作:ちーこ
「おい、手紙きてるぞ。」
学校から帰ってきて、居間で一段落していた未夢に彷徨が声をかけた。
「ホント?」
「ほらよっ!」
ぽんと投げられた手紙を体をよじってキャッチする。
「もー、彷徨!投げないでよね!」
未夢は苦情を言いながら水色の封筒を裏返した。
目が大きく開いたかとおもったら、みるみるうちに満面の笑みに変わる。
「うそぉ〜」
手紙をぎゅっと抱き込むとパタパタと部屋に走っていった。
「…んなんだよ…」
その背中を見送った彷徨は自分の手に力が入っていることに気がついてはいなかった。
「彷徨さぁ〜ん、未夢さぁ〜ん。ご飯ですよ〜。」
食卓にはおいしそうな料理が所狭しと並んでいる。
「わんにゃーこれおいしー」
「あっ、そうですかぁ。それはじめて作ったんですよ〜。テレビで見ておいしそうだったので。」
「味うすい。」
和んでいた空気が凍る。
そのまま食器を重ねて彷徨は立ち上がると席から離れた。
「彷徨さん機嫌悪かったんでしょうか…」
「さぁ…」
ひとり人数が減った食卓は何故だかとても寂しかった。
「…はぁ…」
食卓を乱暴にあとにして部屋に入った瞬間。
口からため息がこぼれた。
理由はわかっていた。
だが、認めたくはなかった。
でも、ずっと気になっている。
見なければよかった。
見なければこんな気持ちにならずにすんだのに。
気になっているのは、さっきの手紙の送り主。
未夢のやつ、名前見たとたんうれしそうな顔してた。
名前。
男の名前だった。
とりあえず明日の予習でもしようと教科書を開いた。
何にもしないとずっとそのことばかり考えてしまいそうだったから
「じゃぁ、いってきまーす。」
ふたりの会話はない。
いつもだって未夢が話して彷徨がときたま相槌を打つ程度だから会話が成り立っているのか怪しいところではあるのだが。
それでもお互いの意思の疎通はできている。
それが今日はない。
彷徨の空気がピリピリしていて未夢は話し掛けられずにいた。
ふたりはただ黙々と歩いていた。
彷徨の機嫌が悪い。
そういう時、壁を感じる。
誰にも近付かれないように、触られないように。
わたしはその壁の中には入れない。
「家族」って思っててもそういう時は「他人」なんだなって
そう思うと悲しい。
教室の友達の輪の中に入ってから視界の端で捕らえた彷徨は三太君と話していた。
わたしじゃ…壁の中には入れない
わたしじゃ…たりない
「西遠寺センパイ!調理実習でクッキー作ったんですけど」
1年生の女の子。長めの黒髪に、白い肌、パッチリと大きな目。
美少女を絵に描いたような女の子が頬を染めてラッピングされた包みを差し出した。
「あっ…ありがと…」
ざわっと教室がざわめいた。
いつも何を渡されても受け取らない彷徨が、微笑みまで浮かべたのだから。
「未夢、いいの?」
ななみからの問いに未夢は答えなかった。答えられなかったといったほうが正しいかもしれない。
「なぁに、辛気臭い顔してんだよ!」
三太から言われて自分がだいぶひどい顔をしていたらしいことに気がついた。
「光月さんとなにかあった?」
こういうとき三太は意外と鋭い。
「…別に」
その間がそれを肯定してしまったことは明らかだった。
「まぁ、彷徨が話す気ないなら聞かないけどさ」
三太はオレの頬をぐっと持ち上げた。
「でもさ、もうちょっとにこやかにしてろよ。ほら、笑う門には福来たるってゆーじゃん」
笑う門には福来たるか…騙されたと思ってちょっと笑ってみた。
「…あのぉ…」
後ろからかけられた声に振り向いた。
「西遠寺センパイ!調理実習でクッキー作ったんですけど」
思わず差し出された包みを受け取る。
「あっ…ありがと…」
お礼が口からこぼれた瞬間、気がついた。
教室がざわめいた。
急いで未夢の姿を探す。
誤解されたくない
こっちを向いたまま立ちすくんでる未夢と目が合った。
もう、彷徨の近くにわたしの居場所なんかない。
今までは結局彷徨のやさしさに甘えていた。
クッキーの包みをもったままの彷徨と目が合った。
怯えた目をしている。
でも、わたしには壁に閉じこもってしまった彷徨に触れることはできない。
わからない
「未夢!」
彷徨がわたしの名前を呼んだ。
「未夢!」
未夢の目が泣きそうだったから
「悪い、やっぱこれ受け取れねーや。」
一度は受け取った包みを返す、
オレは未夢のほうへ歩き出した。
肩に触れようとしたら未夢はビクッと身体を強張らせた。
そのまま手を引っ込める。
何を話せばいい?
なんて言えばいい?
彷徨の手が伸びてきて、思わず体がかたくなった。
何故だかわからないけれど。
無音の時間が痛い。
わたしたちに合わせて教室の時計が動いている。
何をすればいいの?
どううればいいの?
「…ごめん…」
先に口を開いたのは彷徨だった。
「…全部…ごめん…」
力のこもったダークブラウンの瞳でしっかり未夢を見つめる。
「…なんかさ、お前に泣かれんの、だめだわ、オレ」
ぐっと未夢を抱き寄せる。
「お前泣きそうになってんの見たら、他のことどーでもよくなった。」
拒絶されなかったことに安心する。
彷徨はそっと未夢の目じりに口付けた。
「いやがんないと自惚れちゃうよ?」
彷徨の言葉に未夢はこくんと頷いた。
「あの〜お取り込み中悪いんだけど…先生そろそろ授業始めたいかなぁなんて」
我に返れば、教室の中だったことを思い出す。
真っ赤になった顔を見合わせて
ダッシュで席に戻った。
「ねぇ…彷徨。なんで昨日から機嫌悪かったの?」
学校からの帰り道、未夢が彷徨に話し掛ける。
「…お前が…手紙見てうれしそうだったから…」
ちょっと気まずそうに視線をそらす。
「彷徨は手紙うれしくないの?」
余計に気まずそうに、彷徨は吐き出した。
「だって…男からの手紙だったじゃん…」
それを聞いて未夢は勢いよく笑い出した。
「あれ、小学校の時の先生だよ。赤ちゃんが生まれたからって写真送ってくれたの。」
ひとしきり笑い終えると未夢がちらりと彷徨を見上げて言った。
「彷徨…やきもち焼いてくれたの?」
「うるせ」
「…でも…わたしも…さっき彷徨がクッキー受け取った時…ちょっとね…」
どちらからともなく笑い出す。
大好きな人と一緒に笑いあえる幸せ
大好きな人の隣を歩いていける幸せ
自分の居場所はここにあると
こころの居場所がここにあると
教えあえる幸せ
なんか…やたら…暗い…かと思いきや…甘い…どうなんでしょう。
みりんさんからのリクエスト。「2人の嫉妬」「ダイレクトな告白」でした。
いまいち嫉妬してないよね…っていうか…ダイレクトな告白って…
彷徨…すきって言ってない…これって告白?
まぁ…すきって言うだけが告白じゃないさ(開き直り)
っていうか1年生の美少女さん報われないですねぇ〜。
(初出:2002.03)