作:ちーこ
っくしゅ
濡れた制服がどんどん体温を奪っていく。
思ってみれば今日は初めからついてなかった。
寝坊はするし、髪はまとまんないし、彷徨にはおいていかれるし。
間に合うかどうかのタイミングで西遠寺を飛び出した。
天気はわたしとおんなじ曇り空で。
少し急ぎながら歩いていたら、鼻の頭にぽつんと。
傘を取りに戻ろうかどうしようか15秒ぐらい迷って。
西遠寺よりちょっとだけ学校よりの地点。
右手には教科書の入ったカバン。
左手にはジャージの入ったバッグ。
そのまま進むことに決意した。
遅刻はしたくないし。
でもすぐに後悔した。
ぽつぽつからぱらぱら、ざぁぁぁぁぁぁに変わるまで3分もかからなかったんだから。
カップラーメンもウルトラマンもびっくりよね…
学校のほうが近いと思って進んだ結果がコレ。
昇降口のところで、脱水機にかけられる前の洗濯物みたいなわたしは、生まれて初めて笑うしかないって状況に直面している。
とりあえず髪を絞ってみた。
制服さえ着ていなければ完璧にさわやかなシャワー後ってぐらい水が出てきた。
…もちろんシャワーのほうが何十倍も気持ちいいけど。
ポケットからハンカチを出してみた。
濡れてた。
ハンカチをしまう。
そういえばジャージのバッグの中に体育のためにタオルを入れたことを思い出して。
探しかけてやめた。
わたしがこんなで、バッグの中身が無事だとは思えない。
改めてバッグを見るとわたしに負けず劣らずって感じの姿になっていた。
お互い様で惨め
教科書が入っているカバンの方は防水加工がされてたらしい。
無事だし
大切なものは目に見えないってホントですね、きつねさん。
あとでバッグにも防水スプレーかけとかなきゃ。
ひとりで四苦八苦してると、無情にもチャイムが鳴った。
…これって…遅刻…?
未夢がこない。
あと5分でチャイムが鳴るというのに。
確かに今朝寝坊してたけど。
遅刻するって程じゃなかったと思う。
教室の大きな窓から見える空はさっきから思う存分に汗を絞りだしてダイエットにいそしんでいる。
こんなことならおいてくんじゃなかった。
今日は朝から委員会の打ち合わせだった。
せっかく早く出てきたというのに全員がそろわないからと、延ばしに延ばして、結局始まったのがいつもオレが着く時間を過ぎてからという笑えないオチまで付いてたりする。
チャイムが鳴った。
先生、オレ見てきますと立ち上がりかけた瞬間。
ガラッとドアが開いた。
オレが目をみはったのも無理はないと思う。
ドアを開けた瞬間。
80近くの瞳に見つめられて未夢はたじろいだ。
「えっ…あっ…おはよー」
反応がない、というよりはあまりの惨状にコメントできないというほうが正確かもしれない。
あははーと苦笑いをしながら席に向かう未夢の視界が真っ白になった。
ふぁっとした感じにつつまれる。
ガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシ
ガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシ
「へっ…だれ?」
未夢が頭をタオルで拭かれていると気がつくまで数十秒のタイムラグ。
「未夢…衛星中継並…」
「彷徨!?」
「…オレ傘もってけって言ったよな…。」
「これ、彷徨の?」
あきれた声で言う彷徨に未夢は湿ったタオルを指差しながら答える。
「そうだけど…って人の話聞けよ…」
「ごめん〜タオル濡れちゃった…」
「別にそれぐらい…って話し聞いてねーだろ」
「今日の体育で使うやつ?…洗ってある?」
