ちいさな診療所。より

がんばるために

作:ちーこ

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 行事というものはやりたいと言う人は多くとも、実際にその準備をするのは大概言い出したヤツではない。すると当然、誰か被害を被る人はいるわけで、それは今回も例外ではなかった。
 彷徨の整った唇からため息が漏れた。数分前の教室での会話を思い出した。はっきり言って実行委員なんて面倒だと思う。もちろんなるつもりなどさらさら無かったのだ。
「西遠寺くん。ココわかんないんだけどvv」
「なぁ。彷徨。これどーするわけ?」
「西遠寺くん、代表者は会議室に集合だって。代表者って西遠寺くんでしょ?」
 自分に向けられる問いにきちんと答えてしまうのは、面倒見のいいと言えば聞こえが言いが、結局八方美人なだけで損な性分だと思う。そしていつも、いつの間にかリーダーというの束縛の網に絡まってしまって必死にあがいている。そんなになんでも出来るわけじゃない。
 ふと目を上げると「会議室」の札が目に入った。ノックして中に入る。中の視線がいっせいにこっちに向く。居心地が悪い。空いた席を見つけ静かに腰を下ろした。どうやら予算の説明らしい。クラスで予算を立てた覚えはない。ルーズリーフに必要なものを書き出し、隣に金額をつけてみる。それに雑費を少し多めに加える。悪くない。また思わず口からため息が漏れた。役員の話を軽く聞き流しながらぼーっと宙を見つめる。今日は火曜日。買い物をして帰らなくてはならない。今日の夕食はなんだろう。今朝わんにゃーからメモを貰った気がする。どこに閉まったのか、思い出せない。
「…くん、西遠寺くん。西遠寺くん。」
 呼ばれていることに気付き、ふっと我に返った。
「西遠寺くん、大丈夫?もう説明会終わったよ。」
 聞き流してはいたものの、それなりには聞いていたはずの話し声が途絶えたことに今初めて気がつく。
「あぁ。すいません。ちょっとぼーっとしてたもので。」
 席から立ち上がる。少し疲れてるのかもしれない。教室ヘ歩き出す。そういえば明日は化学のレポートの提出日だ。8割方は終わっているが、今晩仕上げをやらなければならない。
「あっ。西遠寺くん。」
「なんですか。」
 部活のマネージャーだ。そういえば最近部活に出る回数が減っている。学級委員の仕事やらなんやらで、先週は結局1度しか出れなかった。
「明日、ミーティングやるから。…そのもしよければなんだけど…練習プランの草案考えてきてくれないかなぁ。」
「いいですよ。前から言ってた基礎トレーニングと実践合わせたやつですよね。」
「そう。よかったぁ。西遠寺くんなら安心だもんね。キャプテンも西遠寺くんに後引き継がせたいって言ってたし。みんな期待してるんだよ。」
 思わず、反射的に答えてしまった。こんな仕事やるつもりはなかったはずなのに。「安心」「期待」そんな他愛もない言葉が重くのしかかる。
「じゃぁ。よろしくね。」
 パタパタと走っていくマネージャーの後姿を見送ると、また教室へ歩き出す。また、ため息が漏れる。くせになってるのかもしれない。
 教室に入ると、自分の机の上にメモがあるのが目に付いた。

 彷徨へ
 忙しいみたいだから、買い物代わりに行くね。メモはかばんの中から勝手に抜かせてもらいました。ゴメン。晩ご飯までには帰ってきてよね。
 未夢。

 少し丸いくせのある字に、これを書いている未夢の様子がありありと浮かんでくる。気が付くと、疲れていたはずなのに笑顔が浮かんでいる。かばんを肩にかけると、教室を出た。なんだかさっきより心なしか歩調が軽く気がする。

「ただいま。」
 玄関を開けると未夢がルゥを抱えて出てきた。
「ほら、ルゥくん。帰ってきたよ。」
 未夢がルゥをちょうど目の高さまで持ち上げた。
「あきゃ。ぱんぱ」
 満面の笑顔、こういうのを天使の笑顔というのだろうか。なんて考えていたら、また笑っていた。
「ルゥ。ただいま。ちゃんといい子にしてたか?」
「ご飯、出来てるよ。」
 ルゥの頭をなでていると未夢が言った。今日は未夢に買い物を任せてしまった。普段なら、買い物に行けないときは朝のうちに断っておくことがルールになっていたのに。
「あぁ。…今日買い物悪かったな。」
「気にしなくていいよ。だって彷徨忙しそうだし。そのうち、暇になったらなんかしてよ。ね?」
 特に怒った様子もなく、かえって笑われてしまう。悔しくて少しからかってみた。
「オレ、誰かみたいに暇じゃないからなぁ。後50年は待ってもらわないと。」
 最後にチラッと未夢のほうを見る。これでむきになってになってつっかかってくるはずだ。
「もう。50年だろーが、100年だろーが、彷徨が暇になるまでずーっと待ってるからいいもん。」
 素直に返されて余計に悔しくなる。悪あがきは思ったが一言加える。
「暇人」
 これで何か言い返してくるかと思ったらわんにゃーの声がした。
「何やってるんですか?未夢さん、彷徨さん。ご飯冷めちゃいますよ。」
 未夢が歩き出したので、それについて食卓へと移った。

