ちいさな診療所。より

need

作:ちーこ

←(b) →(n)




「彷徨、どっか遠く行こうよ!遠くに。」
すごい勢いで未夢が西遠寺に駆け込んできたのはある晴れた日のことだった。





電車に揺られ始めて早30分。
最初の勢いはどこへやら、未夢は電車にのってから一言もしゃべっていない。
利用者が少ないのかこの車両には未夢と彷徨の2人しかおらず、とても静かだ。

「未夢。」
「なに?」

未夢は伏し目がちだった視線を上げるとにこっと笑った。

「なんでもない。」

ポケットに手をつっこむと切符の角が人差し指の先に当たった。
駅で迷わず最高額の切符をかった未夢の表情が彷徨の脳裏によみがえる。
今日の未夢はどこかおかしい。
触っただけで崩れてしまう砂像のような危うさがある。

「未夢。」
「なに、彷徨?どーしたの?」

また笑顔。
どーしたはお前の方だろ。
彷徨は未夢の顔を見た。
無理をしている。
いつでも未夢はそうなのだ。
人に心配をかけないように笑っている。
それが余計に相手を心配にさせる原因になっているとも気付かずに。

「…未夢。」
「だからなぁに?ホントどうしちゃっ…」
「我慢すんなよな。」
「…彷徨。」
「無理すんなよ。なにかあったんだろ?」

電車のガタンゴトンと言う音がやけに大きく響く。

「まぁ…言いたくないなら別にいいんだけど…お前のそういう顔あんま見てたくないし。
…って言ってもオレは話聞くくらいしかできないけどさ。」

電車が止まった。
さびれた感じの無人駅。
やっぱり乗ってくる人は誰もいなくて、開いたドアがより一層の寂寥感をかもし出している。
ドアが閉まる。
電車がまた走り出すと、未夢はゆっくり口を開いた。

「ママがね…また…アメリカいくんだって。それでわたしはどうするってさ…」

カンカンカンカン。
踏切の音が近づいてきてまた離れていった。

「それで…なんか…よくわかんないけど…くやしくなって、家飛び出してきちゃった…。
だって…わたしはどうでもいいみたいに言われた気がして…ショックだったんだよね…」

窓の向こうを反対側に電車が走っていった。

「わたしはどうしたらいいのかなぁ」

未夢は背もたれに体を押し付けて上を向いた。

「どうしたらいいのかなぁ…」

何も言えない。
窓から見える空は見ていて悲しくなるぐらい真っ青だった。





スピーカーが終着駅の名を告げて、電車が止まった。
誰もいないホームに降りると山が見えた。
ふたりで知らない町を歩き出す。
誰もいない。
本当に何もない町。

「ねぇ…彷徨はどう思う…?」

そりゃぁ行ってほしくない。

「ゴメン。オレは何も言えない…」

一瞬の間のあと、未夢がちいさく呟いた。

「…彷徨も…そんな風に言うんだね…」
「違っ…」
「わたしはどこに行けばいいの?」

違う、違う。そうじゃない。

「わたしの居場所はどこに…あるの…?」
「ばっか!そんなこと言ってんじゃねーよ!
…そんなこと言ってんじゃねーよ …。」

彷徨は一度目をそらしまた未夢を見た。

「正直言って…オレはお前に行ってほしくないよ。
けど…それはオレの都合であって未夢の意思じゃない。
オレはお前に…ホントに自分の行きたい方に行ってほしい…。
…お前の母さんだって…そう思ってるんじゃねーのか?」

オレは…ひどい。
こんな言い方したら余計に未夢が困るのはわかっているのに

「…ってるもん。わかってるもん!
…わかってるけど…わかってるけど怖いんだもん…
…わたしなんかどうでもいいんじゃないか…いらないんじゃないか…って不安になる。
怖いんだもん。わかんないんだもん。」

未夢の目から涙がこぼれた。
そのまま地面に座り込んで声をあげて泣き出す。
オレのそばにいればいい、そう言うのは簡単だけど…未夢にとってそれでいいのか?
彷徨は未夢を抱きしめた。
そうするしかなかった。