「洗ってあるっつーの…だぁかぁらぁ…人の話聞けよ!」
「うわぁ…わたしが歩いてきたとこ、ナメクジのあとみたいになってる…拭きに行かなきゃ…。」
ばこっ
おでこにチョップ。
「いったぁい」
「いーかげん人の話し聞けよ!ったく…ほらよ。」
彷徨がポーンと投げたものはすっぽり未夢の腕の中に収まった。
「早く着替えてこいよ。風邪、ひくだろ。」
未夢の腕の中にはジャージが入っている。
「…ありがと…」
彷徨は未夢の耳元で囁いた。
「その貧弱なボディーラインに他のやつが呆れる前にな」
ぺったりと体にまとわりついた制服を見て、未夢の顔が赤くなった。
「彷徨のばかぁ〜」
大声で言い残すと、ジャージを抱えて教室から駆け出ていった。
彷徨はふぅっとため息をついた時…教室の異様な雰囲気に気がついた。
「雨に濡れて遅刻した未夢ちゃん。
『彷徨…こんなにびしょびしょに濡れちゃった』
タイミングを計ったように差し出されたタオル。
『未夢…今のお前最高に色っぽいぜ…』
『彷徨…寒いの…暖めて…』
彷徨くんの腕にしなだれかかる。
『未夢…いいのか?』
『…彷徨』
表では交わされることのない心と心の会話。彷徨くんの手が未夢ちゃんのボタンに伸びる…そして…」
「花小町!」
我にかえったようにクリスはふっと顔を上げた。
「わたくし…何を考えてたのかしら…」
「ったく、あいつのどこにそんな色気があるんだよ…まぁ…何想像するのも勝手だけどさ」
再び彷徨の口からため息がこぼれた。
濡れたブラウスを脱いで彷徨のジャージに腕を通した
意外と…おっきい
結構細いし、そんなに大きい感じもしないのに…。
彷徨って着やせするタイプなのかもしれない。
大分余っている袖と裾。
こういうときにわたしと彷徨の、女子と男子の体格の差を感じる。
彷徨はこれからもっと逞しくなるだろうし、わたしは……どうなるのかよくわかないけど…。
…彷徨の匂いがする…
そう考えたら、また顔があつくなった。
彷徨のそばにいるみたい。
彷徨の腕の中に。
キーンコーンカーンコーン
本日2度目のいるはずもない場所でのチャイム。
って…授業始まるんじゃ…
わたしは濡れてる髪をヘアクリップでとめると教室に向かって走り出した。
ぱたぱたと廊下から足音が聞こえる。
未夢だ。
勢いよくドアが開いた。
うつむいて息を整えていた未夢が顔をあげた。
やばいと思った。
オレが貸したジャージは思ったより未夢には大きかった。
かなり長めの袖と丈。
童顔なのも加わって、すごく幼く見えるのに。
それなのに襟元から見える鎖骨が、珍しくまとめられている髪からこぼれた一房の横髪が、やけに艶めかしい。
「間に合った?」
「まだ先生来てないから…まぁ…ギリギリセーフってとこ。」
「よかったぁ」
努めて平然を装っては見るものの、微妙に声がうわずっているのを感じる。
こんな時ほど、未夢の満面の笑顔が身体によくない時は他にない。
どくんどくんと身体が脈打つ。
先生が教室に入ってきた。
クラスメートたちが着席する。
オレも。
未夢も。
正直言って、助かった。
これ以上は見てられなかったから。
「え〜っと…じゃぁ…西遠寺さんどう思う?」
非常に少ない家庭科の授業中。
五大栄養素についての質問。
視線が全然別のほうを向いていたから、ちょっとあせって彷徨が立つ。
教科書を見ながら答える。
「はい…人間に必要なのは…」
「あら…西遠寺さんって彼女じゃないの?」
驚いた先生の声に顔を上げると、先生が示しているのは彷徨ではなく。
「未夢?」
先生に指差されて未夢も驚く。
「えっ…わたしですか?わたし、光月ですけど…」
