ちいさな診療所。より

Truth or False

作:ちーこ

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ちっちっちっぼーんぼーんぼーんぼーんぼーんぴーんぽーん
柱時計が5時を告げると同時に西遠寺のチャイムがなった。
「宅急便でーす。」
「はいはーい。今でますぅ!」

わんにゃーが玄関を開けるとそこにはおなじみのUFO。

「ご注文の品お届けにあがりました〜。確認お願いしま〜す!」
「あっ、えっ、はい〜」
「ありがとうございました〜!」

配達員のおじさんが去った後に残ったのはティッシュBOX程度のダンボール箱ひとつ。

「何を注文してたんでしたっけ…。」

わんにゃーはそれを持って中に入った。
これから、あんなことがおこるのをまだ誰も知らない。





ケホン。
彷徨は小さくひとつ咳をした。

「風邪引いた?」
「…多分声の出しすぎ。…うちのクラスで、まともな学級会やろうと思ったのが間違えだった。」

そもそも議題からしておかしい、と彷徨はひとりごちる。

「まぁね…サルの授業参加はちょっと無謀だよね…。」
「あ゛ーのどいてぇ…」





わんにゃーはふたを開けた。
中には赤い缶。

「…何でしょう?」

やはりわんにゃーにはこんなものを注文した覚えはなかった。
ふたを開けると中には一枚の紙。
内容を読んで、箱の中身を見ながらわんにゃーはため息をついた。
なんでこんな厄介なものが届いたのだろう、と。





「ただいまー。」
「おかえりなさいませ〜。」

玄関の開く音がしてふたつの足音が近づいてくる。

「あれ、るぅくんは?」
「いま、お昼寝中です〜。」

かばんを置いて彷徨が洗面所のほうへ歩いていく。

「わんにゃー、そろそろ晩ご飯の準備始めるよね?私は何したらいい?」

「んじゃぁ、テーブルの上片付けていただけますか?」
「はいは〜い。」

洗面所から彷徨のうがいの音が聞こえてくる。

「あれ、わんにゃーこの箱何?」

未夢が赤い缶を手にとった。

「あーっ!いけません、いけません!!未夢さんそれ、どこか気にならないところに隠しておいてください!」

わんにゃーが慌てて駆け寄ってくる。

「?…これ何なの?」
「通販星から間違って届いちゃったみたいなんです。…また何かあると困るので…。」
「なるほどねぇ…。あそこなんかどうかな。見えにくいから気にならないんじゃない?」

未夢は戸棚の上指差す。

「そうですね。お願いしますぅ。」

未夢は踏み台に乗ってそこに缶を置いた。

「じゃぁ晩ご飯の準備始めようか。」





ぱちり。
目覚ましの前に目が覚めた。

「なんだかとってもよい夢を見たような気がしますわ。」

クリスは横になったまま再び目を閉じたが、夢の欠片さえ思い出すことは出来なかった。
夢は…現実になる!





「おはよー。」
「…はよ。」

不機嫌そうに答えた彷徨の声がかすれているのに未夢は思わず吹き出した。

「…うるせーな。もたもたしてると遅刻すんぞ!」
「朝ご飯ですぅ!」

わんにゃーが大きな盆に皿をのせて歩いてきた。






廻る 廻る 運命の歯車 廻る 廻る




「ごちそうさまでした。」
「ワタクシは洗いものをしてきますから、るぅちゃまはここでおとなしくしていてくださいね。」
わんにゃーが皿を持って立ち上がった。
「あっきゃぁ〜☆」
「未夢、制服のリボン、忘れてんぞ。」
「うわっ、とってくる!」

