作:ちーこ
行事というものはやりたいと言う人は多くとも、実際にその準備をするのは大概言い出した人ではない。すると当然、誰か被害を被る人はいるわけで、それは今回も例外ではなかった。
そして、そのいい例が彷徨だったりする。
有能なくせに、要領が悪いと言うか、人に頼まれたら断れないお人よしと言うか、とにかく損なのだ。無理して抱え込んでる気がしなくもない。その証拠に、彷徨は最近痩せた。元々細めだったのだが今は細いを通り越しておれそうな感じがする。無論本人はそんなことおくびにも出さずに暮らしているが、伊達に一緒に住んでるわけではないわけで、やっぱり些細な変化にも気付いてしまう。クラスメイトが知らない彷徨を知っているのはちょっとした優越感があったりする。なぜだかはよくわからないけど。
仕事を引き受けすぎるのだ。
今さっきも、いつのまにか代表者にされて、その会合に行ってしまった。今日は彷徨が夕飯の買い物の日だというのに。ちらっと壁時計を見上げる。この時間では会合が終わってから買い物に行ったのでは夕飯はだいぶ遅くなってしまう。かばんから手帳を取り出すと1枚ぴりっとミシン目で切り取る。
彷徨へ
忙しいみたいだから、買い物代わりに行くね。メモはかばんの中から勝手に抜かせてもらいました。ゴメン。晩ご飯までには帰ってきてよね。
未夢。
メモを書き終えるとほぅっと息を吐く。それを彷徨の机の上に置き、勝手に彷徨のかばんを開く。そしてわんにゃーのメモを取り出した。そして自分のかばんを手に取ると教室を出た。
てきぱきと食料をカートのかごに入れていく。この作業もこっちに来てからだいぶ速くなった。ふっとかぼちゃが目に入る。彷徨の好物だ。メモには書いていないのに、手が勝手にかごの中へかぼちゃを入れていた。煮ておけば、いつでも食べれるから、なんて言い訳しながら。
予定より重くなってしまった荷物を西園寺まで運び込みわんにゃーを呼んだ。
「ただいまぁ。ちょっと荷物運ぶの手伝って。」
ぺたぺたと足音が聞こえる。
「どーしたんですか?未夢さん。そんなに重いものは無かったと思うんですけど…。」
「…かぼちゃ買っちゃって…。その…おいしそうだったから…」
自分でもカッコ悪すぎて情けなくなるくらい動揺しているのがわかる。
「ほら、それに煮ておけばいつでも食べれるし…。」
最後のほうなんかは自分でもほとんど聞こえてなかった。
「なるほど。未夢さんは彷徨さんに食べて欲しくて買ってきたんですね?そーゆーことなら私が煮ておきますよ。」
「…私にやらせてくれない?かぼちゃ。やってみたいの。…作り方教えて。」
自分でも意外なぐらい素直に言葉が出てきた。
「わかりました。この優秀なシッターペットのわんにゃーがかぼちゃの煮方を教えてあげましょう。」
あまりにも偉そうなわんにゃーに思わず吹き出してしまう。スーパーの袋を持ち上げると、台所へ移動した。
かぼちゃを料理するのはこれで2回目だが、前回よりは美味く煮ることが出来た。
「ただいま。」
他のおかずも作り終えて食卓に運び終えると、ちょうど玄関から声がした。少しいつもよりも疲れた声。ルゥくんを抱きかかえると玄関に向かった。
「ほら、ルゥくん。帰ってきたよ。」
ルゥくんを彷徨の顔に近づける。
「あきゃ。ぱんぱ。」
満面の笑顔で迫られて、彷徨にも笑顔が浮かぶ。
「ルゥ。ただいま。ちゃんといい子にしてたか?」
「ご飯、出来てるよ。」
はしゃぐルゥくんをなでている彷徨に声をかける。
「あぁ。…今日買い物悪かったな。」
「気にしなくていいよ。だって彷徨忙しそうだし。そのうち、暇になったらなんかしてよ。ね?」
