ちいさな診療所。より

じしん

作:ちーこ

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ため息が漏れた。
自分に自信がなくなった。
わたしって何のためにいるのだろう。
わたしに何ができるのだろう。またため息がでた。
わたしって何なんだろう。





「未夢ちゃん、新しい台本書いたんだけど、読んでみてくれない?」

ぽんと渡された分厚い台本。

「いいよ…でもわたし演劇の事とかよくわかんないし…他の人の方がいいんじゃない?」
「いいからいいから。読んだら感想聞かせてね。」

綾ちゃんは台本が出来上がると真っ先にわたしに見せてくれる。
それを読むたびにわたしは辛くなる。
わたしとの差を見せ付けられてしまうから。
自分の無力さを改めて感じてしまうから。
席についてぱらりとページをめくる。
集中できない。
近くで彷徨と話している三太君の声が聞こえてきた。

「オレ、タイムまた縮んだんだ。先生がこのまま行けば入賞狙えるかもしれないってさ。」
「へーよかったじゃん」

周りとの差を感じる。
わたしは何もできないのに。

「未夢ちゃん、クッキー焼いたんですけどいかが?」

目の前に差し出された箱。
中にはおいしそうなクッキー。

「ありがと。」

ひとつつまんで口に入れた。
とってもおいしくて悲しくなった。
わたしは何ができるんだろう。

「ねぇ、西遠寺君。ここの問題なんだけど…解答見てもわかんないんだよね。」

ななみちゃんの声。
ななみちゃんは最近頑張って受験勉強してる。
前に進んでいってる。
それに比べて私は…。
何がしたいのか、なにができるのか、それすらわからない。
それに答える彷徨の声。

「コレは、ほら。こことここが等しいだろ。だからこれとこれも等しくなるじゃん。」

考え込む事もなくさらっとななみちゃんの問題集を指差した。

「そっかぁ。さすが西遠寺君。学年トップもダテじゃないよね〜ほんと。」

わたしはなんでここにいるんだろう。
わたしは何のためにここにいるんだろう。
わたしは何がしたいのだろう。
わたしに何ができるのだろう。
わたしって…なんだろう。





「未夢?どーした?気分悪いのか?」

気がついたら授業は終わっていて、彷徨がわたしの顔を覗き込んでいた。

「大丈夫だよ。」

答えたわたしの机にとんっとカバンがのせられた。

「帰る準備、しとけよ。」
「えっ、ちょっと」

まだ授業のこってる。
わたしが言い終える前に彷徨は綾ちゃん達の方に行ってしまった。
いくつかの言葉を交わして自分のカバンを持つとわたしの方へ戻ってきた。

「なんだ。まだ終わってないのか?」
「だってまだ授業のこってるし。」

きゅっと彷徨はわたしを引き寄せて耳元でささやいた。

「最近、オヤジがなんかしでかしたり、お前の母さんが騒いだりでゆっくりしてねーじゃん。小西たちに早退届け頼んできたからさ。」





結局彷徨の言葉に従って帰路についた。
もうちょっとで家ってところで彷徨が突然向きを変えた。

「彷徨?」
「いいとこ連れてってやるから、ついてこいよ。」

わたしの一歩前を歩いていた彷徨が足を止めたのは西遠寺の裏山の一角だった。
目の前にはまるで緑のじゅうたんのように一面にクローバーが広がっていた。

「何があったか知らないけどさ。」

彷徨は制服なのも気にせずに地面に腰をおろす。
そしてわたしも隣にくるよう促した。
わたしが座ったのを確認すると続けた。

「あんまり暗い方ばっかに考えんなよ?」

彷徨の手がわたしの手の上に重なった。

「未夢はさ、変なとこばっか生真面目なんだよ。
他のやつが笑ってすましちゃうとこまで気にしてんじゃん。
でもさ、もーちょっと気ぬかないと疲れちゃうぞ。
…まぁ…それが未夢のいいとこでもあるんだけどさ。」

きゅっと一度私の手を握ると彷徨は立ち上がった。
わたしは彷徨の言葉を反芻していた。
疲れちゃうぞ…か…。
疲れてるのかな…

「四つ葉…あるかもな。探してみるか。」

ひとり言みたいに呟いた彷徨が四つんばいになったのを見て、わたしも四つ葉を探し始めた。





しばらくたって、彷徨が声をあげた。

「未夢、あったぞ。」
「ホント!?」

わたしは彷徨に駆け寄った。
その手には四つ葉のクローバー。

「未夢にオレの幸せわけてやるよ。」

ぽんと四つ葉を手渡された。
我慢していたわけでもないのにぽろりと涙がこぼれた。
一度流れ始めた涙は止まらなかった。
ただ泣きじゃくるわたしの頭を彷徨はやさしく撫でてくれた。





