ちいさな診療所。より

夏を想ふ

作:ちーこ

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ミ〜ンミンミンミンミ〜ンミンミンミンミンミンミン

ゼミの大合唱。
この声を聞くたびに母さんのことを思い出す。
あれはオレが何歳のころだっただろうか…母さんがまだいたころだから…まだ幼稚園に入る前なのだと思う。
うだるような暑さに加え、騒音とも言えるようなセミの声にオレはまいっていた。
あつい〜、うるさい〜、と駄々をこねると、じゃぁ扇風機をだそうと母さんが言った。
オレは喜んで母さんのあとについて行って、押入れの奥から扇風機を引っ張り出した。
コンセントをさし込んでスイッチを押すと、涼しい空気が流れた。
すっかり気持ちがよくなって、オレは扇風機に向かって声を出した。

あ゛ー―――――――――――。

自分の声じゃないみたいでそのまま母さんの背中に話しかけた。

ね゛ぇ゛か゛ーさ゛ん゛。

母さんをびっくりさせようと思ったのに。

なぁに、彷徨?

普通に返事が返ってきて少し残念だった。

な゛ぁ゛ん゛て゛も゛な゛ぁ゛い゛。

オレは黙って扇風機にあたっていた。
セミの声が一層大きく聞こえた。

か゛ーさ゛ん゛な゛ん゛て゛せ゛み゛こ゛ん゛な゛お゛っ゛き゛い゛こ゛え゛て゛な゛く゛の゛?

母さんはオレを手元に呼び寄せた。

なぁに?ちゃんとお話しましょう。

オレは正座した母さんの向かいにぺたんと座った。

なんでせみはこんなにおっきいこえでなくの?

母さんはオレの目を見つめて言った。

彷徨は…セミ…嫌いかな?うるさいと思うの?
母さんがあんまり真剣なのでオレは怒られるのかと思いながら小さく頷いた。

でもね、セミが鳴くのはとっても素敵なことなのよ。

母さんは続けて言った。

セミは一生懸命鳴いて、結婚相手を探しているの。運命の人はどこにいるの〜返事して〜ってね。そして運命の人が見つかると、私があなたの運命の人よ〜って大きな声で返事をするの。みんなが一生懸命だから、セミの声がこんなに大きく聞こえるの。素敵でしょ。

ニコッと母さんは笑った。

でもさぁ、せみっていっしゅうかんでしんじゃうんでしょ?

また母さんはニコッと笑った。

彷徨、それは違うわ。例えどんなに短い間でも、運命の人と出会えるかどうかって大切なのよ。

そして母さんは今までで一番綺麗に笑った。

その人と一緒にいれるってとっても素敵なことなの。だから彷徨も運命の人を見つけたら一生懸命自分の気持ちを伝えなきゃダメよ。

オレはよくわからないまま頷いた。

あれ以来、セミの声を聞くたびに母さんのことを思い出す。

ミ〜ンミンミンミンミ〜ンミンミンミンミンミンミン

セミの声が聞こえる。
一生懸命に運命の人を探している声が。

チリンチリチリン

澄んだ涼しげな音が混ざって聞こえる。
…風鈴…か…。





チリンチリリリリン

軒下にぶらさげた風鈴が夏の風を受けてすんだ音色を奏でる。
これを聞くたびに小さいころのことを思い出す。
まだわたしが幼稚園に入るかどうかってぐらいの小さいころ。
ママはその時から忙しくて、あんまり家にいなかった。

ねぇ、まま〜どっかいこうよ〜

精一杯のワガママだった。
ママはちょっと考えた後、ポンと手を打ってどこかに電話をかけた。
やっぱりむりなんだなぁと泣きそうになっていたら、ママはガチャンと受話器を置いた。

じゃぁ未夢、出かけよっか!

そういうとママは突然たんすの中をあさり始めた。

あった!

ママが嬉しそうな声をあげた時、部屋の中はものすごい状態だった。
その散らかされた服の山の中でママが持っていたのは浴衣だった。
紺の地に風鈴の模様の。
それをママは四苦八苦しながらわたしに着せた。

ほら、行くよっ

ママの手を握って歩いて行ったその先には、鮮やかなお祭りの光景がいっぱいに広がっていた。

結構混んでるわね

そう言いながらもママの顔はうれしそうだった。
金魚すくい、わたあめ、ヨーヨーつり。
いろいろな事をやった。
その中でわたしは足を止めた。

ままー。あれ、みゆのとおんなじー。

私が指差したのは風鈴の屋台だった。

あらー、ホント。んー買っちゃおっか。

その中でも一際わたしの目を惹きつけたのは、わたしの浴衣の柄にソックリな風鈴。

ままーあれー

買ってもらった風鈴はチリンチリンと涼しげな音がした。

ママね、風鈴って大好きなの。

暗くなり始めた帰り道でママが言った。

風鈴の音って暑い時に聞くと涼しい気持ちになれるじゃない?
そんな人になれたらいいなぁって思うの。

わたしはまだよくわからなかった。

ままはだれのふーりんになりたいの?

わたしが尋ねるとママは少し頬を赤くした。

未夢と…パパ…かな。

そう言うとママは人差し指を口に当てた。

今の話、未夢とママの秘密ね。

わたしは大きく頷いた。
ママとの秘密が嬉しかった。

チリンチリチリン

あの時の風鈴は今もまだ現役で働いている。
今私の目の前で。

ミーンミンミンミンミンチリチリリリンミンミン

セミの鳴き声の間からすんだ音色が聞こえる。





いい音じゃん。

気がつくと後ろに彷徨がいた。

うん。セミの声もすごいね

気が付くと未夢のそばにいた。

でも、悪くないだろ?

わたしは彷徨の風鈴になれるのだろうか

うん、夏だなぁって気がする

オレの声は未夢に届いているのだろうか

今日も暑いな
うん、暑いね

それはどうだかわからないけれど

お昼…何にしよっか…
んー。そーめんかなんかでいーんじゃね?

今のこのままの関係でも悪くはない。


10701ヒットの香鈴さんからのリクエスト。「風鈴」でした。
風鈴よりセミに力入ってる気がしなくもなくないような感じです。
今回はカッコを使わずに台詞を書きました。
読みにくいですか?読みにくいですね…。
でも一度やってみたかったの〜。
しかも全部本人の過去語り。
上手くいったかどうかは別として、まぁ満足。
文章力を強化しなくてはですね…。
どうでもいいけど…よくもまぁここまでセミの声と風鈴の音に意味付けしたもんだ
…普段は思った事もなかったです。
彷徨のお母さんならこういうかな〜みたいに考えたらでてきた…。
こういうとき自分の思考回路がどうなってるのか非常に気になります。

(初出:2002.05)

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