My will 〜雪が降ってきた〜

3

作:友坂りさ

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◇◆◇



夜。
広い西遠寺に大きな電話の音が鳴り響いた。



誰もとるものもなく、しばらく鳴り響いて。
ワンニャーもルゥも寝ているのだろうか。



あれから、ワンニャーもすっかり元気をなくして。
ツリーもどこにも見当たらなかったから。
きっとワンニャーが押入れにでもしまいこんだのだろう。



未夢は、部屋に閉じこもって、どうしたらいいか、ずっと考えをめぐらせていた。
何だか夕飯をとる気もなくて。



ぷるるっと、鳴り響いた突然鳴り響いた電話に、ふっ、とわれに帰って、寝転んでいた体をゆっくりと起こした。


『もしもし 。西遠寺です。』



最近では、この名前をいうのも慣れたな・・・となどとぼんやり思いながら、ゆっくりと受話器をとって電話に出る。

電話の相手は、未夢の母・未来からだった。


『はぁ〜い!!!みゆぅ〜♪元気にしてるぅ〜!!?・・・って何だか元気ないわね〜!!どうしたのっ?』

未来は相変わらずいつものハイテンションで、受話器から離れていても十分聞こえるような声の大きさだ。

『あ。ママ・・・え、そんなことないよ。元気だよ〜!!』


知らず知らずに声のトーンが落ちていたのだろうか、未夢は逆に、心配させないよう声を明るくして、返事を返した。



『そぉ?ならいいけど。・・・そ・れ・よ・りそうそうっ!!!ビックニュースよ〜!!!今度のクリスマスはパパとママそっちに帰れそうなのよ〜!!!』

『え?』


予想もしない未来の話に、未夢は心底驚いた。
今まで、そう・・・クリスマスも他の行事もいつもひとりだったから。


『ほらっ。アメリカって言ったら、キリスト教が主流でしょ〜?日本と違って、何よりもクリスマスを大事にするのよね。イエス・キリストのお誕生日だからね。
それも、休みをとって家族で過ごすのがもう当たり前何ですって。・・・考えたら、そうよねぇ。  おかげで、パパとママも休暇をとれることになったの〜♪・・・ってわけで、24日にはそっちに帰るから!!!もう飛行機のチケはとってあるの〜!!ふふふvv』

『・・・本当なの?ママ?』

『もちろん!!!嘘言っても仕方ないでしょ〜?・・・ってわけで、未夢。終業式終わったら、実家に先に帰っててちょうだいねvカギは明日宅急便で届くわvv
・・・何年ぶりかしらね、家族でクリスマス。うふふvvとっても楽しみだわ〜っ☆☆☆
・・・あ、携帯に電話入っちゃった!!ごめんっ、じゃーね、未夢。パパに話したら、もうそれは大喜びだったわvvクリスマスは思う十分、ゆっくりしましょ〜!!』

『・・あっ、ちょっ、ママ??』




いつもながら、嵐のような速さで未来は一方的に話すと、電話は切れてしまった。

未夢はぺたり、とその場に座り込む。

相変わらず、行き当たりばったりなところもある、未夢の両親。




・・・・だが、思いもよらなかった。
夢にまで見た、家族で暮らす、クリスマス。




あんなに願っていたのに。
「嬉しい」なんて、ちっとも思えなかった。


大きなチキンを家族の前で囲むことも。
サンタののったケーキを、食べることも。
流行(はやり)の白いツリーをかざることも。


今年はどれも、叶いそうなのに。








◇◆◇


12月24日。

クリスマスイヴ。



『本日はいよいよクリスマスイヴ。今のところ残念ながら雨ですが、大きな寒波が押し寄せてきていますから、もしかしたら夜には雪になるかもしれないですね・・・そうなれば、ホワイトクリスマス。カップルのあなたも、フリーのあなたも、素敵な奇跡が起こるといいですね・・・』




終業式の朝。
テレビのニュースの天気予報でさえも、クリスマスを意識しているコメントが繰り広げられている。

だが、西遠寺では誰も気に留める様子もなかった。
いつもと変わらず、四人で食卓を囲んで、朝食をとっている。




「未夢さん。そういえば、未夢さんは、今日はご実家に帰られるのでしたよね?・・・思う存分、ゆっくりされてくださいね」


ルゥにミルクを飲ませながら、ワンニャーは自分も片手間にご飯をほおばりながら口を開いた。


「え?うん、そうだよ。でも、明日には帰ってくるから。・・・ルゥくん、いい子にしててね」

大好きな“マンマ”が2日ほど留守にすることに、ルゥも何かを感じているのか、不安げに未夢を見上げていた。
思えば、ルゥと離れて家を空けるのは、一度ななみのところに泊まったときくらいだ。
結局あのときは、彷徨がルゥを連れてワンニャーとやってきたのだが。



