作:ちーこ
うららかな日曜日。
柱の振り子時計も腹時計も最大に自己主張をする時間だったりする。
そんな中、西遠寺では赤ちゃんの泣き声が響いていた。
まぁ…それはいつものことなのだが。
今日はいつにもまして激しい。
心配になった中学生の両親は急いで子ども部屋へと駆け込んだ。
「るぅ、どうした?」
何を尋ねても泣き喚くばかり。
「ねぇ、彷徨。るぅくんちょっと熱っぽくない?」
るぅを抱き上げた未夢が彷徨に問う。
「そうか?……少し熱いかもな。わんにゃ〜!!」
彷徨が廊下に向けて呼びかける。
「わんにゃー、今日「平尾一周みたらしツアー」に出かけてるからいないよ?」
「…まじ?」
「…知らなかった?」
空白
「…おれ今日起きたの遅かったし〜」
ちょっと目が泳いでるのは…やっぱり暫定的とは言え家長として情けなくなったのだろうか。
るぅをあやしていた未夢が異変に気がついた。
「るぅくんのほっぺ、腫れてる。」
「…ってことは…」
「「おたふく風邪?」」
また空白
「お前…おたふくやったことある?」
「彷徨は?」
そんな疑問も当然。
風疹、麻疹、おたふく風邪などなどは小さいころにかかれば対して問題ない。
しかし、大きくなってからかかると、子どもに比べると数段ひどい大惨事になったりするのである。
「…多分…ある。」
「わたしも…あるはず。」
ふたりは幼いころのことを思いかえす。
そう…あれは…
「未夢〜。西遠寺さんち行くわよ〜。彷徨君に会えちゃうぞ〜」
やけにハイな母親の手にはでっかいスーツケース。
外からはジージーとセミのプロポーズが聞こえてくる。
「いく〜!!」
元気いっぱいに答えた未夢はTシャツからお気に入りのワンピースに着替える。
「ままぁ。わたちかわいい?」
「やぁだぁ未夢ってばおませさんvvそんなに彷徨君に可愛いとこ見せたいのね〜。」
未来はぎゅーっと未夢を抱きしめるとぽんぽんと頭を撫でた。
「かわいい、かわいい。そのキュートなスマイルで彷徨くんを悩殺しちゃえvv」
「のーさちゅ?」
「ママ、そろそろ出発しないと電車に遅れるよ。それから頼むからあんまり変な言葉教えないでくれよ?」
苦笑いをしながら言う夫に、妻はびしっと指を突きつけた。
「女の武器は磨いておくにこしたことないわ!!」
軽いため息とともに荷物を抱えた優と未夢を抱えた未来は玄関へと歩き出した
「かなたぁ〜」
「こら!ちゃんとごあいさつしなさい!」
着いた早々走り出そうとした未夢をひょいっと捕まえる。
「こんにちわぁ」
「あら、未夢ちゃんおりこうさんね。未来ちゃん、未夢ちゃんっておたふく…もうやったかしら?」
未夢の頭を撫でながら瞳は未来に視線を向けた。
「まだだけど…もしかして…」
「そうなのよ、今彷徨寝込んでる…というかすねてるのよ。」
「すねてるって?」
彷徨の様子を思い出したのか瞳はにこっと微笑む。
「寝込むほどはひどくないんだけど…未夢ちゃんに会えると思ってたのにほっぺが腫れちゃってカッコ悪いから会わない〜って。しばらくぐずってたのよ。」
未来も家での未夢の様子を思い出して微笑んだ。
「若いっていいわよね〜」
「ホントに。未夢ちゃんがうちの娘になる日も遠くないんじゃないかしら。」
「あーっこら未夢!」
彷徨に会えないと説明していた優の前から未夢が走り出した。
「…もう…しょうがないんじゃない?」
「そうそう。人の恋路を邪魔すると馬に蹴り飛ばされちゃいますよ?」
のほほんと笑みを浮かべたふたりのママにひとりのパパは敗北した。
「かなた〜どこにいるの〜」
てとてとと廊下を歩きながらきょろきょろとあたりを見渡す。
「みゆ?」