「落ちついたか?」
「うん。ありがと。」

私達はまた緑のじゅうたんの上の腰をおろした。

「わたし、自信無いんだ…
…みんな何か得意なものってあるでしょ?
でも…わたしには何にもないんだもん。
これからみんながどんどんすすんでいっても、
わたしはおいていかれるんだなぁって思ったら、なんか悲しくなっちゃった。」

ダークブラウンの瞳がじっと私を見つめていた。

「んなことねーよ。……お前の優しいとことか、
人に好かれるとことか、オレすごいと思う。
お前のこと嫌がるやつも陰口たたいてる奴も見たことねーもん。
…それにさ…みんな結構お前から元気貰ってる。
沈んでる奴のことさりげなく励ましてやったり、
困ってる奴のこと見返りなしで間単に助けてやれるのすごいと思う。
そーゆーことできんのお前だけじゃん。」

…元気…あげてる…?
わたしがわからない顔をしているのに気付いたのだろう。
彷徨が続ける。

「う〜ん…なんて言えばいいかなぁ…なんかさ、お前が笑ってんの見るとこっちまで嬉しくなるんだよ。」

わたしは思いもよらないことを言われて驚いていた。

「あっ!」

彷徨が突然大声をだした。

「光ヶ丘とか三太とかにはやさしくしなくていーからな!
 オレが嫉妬するじゃん。」

いたずらっぽい目で彷徨はぺロッと舌をだした。
ふたりで同時に笑い出す。
ひとしきり笑った後、彷徨が言った。

「別に目に見えるものじゃなくたっていいんじゃねーの。
それにさ、オレらまだ中学生じゃん。焦ることねーよ。
ゆっくり探していけばいいんだから。」

なんだか自然に手をつないで、そのまま歩き始めた。





ママもパパも多分まだ家には帰ってない。
だからいつもどおり、直接西遠寺に行った。

「あれ、親父いねーや。」

ふたりっきりの居間。
もうルゥくんとわんにゃーが帰ってからしばらくたつというのに、今でも入り口からひょっこり顔を出しそうな気がする。
さっきの四つ葉を押し花にしようとしていたら彷徨が声をかけた。

「何か飲むか?」

彷徨が立ちあがった瞬間。
玄関のチャイムが鳴った。
がらっ。
ドアの開く音。
……わたし達はまだ居間にいる。
彷徨のおじさんはそんなことするタイプじゃないし、うちのパパとママが帰ってくるような時間でもない。
だっだっだっだっだっだっだっ。
ばーん。
勢いよくふすまが開いた。

「未夢ちゃーん。」

入ってきたのは綾ちゃんとななみちゃんだった。
わたし達に何を飲みたいかたずねると彷徨はきっちりふすまを閉めて台所の方へ出ていった。

「……どうしたの?」

わたしの問いに綾ちゃんは涙目で答えた。

「ごめんね。未夢ちゃん。」

なんで謝られたのかわからない。

「さっき、西遠寺君が帰り際に
『未夢なんかおかしいんだけど何か知らないか?』って聞かれたの。
わたし何も思い当たること無くて知らないって答えたんだけど…
…それってさ…すごく変だと思ったの。」
「アタシもごめん。綾に言われてさ
最近、未夢何か言ってたかなって考えたらわかんなくって。」
「それってすごく変だと思うの。
私は未夢ちゃんにいろんな悩み聞いてもらって…
…それですっごくすっきりしてるのに…
なんで未夢ちゃんのことは聞いてなかった…。」
「アタシは自分のことでいっぱいで人にまで目を向けられてなかったんだよね。
未夢にはいっつも優しくしてもらってたのにさ。」

ふたりの目がわたしを見てた。

「わたしね…みんなが羨ましかったのかもしれない。
…綾ちゃんの台本…見せてもらうたびに…
…なんでこんなに面白いお話が作れるんだろう…って。
ななみちゃんはちゃんと自分のやりたいこと見つけて…
…すすんでいってて…なのに…わたしは…得意なこと何にもなくて…」
「違うよ、未夢ちゃん。
私だって不安だよ。
全然得意なことなんかじゃないよ。」