彷徨に胸元を指差されて未夢は急いで部屋へと駆け出す。
居間に残ったのはふたりきり。






廻る 廻る 運命の歯車 廻る 廻る




「あきゃっ☆」

るぅが飛んだ。

「こら、おとなしくしてろ!」

彷徨が捕まえようと手を伸ばす。

「むぅー。」

ゴンッ。

「いってー」

彷徨の上に落ちてきたのは赤い缶。

「…なんだこれ…。」

ふたを開けると中にはピンクの飴。






廻る 廻る 運命の歯車 廻る 廻る
ガタッ      ズレタ
マワル マワル ウンメイノ ハグルマ
ズレタ コトニモ キヅカズニ
マワル マワル





「飴?ちょうどいいや。」

彷徨はそれをひとつポケットに入れた。

「彷徨〜やばいよ。遅刻するよ〜!」
「あぁ。」

彷徨は頷くと立ち上がった。






マワル マワル ウンメイノ ハグルマ
スピード アゲテ
マワル マワル




未夢と彷徨が教室に入ると、すでにほとんどの生徒が揃っていた。
未夢はななみたちに声をかけた。

「おはよー。」
「おはよー、未夢。リボン曲がってるよ。」

ななみが未夢のリボンを指差す。

「うわぁ…恥ずかしい…このまま歩いてきちゃたよ。」
「大丈夫大丈夫。未夢ちゃんだから。しょうがないと思ってるよ。」
「…綾ちゃん…ひどいよ…ちょっと直してくるね」

未夢は教室を出た。





「ふぅ…洗濯もそろそろ終わったでしょうか…」

わんにゃーが濡れた手を拭きながら居間へ戻る。
視線がテーブルの上で止まった。
見覚えのある赤い缶。
わんにゃーの顔から血の気が引いた。
まさか…まさか…
まるで早鐘を打つように鼓動が早まった。

「わにゃっ☆」

るぅがわんにゃーに抱きついた。
ふたを開ける。
中には飴。
残った個数からはいくつ減っているのかわからない。

「大変ですぅー。」

わんにゃーは『みたらし』と呼ばれる青年の姿になると、るぅを抱きかかえ家を飛び出した。





のどが痛い。
彷徨はチラリと時計を見た。
この時間なら、先生が来る前になめ終えることが出来るだろう。
そっとポケットに手を伸ばし、飴を取り出した。
口に入れてゴミをポケットにしまう。
とんとん。
背筋が凍った。
おそるおそる振り返る。

「西遠寺くん…あの…私…」

緊張しているのかうつむいてクリスが立っていた。
どうやら飴のことを咎めるわけではないらしい。
彷徨は頬の奥の方の飴に舌で触れた。
今まで食べたことのない不思議な味だ。

「あの…私…今日…とても素敵な夢を見たような気がしますの。」

またいつものだ。
彷徨は内心ため息をつきながら聞き手の義務を果たす。

「へぇ…どんな?」
「残念ながら、覚えてはいないのですが…こんなに幸せなのですもの。西遠寺くんの夢に間違いありませんわ!」

ぱちっ。
クリスが目を開けた。
目が…あった。






マワル マワル ウンメイノハグルマ
スベテヲ アザワラウカノヨウニ
マワル マワル

ドクン
体に一瞬電流のようなものが走った。
なんなんだ、一体。
脳みそに薄いベールがかけられたような気がした。





マワル マワル クルッタハグルマ
マワル マワル グルグルグル




「なぁ、クリス。お前今日委員会とかあったっけ?」

ざわり。
教室がざわめいた。
オレ、何かおかしいこと言ったのか?

「さ、西遠寺君っきょ、今日はなにもございませんわ。」

目の前でクリスがさっきよりも顔を赤らめながら答えた。





「こ、光月さん!ちょっ、ちょっと!!」
「どうしたの?そんなに慌てちゃって。」

三太が教室へ戻ってきたばかりの未夢に駆け寄った。

「彷徨が、彷徨が!!ちょ、ちょっとこっち来てくれよ!」

無理やり未夢をひっぱって歩き出す。

「なに、ホントに。どうしちゃたの?」
「オレにもさっぱりわかんないよ!いきなり彷徨が…。」

連れて行かれた先で、未夢の前にあったのは、いつにもなくくだけた感じの彷徨とクリスの歓談風景だった。

「そんなに…変でもないんじゃない?」

いつもよりくだけているとはいえ、特に問題にするほどのものではない。

「いいから、見ててくれよ。」

彷徨の様子がいつもと少し違う。
「ばぁか。がきじゃねーんだから、夢なんてそんなに気にすんなよ。」
「…でも、とってもいい夢だった気がしますの。思い出せないなんてなんだか悔しくて。」
「思い出せなくったっていいじゃん。夢よりこーやって話してるほうが楽しいだろ?」
「…はい…。」