珍しく、本当にすまなそうに謝ってくる彷徨に笑いながら答えた。突然彷徨の顔に意地悪そうな笑みが浮かぶ。
「オレ、誰かみたいに暇じゃないからなぁ。後50年は待ってもらわないと。」
ちらりとこっちを見る目にからかいの色が明らかに見える。
「もう。50年だろーが、100年だろーが、彷徨が暇になるまでずーっと待ってるからいいもん。」
「暇人」
「何やってるんですか?未夢さん、彷徨さん。ご飯冷めちゃいますよ。」
わんにゃーの声に呼ばれて食卓へと動き出した。
「なぁ、未夢。」
かぼちゃを食べながら彷徨が 話しかけてきた。
「何?」
彷徨は少し言いにくそうにぽつっと言った。
「お前、もう化学のレポート終わった?」
「終わったよ。彷徨は?」
聞き返すと彷徨からは盛大なため息が返ってきた。
「何?」
「お前だけは終わってないと思ったんだけどなぁ。」
なかなかに聞き捨てならないことをさらりと言ってくれる。
「それどーゆーことよ。」
「未夢でさえ終わってんのか…。」
「もしかして、彷徨終わってないの?」
「あぁ…。」
科学のレポートは明日提出のはずだ。彷徨は、いつもはだいぶ余裕を持って終わらせているが、それだけ余裕が無かったのだろうか。
「ごちそうさま。じゃオレ、レポートやるから風呂先入れよ。」
かぼちゃを食べ終えると彷徨は立ち上がった。
「わかった。」
部屋に向かいかけて、彷徨はくるっと振り向いた。
「かぼちゃ、美味かったよ。サンキュ。」
どきんっ。心臓の音が聞こえたような気がした。
「わんにゃー片付け始めようよ。」
まだどきどきしている心臓を押さえつけるように食器を持って立ち上がる。
「そうですね。」
食器を片付け終えて部屋に戻っては見たもの、なぜか落ち着かない。お風呂に行こうと思い立って、廊下を歩いていくと、彷徨の部屋に明かりが付いている。当たり前のことだが、どこか不思議な感じがして、思わずふすまを開けた。中を覗くと、彷徨が机に向かって座っている。そこまでは問題ない。
「彷徨、彷徨ってば。」
部屋の中に入って彷徨に声をかける。反応が無い。ぽんぽんと肩を叩くとやっと顔を上げる。
「んぁ?」
とろんとした目が可愛くて思わず笑みがこぼれる。
「みゆ?」
まだ寝ぼけているのか、ろれつが回りきっていない。
「彷徨、大丈夫?」
じっと目を覗きこんでいると、だんだん彷徨の瞳に光が戻ってくる。
「…未夢。もしかしてオレ今寝てた?」
ハッキリしてきたのか、口調も普段に戻っている。
「ばっちり寝てました。」
彷徨は顔をしかめた。
「シャワー浴びてきたら?少しはスッキリするかもよ?」
「あぁ。」
彷徨は立ち上がると、のろのろと風呂場のほうへ向かっていった。それを見送ると、ふっと彷徨の机が目に入った。綺麗な文字がぎっしり詰まったレポート用紙が少し曲がって置いてある。眠った時にずれてしまったのかもしれない。そしてその脇には、おそらく部活のトレーニングのメニューの下書きなのだろうか。ひとつひとつが念入りに作られているのが、いくつもの付け足すように書き込まれているコメントから見て取れる。やっぱり働きすぎているのだ。ふっと思いついて、彷徨の部屋を出る。覗いてみると、台所には誰もいなかった。片付けも終わったのだから当然といえば当然なのだが。
あたりにいい香りが漂っている。ぺたぺたと足音がして彷徨が台所に入ってくる。
「コーヒー?お前、この前、夜飲んだ日眠れなくなったって言ってなかったっけ?」
頭をタオルでガシガシ拭きながら、ちらりとこちらを横目で見る。そんな些細な一言を覚えていてくれたことが、なんだかとても嬉しかったりする。
