ちいさな診療所。より

ねこ

作:ちーこ

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「彷徨、遅いなぁ・・・。」
思わず未夢の口からため息が漏れた。ちらりと食卓のほうを見やれば、おいしそうな料理から立ち上る湯気が所在なげに漂っている。
「上手にかぼちゃ煮えたのにな・・・。」
 せっかくのかぼちゃも一番食べてほしい人がいなければ何の意味もなさない。
 ガラガラッ。
玄関が開いた。思わず口元がほころぶ。パタパタと足音を立てて玄関へと走った。
「おかえり・・・彷徨、その格好どうしたの?」
 玄関にはずぶ濡れになって、雫をぽたぽたと落としている彷徨がいた。少し言葉を濁して、明後日の方向を向く。
「・・・ちょっとな・・・。」
「今タオル持ってくるから待ってて。そのままじゃ風邪ひいちゃうよ。」
 再び走り出そうとした未夢に彷徨はおずおずと後ろ手に持っていたものを差し出した。
「それより先にコイツ拭いてくれ。」
 彷徨が差し出したものを顔を近づけて眺める。濡れてはいるものの、それの表面は栗色の毛で覆われている。そして未夢が恐る恐る受け取るとそれはビクッ身を強張らせた。
「これって・・・ねこだよね。」
「あぁ。早く拭いてやってくれ。」
「あっ・・・うん。」
「よかったなぁ。」
 お風呂から上がり、一息ついた彷徨は、未夢に乾かしてもらってふわふわになった猫を抱き上げた。
「お前暖かい・・・。」
みゅ〜みゅ〜
 猫は嬉しそうに彷徨に顔を擦り付ける。やわらかい温もりに包まれて、トロンと瞼が落ちて来る。
「彷徨。寝るなら布団で寝たら?」
 上からかけられた声に、けだるげに顔を上げる。
「眠そうだよ?」
「わかった。おやすみ。」
 猫を抱いたまま部屋へ向かう彷徨の背中を見送り、クスッと微笑んだ。

「彷徨。朝だよ。起きて。」
 日差しが容赦なく目に刺さって、彷徨は手をかざしながら目を開けた。
「おはよ。どう?風邪ひいてない?」
 ボーっとした頭であたりを見回すと、自分の隣にねている猫がいた。ようやく頭がはっきりしてくる。
「・・・おはよう。」
「彷徨14時間も寝てたんだよ。よっぽど疲れてたんだね。」
 言われて初めて時計を見る。9時37分。眠っていた猫が目を開き、きょとんとした目で彷徨を見つめ、上半身だけ起こしていた彷徨の上に乗った。未夢は少し微笑むと彷徨に問う。
「で、彷徨。その猫どうしたの?ただ拾ったわけじゃないんでしょ?」
 少し困ったような表情を浮かべ彷徨はポツリと言った。
「・・・こいつ川でおぼれてたんだ・・・。」
 付け足すように言葉をつなぐ。
「ほらここ2、3日雨が続いただろ。川が増水しててさ。こいつ俺のほう見たんだよ。目あっちゃってさ。どーしてもほっとくわけにいかなくて。」
 猫は自分のことを話しているのがわかるのか、未夢を大きな緑の目で見上げた。首を傾げ、彷徨のほうへ向きなおす。
「彷徨らしいね。飼うんでしょ?このこ。」
 パッと顔に朱が散った。口ごもりながらなんとかうなずく。
「えっ。あぁ・・・まぁ・・・。」
「名前決めたの?」
「・・・まだだけど・・・。」
 ちらりと未夢の顔を覗く。
「『みゅう』にしようと思うんだ。」
「かわいいね。よかったね。みゅう」
 ノドもとを未夢の撫でられてみゅうは気持ちよさそうに目を閉じた。


ねこです。
私は動物を飼ったことがないのでよくわかりませんが
かわいいんでしょうねぇ (初出:2001年)

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