「なぁ、未夢。」
 かぼちゃを頬張りながら尋ねる。なかなか美味い。
「何?」
 未夢にあせってる様子がないのだからもうすでに終わっているのかもしれない。
「お前、化学のレポート終わった?」
「終わったよ。彷徨は?」
 思わずため息が出る。やはりくせになってしまったのだろうか。
「何?」
「お前だけは終わってないと思ったんだけどなぁ。」
 さすがに今のは気に障ったらしい。ぴくっと眉毛が動く。
「それどーゆーことよ。」
「未夢でさえ終わってんのか…。」
「もしかして、彷徨終わってないの?」
「あぁ…。」
 未夢が驚いた顔をしているのもうなずける。明日提出のレポートが終わっていないのだから。
「ごちそうさま。じゃオレ、レポートやるから風呂先入れよ。」
 最後のかぼちゃを飲み込むと、立ち上がった。
「わかった。」
 そのまま部屋に戻ろうと足を進める。ふっと今日の買い物のメモの中にはかぼちゃが入っていなかったことを思い出した。未夢か。
「かぼちゃ、美味かったよ。サンキュ。」
 振り返って言うと、未夢がまた驚いたような顔をした。

 部屋に戻るとレポート用紙を広げる。なんだかやる気が起きない。その辺にあった適当な紙に頼まれたトレーニングメニューによさそうなものを書き出していく。満腹のせいだろうか。頭に血がまわらない。なんとなくぼーっとしている。ブンブンと頭を振って奮い立たせる。思いついたことを脇に付け足していく。ちょっと気を抜くとすぐにぼーっとしてしまって集中できない。

「…なた、彷徨ってば。」
 だれかのこえがする。
 肩をぽんぽんとたたかれた。
「んぁ?」
 顔を上げてこえのでどころをさがす。
「みゆ?」
 みゆのかおがみえた。わらってる。
「彷徨、大丈夫?」
 みゆがじーっとこっちをみている。
「…未夢。もしかしてオレ今寝てた?」
 だんだん頭がはっきりしてくる。
「ばっちり寝てました。」
 弱い自分の精神力が情けない。
「シャワー浴びてきたら?少しはスッキリするかもよ?」
「あぁ。」
 立ち上がるとそのまま風呂場のほうへ歩き出す。

 いつもより少し熱めのシャワーを浴びる。結局今日は1日、未夢に迷惑をかけてしまった。なんだか最近未夢に頼りすぎているような気がする。確かに未夢は強い。力とかそういうものじゃない。なんといえばいいのだろう。心がだろうか。何があっても引きずらない。まわりまで巻き込んで明るくしてしまう。
 家に来たのが未夢で良かった。最近ことさらにそう思える。未夢でなかったらあんなふうにルゥを受け入れられなかったかもしれない。未夢が来なかったらこんなに人と関われなかったかもしれない。今までどれだけ未夢に救われてきたかわからない。
 シャワーを止めると風呂場から出た。

 頭を拭きながら台所の前を通ると、いい香りがした。明かりのついている台所へと入る。
コーヒーの香りなのだが、確か未夢は夜にコーヒーは飲めないはずだ。
「コーヒー?お前、この前、夜飲んだ日眠れなくなったって言ってなかったっけ?」
 思ったまま素直に聞いてみる。
「私は飲まないよ。彷徨一晩中起きてるんでしょ?だから。」
 意外な返事が返ってきて驚いた。自分のためにコーヒーを入れてくれるなんて思いもしなかったから。
「…オレのためにわざわざ?」
 言葉が上手くでてこない。
「わざわざって程のことじゃないよ。はい。まだ熱いから気をつけて。」
 カップの脇に砂糖が載せてあるコーヒーを受け取る。ミルクはと問われ、いらないと答える。
「じゃぁわたしお風呂入ってくるから。」
「あぁ。…ありがとな。」
「気にしなくっていいって。あんまり無理しないでね?」
「無理になったら、諦めるよ。」
そう言うと台所から出る。やはり未夢に甘えすぎている。