クリスが恥ずかしそうに俯く。

「クリス、顔あげてろよ。せっかく可愛いんだからさ。」

彷徨が驚いて顔を上げたクリスの目をじっと見つめる。
見たくない。
「…ごめん…わたしにもよくわかんないや…」
見たくなかった。
未夢は、見れば見るほど自分が惨めになるような気がした。
涙がこぼれそうになる。
もう何もわからなかった。
この顔を見られないように俯いたまま、未夢は教室から出た。





「大変ですぅ」

『みたらし』は走っていた。
すれ違う人が何がおこったのかと訝しがるぐらいに全速力で。
体は汗が吹き出るほど熱いのに、頭の中は血が通っていないかのように冷たかった。
まだなにもおこっていませんように。
ただその言葉だけがその凍った頭の中で反響していた。

「んきゃぁ☆」

『みたらし』は腕の中で無邪気に笑っているるぅをうらやましく思った。





彷徨は一体どうしてしまったのだろう。
未夢はため息をついた。
誰もいない昇降口。
プラスチックのすのこの上に腰を下ろす。
…うぬぼれていたのかもしれない。
自分が一番彷徨に近い存在なのだと。
彷徨の言葉が脳裏に浮かぶ。

クリス、顔あげてろよ。せっかく可愛いんだからさ。

…クリス…だって…。
今まで花小町って呼んでたじゃない。
名前で呼ぶの私だけだったじゃない。
可愛いだってさ…。
そんなの今まで誰にも言ったことなかったじゃんか
気づいてしまった独占欲。
浮かんでくるのは全部彷徨のことばかり。
はぁ…
また口からため息がこぼれたとき、未夢の目にすごい勢いで向かってくる人影が映った。

「あっ、未夢さん!」

未夢の姿を見つけたのか、その人影は急停止する。

「わんにゃー…どうしたの?」
「それが…それが…大変なんですぅ!!」





もしかしたら、まだ夢を見ているのかもしれない。
クリスは席について火照った頬を抑えた。
だって…西遠寺くんとあんな風にお話しできるなんて。
ちらりと彷徨を見る。
彷徨もクリスを見ていた。
ちょっと気まずそうにして目をそらす仕草がなんだかかわいい。
クリスは気を抜くと緩みそうな顔を引き締めた。
未夢はいつもこんな彷徨を見ているのだろうかと思う。

未夢。
そういえばどこへ行ったのだろう。
姿が見えない。
やっぱりこれは夢かもしれない。





昨日通販星から届いた赤い箱は『Newly Marrisd Candy』――つまり『新婚キャンディー』――でそれをなめた人は初めて目があった人を自分の結婚したばかりの相手だと思ってしまう。息を切らしながらわんにゃーが未夢に語ったのはそんなことだった。
それでようやく、先ほどの彷徨の行動にも合点がいった。
彷徨はクリスの事をそう思い込んでいるのだ。

「で、わんにゃーその効果はいつまで続くの?」
「それが…」

わんにゃーは口ごもりながら、確認するように紙を開いた。
何語でかかれているのか、未夢には読めない。

「効果はそんなに長くはないんですが…その相手と思い込んでしまった人と1時間以上一緒にいると、効果が消えても気持ちだけ残って…つまり本気になってしまう場合があるそうなんです!」