「あっ、もしもし。オレです、彷徨です。」

辺りは薄暗くなり始めている。
帰りの電車はあと40分は来ない。
駅の公衆電話で彷徨は未夢の家に電話をかけた。

「はい…なんか…ちょっと県のはずれの方まできちゃってるんで…帰るのに時間かかりそうなんですよ。」

未夢は少し離れたところに座っている。

「いえ…オレは別にかまわないんですけど…」

電話の中でチャリンと音が鳴った。
彷徨は財布の中から小銭を出していくつか入れた。

「…未夢…お前の父さん…ちょっと話したいってさ」





彷徨は少し歩いて山のほうを見た。
ここまでは未夢の声も聞こえてこない。
アイツが決める事だ。
自分に言い聞かせる。
アイツが決めたのなら…
未夢が受話器を置いた。
彷徨のほうへ向かって歩いてくる。

「彷徨…巻き込んじゃって…ごめんね。
…でも…こうやって一緒に来てくれて…うれしい…」

改札をくぐって、ホームの古びたベンチにふたりで並んで座る。

「わたしさ…決めたよ。」

言うな…聞きたくない…お前と離れたくないんだ…

「わたし…こっちに残ることにした…さっきパパに言ってきた…それで…またしばらく西遠寺に…彷徨?」

反応がない彷徨の顔を未夢は覗き込んだ。

「いや…ちょっと驚いちゃってさ…だって…残るなんて…思わなくて…」
「いろいろ考えたんだよね…これでも。ママたちについていってもしばらくしたら戻ってくるし…こっちには友達もいるし…それに…ねっ…」

未夢の顔が少し赤くなった。
彷徨の顔も少し赤くなった。
ふたりの手が重なった。

「だれかに…必要とされたかったんだよね…。そばにいてほしいって言ってほしかったんだよね…わたしは。わがままだけどさ。…だからさっき行ってほしくないって行ってもらえて…うれしかった。ずるいでしょ。」

重なった手が暖かかった。





電車から降りるとホームで未夢の両親が待っていた。

「ごめんね…未夢。ママわがままで。」
「わたしのママだもん。ごめんね、わがままな娘で。」

未来は未夢をぎゅっと抱きしめた。

「彷徨君、未夢が迷惑かけたね。」
「いえ。ホントにそんな事ないですから。」
「我家の女性は…ああだからね…。」
「そういいながら顔、笑ってますよ。」
「また、しばらく未夢を頼むよ。」
「しばらくと言わず、ずっとでもいいですよ。」

慌てる優に彷徨はペロッと舌を出した。





「おい、未夢。荷物これだけでいいのか?」
「ん〜あとは小物だけだから。分けて運ぶよ。」

また、西遠寺で新しい生活が始まる。
やっぱり未夢は笑ってる方がいい。
彷徨はずり落ち始めていた大きなダンボールを持ち直した。


30000ヒットのとものりさんからのリクエスト「家出」でした。
リクエストには結構細かい事まで書いてあったので…それをつなげた感じかも…。

久しぶりに真面目じゃないですか?
ちーこも多分誰かに必要とされたがってるんだと思います。
それで…誰かを必要としてるんだと思います。

最近ちょっとごたごたがいろいろあって…悩んでる時に友達からメールが来て
「私でよければ話聞くよ。ぎりぎりまでひとりでがまんしないで。」みたいに言ってくれて。
すごく嬉しかった。
そんな風なやさしい人になりたいなぁと思って。

私がこうやっていれるのも…私のことを考えて…心配してくれる人がいるからです。
そんな人に感謝。

私の文章読んで感想をくれる人がいるから…頑張ってかけるんだなと。
やっぱりそれにも感謝。

よくわかんないのになっちゃったけど…結局私が伝えたいのは…人間ひとりじゃ生きていけないよ。
みんな誰かを頼って、頼られて生きてるんだよ。
ってそういうことなのかもしれません。

今回は文章ごちゃ混ぜ式で。
地の文と彷徨の気持ち文がごちゃ混ぜ。
読みにくいかもだけど。
伝えたいからかな。

(初出:2002.10)

←(b) →(n)


[戻る(r)]