 部屋につくと、改めてレポートに取り掛かる。シャワー浴びたこともコーヒーを飲んだことも効果があったらしい。レポートは思った以上に順調に進んだ。ふと時計を見ると、あっという間に3時が過ぎている。その間1度も集中力が途切れたことはない。ようやく終わったレポートを脇によけると、トレーニングメニューの清書を始めた。

「彷徨…彷徨…朝だよ。」
 身体を揺さぶられて、目が覚めた。寝坊してしまったのではないかとあたりをきょろきょろと見る。
「今何時?」
「7時半だよ。どうするギリギリまで寝てる?」
 どうやら寝坊はしなかったらしい。
「…もう起きる。二度寝したら絶対置きらんない。」
 机に突っ伏して寝てしまったのだから、しょうがないとは思うが節々が痛い。ぐうっとのびをすると、未夢を促して居間に向かった。

 飯は美味いと思う。しかし、だからといって食が進むものでもないらしい。寝不足の胃袋は食べ物を受け付けようとしない。一口食べるだびに重い感じがする。
「わんにゃー…悪い。美味いんだけどさ…。」
 わんにゃーが心配そうに顔色をうかがってくるが、大丈夫だと答える。
「じゃぁ。お弁当のほかにおにぎり作っておきますね。」
 とうとう折れたのか、わんにゃーは台所へ行ってしまった。
「彷徨、大丈夫?具合悪いなら学校休んだら?」
「大丈夫だって。ちょっと寝不足なだけで。」
 立ち上がると未夢が心配そうに見上げている。
「そろそろ行くぞ。」
「…ちょっと待ってよ。」
 わんにゃーから弁当とおにぎりを受け取ると学校に向かって歩き出す。生あくびをかみ殺しながら歩いていると、時々未夢がちらちらとこっちを見ていることに気が付いた。目が合った瞬間に気持ちが悪いからやめろといったらもうそれ以上はしなくなった。

 話し合いをしているというのに、誰も聞いていない。やりたいと言ったから始めた行事なのにやる気がない。代表者なんてなるものじゃないと思う。結局一番損をみるのだ。
「だから。」
 少し腹が立って声を大きくした。
「もう少し、話し合いに参加して欲しい。」
 騒がしかった教室が急に静かになる。
「オレが一人で全部決めるのは簡単だけど、オレが一人でやるものじゃない。出来るものじゃない。だから…」
 初めて出した本音。今まで言えなかった本音。自分の気持ちが抑えきれない。
「もういいよ、彷徨。無理しなくてもいいよ。」
 うつむいていた視線を上げると目の前に未夢がいた。
「いいよ。ガマンしなくても。」
 未夢の暖かい視線でじーっと見つめられて気が緩む。
「がんばらなくてもいいよ。」
 何かがはじけたようなそんな感じがした。今までピンと張っていた糸が切れてしまったような感じ。頬を暖かいものがつぅっと流れていった。未夢が呼んでいる。それについて歩き出す。未夢の手は暖かかった。つないでいる手だけではなく、今まで溜め込んできたもやもやした気持ちが全部とけけてしまうぐらいに。
「ゆっくり休んで。もう無理することなんて何にもないんだから。」
 保健室のベットに寝かされた。昔、母さんがよくやってくれたようにゆっくりとしたリズムがうたれるのを感じながら、ゆっくりゆっくり意識が遠のいていった。

 自分でも夢とわかるような夢。母さんがいて、父さんがいて、未夢がいて、るぅがいて。信じられないぐらい幸せで。暖かくて。
 目が覚めた瞬間、目の前で未夢が眠っていた。目のあたりが真っ赤になっている。泣いたのだろう。
 その瞼にそっと触れるだけの。いつも素直になれないオレの気持ち。




どうなんでしょう。
疲れてくると人間イライラしますよね。
私の中で彷徨はそれを極力出さないようにしている人間だと思うんですよ。
だからこんなふうに溜まりすぎると壊れちゃうんじゃないかなぁと。
あぁヘタレだ…。私が書く彷徨は何でこんなにヘタレなんだ…。
実はこれを書くにあたって1人称の「オレ」を使わないようにして書いたんです。
最後に1箇所だけ。それが今回のポイント!!

(発出:2001年)

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