作:ちーこ
「未夢!洗濯物干しとけよっ!」
「はぁい。」
そんな春のある日のできごと…
「うっわぁ。超いい天気。」
日に日に暖かくなっていく景色は、青とさくら色で心地よい。
さくらというのはこんなにも人の心を穏やかにしてしまうものなのだろうか。
「もう、満開だね。あとでみんなでお花見しよっ。」
パンパンとしわを伸ばすと風にはためく白が目にまぶしい。
「…にしても…このさくら…見たことある気がするなぁ…」
「ホントに西遠寺のさくらはきれいよねぇ。」
「でしょ。私も気に入ってるの。」
未来の言葉に瞳は嬉しそうに微笑んだ。
「未夢も彷徨くんに会えたからはしゃいじゃって。」
「あら、彷徨だって未夢ちゃんが来るって言ったら5分おきに『まだ?まだ?』って。」
ふたりの視線がさくらの中をかけまわるこどもたちへと移る。
「楽しそうね。」
「ほんと。ねぇ未来ちゃんこっちに引っ越してこない?あんな未夢ちゃんと彷徨、離すのかわいそうじゃない。」
「そぉねぇ…考えとくわっ」
「ねぇ、ままみて。みゆがこれちゅかまえたの」
走ってきた未夢の手にはしっかりとさくらの花びらが握り閉められていた。
「あらよかったわね。」
こくんとうなずくと未夢は花びらを大切そうにポケットにしまった。
ぶわっ
突然の風にあおられたさくらが音とともに舞いあがる。
視界がさくらのベールに覆われる。
吹雪がやんだとき、ふぅっと息を吐く音が重なった。
息を忘れるほどに…美しかった
「さくらってかわいそうよね。こんなに綺麗なのに風が吹いただけで散っちゃうんだもの。もったいないと思わない?」
「でも散らなかったらこれほど愛されなかった気がするけど。」
「そうなんだけどね…なんか毎年、あぁ今年も散っちゃうんだなぁって寂しくなるじゃない。」
「はぁ…昔っからそうだよねぇ。いっつも自分が正しいと思ってたのにいつの間にか瞳ちゃんの方が正しく聞こえちゃうんだもん。確かに…ちょっと寂しいかな。」
「でしょ。世の中にたえて桜のなかりせば…
「…ゅ…未夢いくらあったかいからってこんなトコで寝てたら風邪ひくぞ…」
「…あれ…彷徨…?いま…ママ達…お花見…」
「おまえ寝ぼけてんの?」
あたりを見渡すと…やはり西遠寺の庭。
「…うん…夢みてた…」
「どんな?」
ゆっくり話を聞くらしい。
彷徨の手が肩に置かれる。縁側へと促され腰をおろす。
「…なんかね…小さい頃の…彷徨も出てきたの。」
「へぇ…オレ何してた?」
「わたしと一緒に遊んでた。それでね…うちのママと彷徨のお母さんが出てきたの。」
「…母さんが?」
少しだけ彷徨の目が大きくなった。
「うん。何だっけ……世の中に たえて桜の なかりせば……」
「春の心は のどけからまし、だろ」
「…なんで彷徨、知ってるの?」
「…母さんが好きだったんだよ。この句。もしもこの世にさくらが無かったらこんなにいつ散ってしまうかって心配することもなく、穏やかに暮らせるのに、って意味。」
「そうだね。今年も散っちゃうんだなぁって寂しくなるもんね…」
そして少し間を置いて未夢はまた口を開いた。
「でも…さくらがなかったら…それはそれで寂しいよね。春がきたのにも気付かなくなっちゃうかもしれないし。」
彷徨が右手で顔を覆った。
「どうしたの?」
「いや…昔母さんが言ってたのとおんなじこと言うから…」
「…そうなの?」
「…あぁ……びっくりした…」
「ねぇ、彷徨!あとでみんなも呼んでお花見しようよ。」
彷徨がため息と一緒に何かをつぶいた。
「…かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを…か…」
「何よ〜それ!!」
ほほを膨らませるとそれをたしなめるように彷徨はにこっと笑った。
「なんでもないって。ほら花見しようぜ。みんな呼ぶんだろ?」
歩き出した彷徨を追って立ち上がる。
ただのクラスメイトでも、親友でも、恋人でもない。
そんな微妙な家族のポジションがちょうどいい。
そんな暖かい風の吹く春のある日のできごと。
どうでしょう?こんな感じで。
栗田さんへのささげもの小説です。
リクエストは「春」「桜」「花吹雪」「うたたね」でしたはずですよね…。
クリアできてるんだか、いかないんだか…
はぁ自分の貧相な発想力が悲しいわ…。
さくらの句は中に意味のあるとおりです。多分。
こないだ古典の授業でやった気がするから…。
多分あってると思うけど…
…博識な方、まちがえがあれば教えてくださいな。
最後の彷徨君のは
「こんなにあなたを思っているのに…
…もぐさ(お灸)ではないけれどそれだけ深く、熱く、思っているのに…
…あなたは私の思いには気づいていないんでしょうね。」
ってカンジの百人一首の中のひとつです。
だからさり気に愛の告白なんですよ…すっごいわかりにくいけど。
テスト前日にこの句を探す為に百人一首辞典を全部読んだ大バカです。
だって勉強飽きたんだもん。
テストは…あはは〜って感じですが…。
(初出:2001.01)