わんにゃーの言葉に未夢は時計を見た。
学校に着いてからもう45分は裕に過ぎている。
未夢はガバッと立ち上がると教室へと走り出した。





ばんっ。
授業中だというのに教室のドアが遠慮ない音を立てて開いた。
未夢が立っていた。
無言で未夢は彷徨の方へ進んだ。

「光月さん、どうしたの?」

問い掛ける先生の声も未夢には届いていないようだ。

「帰ろ。ね、彷徨、帰ろ。」
「何言ってんだよ。授業中だぞ。」

未夢が両手で彷徨の顔をはさむようにして叩いた。

「今日、彷徨おかしいよ。ね、だから。」
「別に、オレはおかしくねーよ。」
「おかしいもん!おかしいもん!絶対彷徨…おかしいもん。」

わけがわからない。
泣きそうになっている未夢を見て、彷徨はため息をついた。

「先生。しょうがないんでこいつつれて帰ります。」

かばんに荷物を詰めて彷徨は立ち上がった。
未夢を連れて歩き出す。
クリスの机の脇を通るときに彷徨は言った。

「クリス、じゃぁな。」

その声は未夢の耳にも届いていた。





「彷徨さん、大丈夫ですか!?どこか具合の悪いところとかありませんか?」
「オレは全然平気だけど?…わんにゃーなんでここにいるんだよ。」

昇降口を出たところで『みたらし』が彷徨たちに駆け寄った。

「えっ、とりあえずここで話すのもなんですし、家に着いてからにしましょう。…未夢さん?大丈夫ですか。」

出てきてからずっと俯いている未夢に『みたらし』は声をかけたが返事はない。





本当に彷徨は飴をなめたのだろうか?
もしかしたら…本当にクリスが好きなだけかもしれない。
それだったらどうしよう。
不安が未夢の頭をもたげる。
もし、そうだったのなら、自分のしていることはなんなんだろう。
怖くて彷徨の顔を見ることが出来ない。
彷徨がどんな顔をしているのか見てしまったら…全てが壊れてしまうかもしれない。
涙がぼたぼた落ちる。

「まんまぁ。いこいこ」

『みたらし』の腕から抜け出したるぅが未夢の頭をなでた。

「ぱんぱ、めっ!」

るぅは未夢の頭をなでながら彷徨の方を向いて顔をしかめた。
るぅが宙に浮いていることに気づいた『みたらし』が抱き寄せる。
その様子を、彷徨はなんだか不思議な気持ちで眺めていた。






マワル マワル ウンメイノハグルマ
カタリ
元どおり
廻る 廻る 運命の歯車
そしてまた 運命をつむいでゆく




なんだか突然頭がすっきりした。
脳みそのベールがとれた。
目の前で未夢が泣いている。
いや、さっきから泣いていた。
彷徨は未夢の肩に手を置いた。

「…未夢…。」

未夢の体が強張った。

「ごめん…オレが悪いんだよな…多分。」

こんな謝り方しか出来ないのがふがいなかった。

「ばか…。」

未夢が涙があふれている目で彷徨をにらんだ。

「ばか。何で頭いいくせに考えなしなのよ!怪しげなもんぽんぽん食べるんじゃないわよ!ばかばかばか!」

未夢が顔をワイシャツに押し付けた。

「ばか、ばか、ばか、ばか、ばか!心配させないでよ!」

不謹慎かもしれないが、なんだかそれがとてもいとおしく感じられて彷徨は未夢を抱きしめた。

「ばかぁ。」





「…というわけなんです。」

わんにゃーが事の次第を彷徨に説明した。
未夢はわんにゃーの作った葛湯を飲んで今は大分落ち着いている。
彷徨も葛湯を一口飲んではぁっとため息をついた。
明日どんな顔して学校に行けばよいのだろう。

「…にしても、クリスには悪いことしちゃったよな…。」

彷徨が呟くと未夢は顔をしかめた。
「未夢?」
「そうだよね、クリスちゃんにも失礼だよね。」

未夢の言葉にはとげがある。
…クリスの心配をしたのがいけないのだろうか。
「未夢、心配かけてごめん…な。」

未夢はぷいっとそっぽを向いた。

「もう、知らない。」

焦る彷徨を見て未夢は考えていた。
多分彷徨が自分の怒っている理由に気づくことはない、と。
自分以外の女の子を名前で呼ぶのが気に食わないなんて

「…花小町のこと…怒ってるのか?」

飴の効果はもう大分薄れてきたらしい。

「しーらない。」





戸棚の上には赤い缶。
二度とこんなことこりごりだ。
とは思いつつも、また目が行くのは…
もしもふたりで飴をなめながら、一緒に目を開いたらどうだろう。
そう考えてしまうから。
もしそのときに、目の前に…

…やっぱり自分の気持ちは自分で決めたい。
あんな飴なんかなくても、ちゃんと好きだから。
本気だから。



なんだか…綿密なのが書きたくなって…最初はすごいいろいろこだわって書こうと思ったんだけど…結局いつもより意味不明。(爆)
クリスちゃん微妙なポジションだし。
なんか中途半端になってしまいました。
どこを直せばよくなるのかも…自分ではもうわからないのでこのままいきます。

今回は大して甘くもなく…内容がないねぇ…。
長いけど。

とりあえず変なものには要注意って方向で。

…こんなのよりキリリク仕上げなくちゃ…(汗

(初出:2003.04)

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