ひとつの部屋から聞こえてきた声に未夢は満面の笑みを浮かべると襖を開いた。
部屋の中には子供用の布団。
隠れているらしいが、ぴったりひとり分のふくらみを見つけ未夢は駆け寄る。
「かなた?どーちたの?あっびょーきってぱぱいってたっけ。」
「みゆ、こっちくるなよ!!」
「どーちて?わたちのこときらいになっちゃた?」
布団の隙間から未夢の大きな目に涙が浮かんだことに気がついて彷徨はあせって言った。
「みゆ、なくなよ。」
「だってかなたがわたちのこときらいになっちゃうからぁ」
しゃっくりあげながら未夢が答える。
「きらいになんかなってねーよ!!」
思わず布団を跳ね除けて未夢に向き合う。
「…きらいじゃねーもん」
「かなた?」
「だって、かっこわりーじゃん。こんなにへんなかおじゃみゆおれのこときらいになるじゃんか!」
「かなた、かっこわるくないもん!!」
「…かっこわりーじゃん。せっかくこんどみゆがきたら、ひみつきちみせようとおもってたのにさ、かーさんがそとにでちゃだめってゆーしさ…」
「かっこわるくないもん!わたちかなたのことちゅきだもん!ひみちゅなくてもかなたちゅきだもん!」
お互いに息が上がっていて、同時に笑い出した。
「おれたちそーしそーあいじゃん」
「そーしそーあい?」
「ふたりともすきってことなんだって。かーさんがいってた。」
「ふーん、かなたあたまいーねー。」
「そんなことねーよ」
ちょっと照れて視線をそらした彷徨の頬に未夢はそっと触れた。
「…かなた…いちゃいの?」
「いたくねえよ!」
痛みを我慢するように口を真一文字に結ぶ。
「はやくなおっていっちょにあしょぼーね。」
「うん。」
「かなたがはやくなおるようにおまじないちてあげる!」
「おまじない?」
「うん。ままからおちえてもたったの。」
そういうと未夢は彷徨の両頬にちゅっちゅっと口付けた。
「みゆ、だいじょーぶか?」
西遠寺にはふたつの子供用の布団が並べてある。
そこにはほとんど治りかけた男の子と、頬をパンパンにはらした女の子が寝ている。
「こんどはおれがおまじないしてやるよ。」
やさしくふれるように、男の子は女の子の両頬にキスをした。
ふたりが裏山の秘密基地に出かけたのはその数日後のことだった。
「あははははははははぁ…」
昔のことを思い出して、乾いた笑いが口からこぼれた。
今、お互いの顔を見る勇気はふたりともない。
やり場を無くした視線はさっきから宙をさまよっている。
「とりあえず、るぅを寝かせようぜ。」
彷徨の言葉に、布団を敷き、るぅを寝かせる。
泣きつづけるるぅに二人は顔を見合わせた。
「「おまじない」」
るぅが泣き止む。
おまじないの意外な効果にまた顔を見合わせる。
「ただいまかえりました〜」
玄関から聞こえてきたのんきな声に立ち上がる。
「えっ!るぅちゃまがおたふく風邪!?…どうしたんですかおふたりともやけにニコニコしちゃって。」
「別に。」
「なーんでもないでーす。」
るぅのところへ戻っていったふたりを見送ると、はっと我に返る。
「こ、こんなことしてる場合じゃありません!はやくるぅちゃまに…」
今日も慌しい西遠寺のお昼ご飯はもう少し先になりそうだった。
はい。書いてる途中でわけわかんなくなりました。
8900ヒットの裕未さんからリクエストは「幼いころのふたり」でした。
…どうでしょう?
おたふく風邪、ちーこはなぜか予防注射を受けたはずなのに2回かかっています。
…何故だ…生命の神秘って感じですね。
あっでも、ホントに大人の人は(特に男性)は気をつけてくださいね〜
っていうか…これってファーストキス…になっちゃいますか…
(初出:2002.02)