泣きそうになったわたしに、綾ちゃんが言った。

「私だってすっごい不安だよ。
やっと書きあがったと思って台本出来あがって読んでみて、
全然だめで、書きなおして。
自分で直したつもりでもちゃんと出来てるかよくわかんなくて。
誰かに読んでもらおうと思っても、面白くないって言われたらどうしようってすっごい不安になる。
この前未夢ちゃんに面白かったよって言われて嬉しかった。
泣いちゃいそうになるぐらい嬉しかった。」
「アタシも受験受験って頑張ってるけどさ…実際、何したいのかわかんないんだ。
将来何になりたくても困らないように勉強しておこうって感じ。
結局決められないんだよね。」

ふすまが開いた。
お盆にグラスをのせた彷徨が入ってきた。

「なぁんか…立ち聞きしたみたいで…悪いんだけどさ。
…結局みんなおんなじなんじゃねーの?
誰だって悩むことはあるし…落ち込むことだってあるわけじゃん。
でも、それがあるから自分のことちゃんと考えるんだろ。
むしろ一生悩んだりしない奴がいたらその方が怖いよ。」

麦茶を配りながら言った彷徨をわたし達は見つめていた。





「…ってことは頭脳明晰、スポーツ万能の西遠寺君でも悩んだりすることあるわけ?」

大体麦茶の氷が溶けた頃。
ちょっとふざけた口調でななみちゃんが言った。

「そりゃ、たくさんあるさ。
いつうちの親父はちゃんとした住職になるのかとか…
…オレはホントに、このちゃらんぽらんな寺を継ぐのかとか…
…ちゃんと未夢は嫁に来てくれるのかとかな。」
「ちょっ!彷徨!!」

身を乗り出したわたしの目の前に彷徨はギリギリまで顔を近づけた。

「なぁんだ、来てくれないのか」

冗談だって分かっているのに顔に血がのぼる。

「知らない!」
「はぁ〜」

後ろから呆れたようなため息が聞こえた。

「おあついことで。
 お邪魔みたいだし、アタシら帰るわ。」
「ばいば〜い。」

バタバタと来た時と同じようにふたりが出て行ってしまって、またふたりっきり。

「で。実際どう?オレんとこに永久就職。」





ねぇ未夢。ママ思うのよ。
どんなにいい大学でも何人何十人何百人って人が入るでしょ?
どんなにいい会社でもたくさんの人がいるじゃない。
でも、誰かひとりの人と結婚できるのはひとりだけでしょ。
それって大学に入るより、いい会社に入るより大変な事なんじゃないのかなって。
どうしたの、未夢?
真っ赤になっちゃって。





彷徨からもらった四つ葉は押し花にして額に入れてベットボードに置いてある。
それを見るたびにわたしがここにいるのも無駄じゃないと思える。
ここにいられて、彷徨に会えて本当によかった。
やっぱり悩む事はあるけれど、生きてるんだから仕方がない。
わたしが元気を与えているとしたら、わたしは彷徨から幸せをいっぱいもらってる。
このgive and takeが成り立っている限り、わたしたちは離れない。





4444ヒット のくっきぃさんからのリクエスト。「爽やかな風と辺り一面のクローバー畑」がテーマでした。
久々にまじめ(チック)なかんじで。

そしてこのお話は…とある方への応援の意味もこめて。
彼女はこの未夢とおんなじようなことで悩んでいて、
今一生懸命頑張ってます。
彼女がコレを読むことはないんだろうけど、
でも私は彼女からたくさん元気もらってます。
もしも彼女に出会わなければ私は
もっと根本的に違う人間になっていたと思います。

めちゃくちゃな文章しか書けないけれど、私の伝えたいのはそんな感じのことです。

私だって人に自慢できる特技なんかないから、
同じことで悩んだりもするし
自分が将来ただのおばさんになってそうで怖い。
そんな私自身への応援の意味もどこかにはあったのかななんて思ったりもします。

どーでもいいけどうちの彷徨最近やたらドリーマーです。
ヘタレでドリーマーって救いようがない気がするのは…私だけでしょうか。
まぁ…しあわせなら…それでいいか…

ひらがなのタイトル「じしん」は「自身」と「自信」から。
やっぱり自分のペースで自分を信じて生きてくしかないかなぁと。
誰に言われたところで自分で変えなきゃ何も変わらない。
自分自身に自信をもってがんばれ〜!!

(初出:2002.07)

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