「私は飲まないよ。彷徨一晩中起きてるんでしょ?だから。」
彷徨の目がいつもより少し大きく開く。
「…オレのためにわざわざ?」
「わざわざって程のことじゃないよ。はい。まだ熱いから気をつけて。」
ソーサーにのせて、脇に砂糖をつける。ミルクはと問うと入らないと返事が返ってきた。
「じゃぁわたしお風呂入ってくるから。」
「あぁ。…ありがとな。」
「気にしなくっていいって。あんまり無理しないでね?」
「無理になったら、諦めるよ。」
コーヒーを持って出て行く彷徨に、どうしてもがんばってとは言えなかった。いつも人の何倍も仕事を抱え込んでる彷徨に、これ以上がんばってとは言えなかった。もうやめて欲しかった。無理なんかしないで欲しかった。がんばろうとしている彷徨にやめてとも言えずに私は後姿を見送った。
お風呂から上がっても彷徨の部屋の電気は消えなかった。でも、見にいこうという気にはなれなかった。彷徨は必死でがんばってるところをあまり人に見せない。だから、私も見ない。
部屋に戻って布団を敷く。横になると心地良い波に体を預ける。
ピピピという電子音で目が覚めた。制服に着替えると居間へ行く。彷徨はまだ来ていない。
「わんにゃー、おはよ。ルゥくんと彷徨は?」
わんにゃーが何かを刻みながら返事をする。
「あっ。未夢さんおはようございます。ルゥちゃまはまだ眠っていますよ。彷徨さんはまだお会いしてません。」
「ふぅーん。彷徨起こしてくるね。」
「お願いしますぅ。」
わんにゃーの返事の前に、すでに居間を後にしていた。彷徨の部屋のふすまを開く。彷徨は寝ていた。また、机に突っ伏して。そして、その机の上には完成したレポートと、きちんと清書されたトレーニングメニューが乗っている。全部終わらせたらしい。そっと彷徨を揺り起こす。
「彷徨…彷徨…朝だよ。」
ぴくっと、一瞬身体を強張らせると彷徨は目を開けた。
「…今何時?」
しばらくあたりをきょろきょろ見渡すと彷徨は言った。
「7時半だよ。どうするギリギリまで寝てる?」
「…もう起きる。二度寝したら絶対置きらんない。」
改めて見る彷徨の顔は、やっぱり疲れてて、目の下にはクマが出来ている。彷徨はぐぅっとのびをすると、居間に向かった。
わんにゃーの作ったご飯はおいしい。それは今日も同じことだが、彷徨の食はあまり進んでいない。
「わんにゃー…悪い。美味いんだけどさ…。」
結局、ご飯一膳も食べられなかった。さすがにわんにゃーも心配しているが彷徨は大丈夫だとしか言わない。
「じゃぁ。お弁当のほかにおにぎり作っておきますね。」
台所へわんにゃーが戻っていく。
「彷徨、大丈夫?具合悪いなら学校休んだら?」
「大丈夫だって。ちょっと寝不足なだけで。」
そう言うと彷徨は立ち上がった。
「そろそろ行くぞ。」
「…ちょっと待ってよ。」
わんにゃーからお弁当を受け取ると学校に向かって歩き出す。道々彷徨は何度か生あくびをしていた。横目で何度かちらちら見ていたら、気持ち悪いからやめろと言われてしまった。
学校に着いてからは、いつもどおりの彷徨で少し安心した。なんだか最近彷徨のことしか考えてないような気がする。自分でも不思議なくらい。いつも目が彷徨を追っていた。追いかけてた。彷徨のこと全部知りたかった。知っていたかった。幼い頃に自分のお気に入りのおもちゃを人に取られるのがいやだったように、自分の近くになければ泣いてしまいったように。独占欲なのかもしれない。一体何を独占したいのだろう。彷徨を?彷徨の何を?
