初出:2003.05)