作:ちーこ
「あっるぅくん、ほらあかとんぼだよ」
秋の夕暮れ、未夢は抱いていたるぅを窓に向け、空を指差した。
「ちょんぼぉ!」
るぅは一生懸命に手を伸ばす。
「だめだよ、届かないよ。」
未夢が笑うとるぅはぷぅっと頬を膨らませた。
「るぅくんのこと笑ったわけじゃないよ」
まだ不機嫌そうなるぅを抱きなおすと未夢はゆっくりと歌い出した。
ゆうやけこやけの あかとんぼ
おわれてみたのは いつのひか
るぅは未夢の顔を見上げた。
やまのはたけの くわのみを
こかごにつんだは まぼろしか
きょとんとしているるぅに未夢は微笑む。
じゅうごでねえやは よめにいき
おさとのたよりも たえはてた
「懐かしい歌、歌ってんだな。」
「あっ、おかえり。どうしたの、それ?」
彷徨の手には一枝のもみじ。
「玄関に飾ろうと思ってさ。」
「へぇ〜もうこんなに赤くなってるんだ…。」
「きれいだろ。」
るぅがまた手を伸ばす。
「ほら、るぅ。もみじっていうんだぞ。」
彷徨はるぅの触れられるところまでもみじをうごかした。
「もみじゅ〜」
「そうそう、もみじね。あっそうだ…もみじの歌もあるんだよ。」
そう言うと未夢はまた歌い出す。
あきのゆうひに てるやまもみじ
こいもうすいも かずあるなかに
未夢の声に彷徨の声が重なった。
まつをいろどる かえでやつたは
やまのふもとの すそもよう
ふたりの声が絡まりあいきれいな和をなす。
たにのながれに ちりゆくもみじ
なみにゆられて はなれてよって
ふたりの目が合った。
あかやきいろの いろさまざまに
みずのうえにも おるにしき
るぅがきゃっきゃっと声を立てて喜んでいる。
「未夢なら絶対つられると思ったんだけどな。」
彷徨はいたずらっぽい目をして小さく舌を打った。
「何よ、それは彷徨の方じゃないの?」
口から出るのはお互いに思ってもいないことばかり。
そしてそれが本心でないことはふたりともわかっている。
「…こんなの歌ったの何年振りだろ…。」
「ホント、意外と覚えてるもんだね…。」
「母さんがいろいろ歌って聞かせてくれたんだよな…」
「うにゅ〜」
未夢の腕の中のるぅが声をあげた。
「どした?未夢、かわるよ。」
彷徨がるぅを未夢の手から抱き上げた。
「にゅ〜」
るぅの目がとろんとしている。
「眠いんだな…」
「ふぇふにゅふみゃぁぁぁぁぁぁぁん。」
眠くてぐずっているるぅの頭をなでながら未夢が静かに口ずさんだ。
ねんねんころりよ おころりよ
ぼうやは よいこだ ねんねしな
未夢の穏やかな声がやさしい空気の中を流れる。
「ちょっと寝かせてくるな。」
夕焼けで部屋の中が真っ赤に染まる。
こんな時、誰もいない部屋はとても寂しく感じる。
未夢はさっきのるぅのことを思い出していた。
「ママはこんなふうに…わたしを育ててたのかな…」
しばらくしても彷徨が戻ってこない。
みゆがそっとるぅの部屋を覗くと並んでいるふたつの寝顔。
未夢はそっと押入れから毛布を出すと二人にかけた。
「あっ…彷徨起きたんだ…。」
「あぁ…なんか…子守唄…聞いたら眠くなっちゃってさ…」
彷徨は恥ずかしそうに顔をそむける。
「あれ、お前がかけてくれたんだろ。ありがとな。」
あっ、と声をあげて未夢が庭を指差した。
「ほら、あれ。」
ゆうやけこやけのあかとんぼ
とまっているよ さおのさき
13031ヒットのくらんべりぃさんからのリクエスト「未夢と彷徨」「歌声」「想い出」「ありがとう」がテーマでした。
秋なので…秋の歌特集にしてみました…。
ちっちゃい頃よく歌いましたよね。
うむ懐かしい。
今回のおふたりさんはちょっと親っぽいかんじに…。
文中の歌詞はもみじ(文部省唱歌 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一)
赤とんぼ(文部省唱歌 作詞:三木露風 作曲:山田耕筰)
子守唄はちょっとわからなかったのですが…。
ん…これも著作権引っかかるのかしら?
とりあえず引用しました。と明記しておこう。
(初出:2002.10)