ちいさな診療所。より

作:ちーこ

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夢を見た。
どんな夢だったかは覚えていないけれど。
たださみしい、そんな夢だった。



夢を見た。
どんな夢だったかは覚えてないけれど。
たださみしい、そんな夢だった。










「おはよー。」
未夢がふぁーっと眠そうにあくびをしながら居間に出てきた。

「…はよ。」

彷徨もあくびをかみ殺しながらそれに続く。

「どうしたんですか?おふたりとも眠そうですけど…。」

わんにゃーが台所から朝食を乗せたお盆を持ってくる。

「…なんか夢見悪くてさ。」
「…彷徨も?…わたしもなんだよね…。まぁ何の夢かは覚えてないんだけどね。」

そういうとふたりはそろってあくびをした。
ふたりのあまりにもぴったりだったので、わんにゃーは思わずクスリと微笑んだ。









暗い闇の中、一組の男女が寄り添って立っていた。

顔は見えない

話しているのに声は聞こえない

女は静かに男の胸に顔をうずめた

男は静かに女を抱きしめた



ふたりはただ静かに抱き合っていた


男はゆっくり女にまわしていた手をほどいた

女はゆっくりと男に寄せていた頬を離す

男は女に向かって何か言った

女は男の言葉に頷いた

男は女から離れていった

女は男を止めなかった








目がさめた
とても悲しい夢だった



目がさめた
とても悲しい夢だった










「西遠寺くん、光月さん、おはよう。気分はどう?」
教壇の先生がにっこりと微笑んだ。

「元気そうね。じゃあ問3と問4、黒板にお願いね。」

ふたりが返事をする前に先生は笑顔で続けた。
ふたりは立ち上がった。









あのふたりは誰だったんだろう


あのふたりは誰だったんだろう

オレは確かにあのふたりを知っている…気がする

わたしは確かにあのふたりに見覚えがある…気がする

でも思い出せない

誰なんだろう









彷徨はチョークを置くと未夢の後ろを通った。
「x=3、y=2」
「…ありがと」

彷徨の小さな声に未夢は小さく答えた。









暗い闇の中、一組の男女が寄り添って立っていた


やっぱり顔は見えない

「行ってしまわれるのですね。」
「あぁ」
「さみしく…なりますね。」
「…あぁ…」
「貴女と初めて出逢ったのもここだった。」
「えぇ。風に流されてくる桜が…綺麗でした。」


女は静かに男の胸に顔をうずめた

男は静かに女を抱きしめた



ふたりはただ静かに抱き合っていた


男はゆっくり女にまわしていた手をほどいた


女はゆっくりと男に寄せていた頬を離す

「来年、桜が咲くころ、満開になるころ…
…もし…もし…まだあなたの心の中に私が…私がいたのなら…
…ここで…またここで会いましょう。」
男は女に向かって言った


女は男の言葉に頷いた

男と女の顔が一瞬だけ見えた
男は女から離れていった


女は男を止めなかった




夢からさめた時オレは泣いていた


夢からさめた時わたしは泣いていた

確かにあれは…未夢と…オレだった…

確かにあれは…彷徨と…わたしだった…

もっと年上だったけど
あの気持ちをオレは知っている


あの気持ちをわたしは知っている

とてもさみしく…とても悲しい気持ちを
それでも懐かしいと思ってしまうのはなぜだろう
また未夢と離れてしまうのかと思うと辛くなった


また彷徨がいなくなってしまうのかと怖くなった

…また…
いつ未夢と離れたというのだろう

いつ彷徨がいなくなったというのだろう









彷徨は立ち上がると電気もつけずに歩き出した。
未夢の部屋の前まで来た時、中からしゃくりあげる声が聞こえてきた。
「…未夢」

彷徨はそっと襖を開けた。
その途端、未夢が彷徨に駆け寄った。
目の前でよかったと何度も繰り返しながら泣きじゃくる未夢を彷徨は胸に寄せた。









結局お互いに眠る気にはならなくて、夜通しふたりで話した
話してみたら、ふたりとも同じ夢を見ていたらしい



もしかしたら前世なのかもしれないと彷徨が言っていた

あのあとふたりがどうなったのかと未夢はしきりに気にしていた









それ以来ふたりともその夢を見なくなった
だからあのふたりの行く末を知ることはできない

でもそれでいい

知りたいとは思わない



これから思い出はいくらでも増えるのだから

ふたりでつくってゆけるのだから





12621ヒットのyukiさんからのリク「前世のふたり」でした。
…なんかすごく感想…書きにくいです。
前世って言われてもよくわかんなくて…すごく悩んだんです。
名前はどうしよう、時代はどうしよう、どんな感じだったんだろうって
でも…最終的には名前も時代も出てこなくなっちゃいました。
どの時代にも合わせることができなかったから。
だからあえて出さずに読んでる人に想像してもらおうって。
…わかりづらかったでしょうか?

今回はじめて右寄せを使いました。
ネットならではですよね…こういうの。
左が彷徨。右が未夢。まん中がふたりのシンクロかその他。
読みにくい…かな。
でも…こうするのが一番私のイメージだったから。
いままでの小説と違いすぎたのでバックも変えて別winにしました。
だって…これじゃぁピンクの背景合わないでしょ

左と右に分かれてる彷徨と未夢の気持ち。
これを音声にして聞いてみたい。
少し語尾と文頭が重なるぐらいのタイミングで。
うまくいったら綺麗だと思います。
聞いてみたいなぁ…。

(初出:2002.05)

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