彷徨がまたがんばっている。みんなの前に立って、一生懸命に説明している。なりたくてなったわけじゃない代表者。それなのにがんばっている。自分がなりたくないだけで、人に仕事を押し付けた人たちに向かって一生懸命に。そしてそれすら聞かない人たち。それはとても楽だろう。自分の好きなことを好きなだけやっているのだから。その分犠牲になった人がいることにも気付かずに。
「だから。」
彷徨が少し声を荒げた。
「もう少し、話し合いに参加して欲しい。」
教室に静寂が広がる。
「オレが一人で全部決めるのは簡単だけど、オレが一人でやるものじゃない。出来るものじゃない。だから…」
さっきまで騒がしかった教室が幻だったかのように。
「もういいよ、彷徨。無理しなくてもいいよ。」
いつのまにか、彷徨の目の前にいた。足が勝手に動いていた。「いいよ。ガマンしなくても。」
彷徨の目の中をジーッと見つめる。彷徨の瞳からすぅっと力が抜けた。「がんばらなくてもいいよ。」
うつろな瞳からひとしずく、たったひとしずくだけこぼれた。無言で彷徨を教室の外へ促す。何の抵抗もなくそれについてくる。教室の扉を閉めると、ゆっくりと彷徨の手を握って歩き出す。
「ゆっくり休んで。もう無理することなんて何にもないんだから。」
彷徨を保健室のベッドに寝かせた。昔ママがよくやってくれたように、ゆっくり彷徨の上でリズムを刻む。強張っていた体から徐々に力がなくなっていき、やわらかい寝息が聞こえてきた。安心しきった顔。音を立てないようにベッドから離れる。
保健の先生に彷徨を頼むと教室に戻る。教室は大騒ぎになっているようだ。それはそうかもしれない。あんなことをしてしまったのだから。わざわざ教室の前のドアを開ける。またさっきのような静寂。
「最低。」
気まずそうな視線がクラス中を行き交っている。
「自分がやりたくないだけで、人に押し付けて。自分じゃなければ誰でもいいんでしょ。そのせいで彷徨めちゃくちゃ大変だったんだからね。」
誰も何も言わない。今まで思っていたことが、どんどんあふれてくる。抑えがきかなくなっている。
「彷徨、最近ほとんど寝てないの。いろんな仕事引き受けちゃって。自分がよければそれでいい人たちのせいで。」
視界がにじんできた。もう、何を言っているのかさえよくわからない。
「…確かに彷徨は…頭もいいし、運動神経もいいし、かっこいいし…出来ないことなんかなさそうに見えるけど…。」
しゃくりあげながら、話す。
「がんばってるんだから。めちゃくちゃがんばってるんだから。人に見せないけどがんばってるんだから。無理させないでよ。仕事頼まれたら断れないんだから。もう頼まないでよ。」
そのまま教室にはいられなくて、大きな音をたててドアを閉じ、外に出る。目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。屋上に出て、たくさん泣いた。自分で何で泣いてるのかわからない。
もう、しばらくは涙が出ないぐらい泣き尽くすと、保健室に行った。先生はいなかった。教室とは違った心地良い静寂。ベッドを包んでいるカーテンを開けて見る。穏やかな寝顔。静かに椅子を運んできて、その寝顔が見える位置に腰掛けた。
そっと、頬に掠めるだけの。今はまだ言えない私の気持ち。
これはチャットでとある方とお話している時に思いつきました。
私は…生活習慣正さねば…。自分の教訓です。
もちろんここまでは働いてないけどね
こっちも1人称表現の「私」をできるだけ控えています。これだけは頑張った!!
(これだけなの?)
(発出:2001年)