「あらやだ…先生勘違いしちゃった。ほら、西遠寺ってかいてあるジャージ着てるじゃない、だから。」
先生は楽しそうにけらけら笑っている。
「西遠寺…未夢…
『彷徨、わたし…今日から西遠寺になるのよね…』
顔を赤らめながら言う未夢ちゃん。
『西遠寺未夢。いやか?』
未夢ちゃんの腰に手をまわして耳元でささやく彷徨くん。
『…いやなわけ…ないじゃない…』
そういうと未夢ちゃんは彷徨君の胸に、顔をうずめる。
『愛してるよ、未夢』
…そーゆーことなんですわね…だから未夢ちゃんは彷徨君のジャージを嬉しそうにして着てるんですわね…」
ばこっぐしゃどかっぐきっべしゃ
音をたてて机の天板が割れ、足が変な方向にまがる。
クリスはその机を頭の上に持ち上げると大きく振り回し始めた。
「…そーゆーことなんですわね…わたくしの彷徨君がぁ…わたくしの…」
「うわっあぶねぇ!」
せまってきた机を紙一重の所で交わすと、彷徨は未夢に駆け寄った。
「未夢、逃げるぞ!」
ぐっと、未夢の手をつかんで彷徨は教室の外へと走り出した。
彷徨に手を引かれて、教室の外へ出た。
教室からだいぶ離れた今もまだ、手はつながっている。
ふっと、さっきクリスちゃんが言っていたことを思い出した。
「…西遠寺…未夢…」
小さく口に出してみた。
ぼっと顔が赤くなる。
「…西遠寺…未夢…」
もう一度小さく言ってみる。
音の響きは、悪くない。
慣れないけど…なんだかくすぐったい。
「なんか言ったか?」
彷徨がわたしの方を見たけど。
首を横に振った。
「…悪くないと思うけど…」
彷徨がそう呟いた気がした。
「…西遠寺…未夢…」
未夢がそう呟いた気がした。
多分、何かの聞きまちがえ。
そんな風に聞こえるなんて、さっきの騒ぎで耳がおかしくなったのかもしれない。
…でも…悪くない…
「…西遠寺…未夢…」
また…聞こえた。
今度は多分…本当。
顔が赤くなる。
つないでいる手も、きっと熱くなってるんだろう。
「なんか言ったか?」
わざと、知らないふりをして尋ねた。
横に首を振られたけど。
未夢も真っ赤な顔をしていたから
「…悪くないと思うけど…」
小さく返しておいた。
雨の日の一時間目。
制服の少年と大きなジャージの少女が手をつないで廊下を歩いていた。
ふたりの顔は真っ赤だったけれども。
ふたりはとても幸せそうだった。
これはみりんさんからのリクエスト
「クリスちゃんの妄想」「さりげないけど伝わる告白」
でしたが…いかがでしょう。
私リク小説、ヘタだよね…。こなせてないじゃんみたいな。
いや…他のだってヘタはヘタなんだけど…制限がないじゃん?
…題名が決まらなくって。ものすごく悩みました。
だって…長いのにやたら特徴がなくて…。
そう。コレ長いんですよ。長さで言えばこのHPで6位。すっげぇ。
頑張ったね。あたし。
あっ…でも原稿用紙で20枚ちょっとだ。そんなに長くないや…
えっと…これは…ネタ帳のネタ3つぐらい使って。
あたし好みに仕上がりました。
ジャージ。私はきらいでしたね。
ほんとに。名前が入っていたんですけど。それもいやだったし。
何よりダサかった…。
だってドラ○もん色ですよ?
あぁやだやだ。
でも、大きいジャージを着てるのって可愛いと思いません?
だめですかね?
私としては…ジャージはブルマのほうがかわいいと思うんですが。
見てる分にはね。履くのは嫌ですよ。足太いもん。
最近はどんどんブルマの学校が減って寂しい限りです。
あっ…別に怪しい人じゃありませんよ、私。
っつーか感想ながっ…。
(初出:2002.04)