「・・・ごちそうさま」

一足早く朝食を終え、彷徨が、がたん、と席を立つ。

「あれ、彷徨さん、もういいんですか?」



未夢はルゥを気づかいながら、彷徨の様子もちらり、ちらりとうかがっていた。
あれから2日たった今日、西遠寺では誰もクリスマスの話題をしなかった。
彷徨は未夢たちだけでも、と言っていたものの、未夢もまた急に実家に帰ることになり、ワンニャーも、自分とルゥだけではしゃぐわけには、とすっかり何も言わなくなっていた。



「今日、委員会があるんだ。・・・未夢、悪い、先行ってるぞ」

「あ・・・うん」

ぎこちなく一言二言交わされて、彷徨は足早に出て行ってしまった。



 
(彷徨のバカ・・・)


何だか胸がぎゅうっと、なって。
未夢もまた、バターとジャムのついたいつもなら大好きな、半分かじりかけのトーストを、そのまま残して、席をたった。









「おはようございます・・・彷徨くん、今日はクリスマスですわね。・・・ちょっと裏庭に来ていただけます?」



未夢が教室についてすぐのことだった。
未夢より早く出た彷徨は、すでに机に座っていた。
HRまでいくぶん時間があるので、読みかけの本を片手に頬付けをついて。



ちょうど一人でいる彷徨に、クリスが近づいて話しかけたのだった。

入り口に立ち尽くしている未夢を横目に、彷徨はクリスと黙って教室を出て行く。





――クリスちゃん、今年のクリスマスは西遠寺くんをパーティーに誘うんじゃないかな。




未夢の心に、ななみの言葉が思い出される。

クリスマスパーティーは行かないだろうけど。
もしかしたら、クリスは彷徨に気持ちを伝えるかもしれない。






ずきん。




(あれ、まただ・・・)




とくん、となる心臓。
何でこんな、締め付けられるような気持ちになるんだろう。

わからない。

このまえ、彷徨の幼馴染、アキラが来たときも、こんな気持ちを感じたような気がする。


何だか、胸が詰まるような・・・きゅんとなるような気持ち。
昨日、彷徨の寂しそうな切なそうな顔を見たときも、そうだった。



(関係ない、関係ない・・・よ)





だけど。
もし。彷徨がクリスの気持ちに応えたのなら。


そう考えると。
――未夢の心のもやもやは、やまなかった。




朝から振り出した雨が、さらにひどくなって。
廊下の窓から覗く木々から、耐えることなく雫が滴り落ちていた。










◇◇◇

「じゃーね、ばいばーい!」

「また新学期にね〜」

終業式もあっという間に終わり。
みんなそれぞれ教室を出て行く。
クリスマスプレゼントを好きな人に渡す女の子や。

友達同士大勢で帰っていく生徒。
初々しいカップル同士で、まだ帰らずに教室に残っている生徒。


未夢もまた、ななみたちと別れを告げて、帰るところだった。



「じゃーね、未夢。新学期またね〜。来年もよろしくぅ♪それから、メリークリスマス!!」
「バイバイ、未夢ちゃん♪もし演劇コンクール来れたら来てね〜vv平尾町ハーモニーホールであるからvv」

ななみは家族で、クリスマスディナーを食べるのだと、朝から張り切っていた。
綾は、ここ数日から騒いでいた、演劇コンクールが今日が本番だった。
そのため、一緒に帰る友人二人も、今日だけは学校の門で別れた。


あれから。
クリスと、彷徨はすぐに帰ってきたようだった。

だが、まもなく終業式が始まるというところだったので、すぐに体育館に集合となって。
二人の様子がわからなかった。



(私って嫌な子だよね・・・)



クリスがずっと彷徨のこと好きだってことがわかっているのに。
二人が一緒に笑っていることを想像すると・・・。
ざわめく、心。

どこかで、何もなかったことを、・・・期待してしまっている。









西遠寺について。
未夢はそのまままとめてあった荷物を持って、すぐに家を出る準備をした。

彷徨はまだ、帰っていなかった。
ワンニャーもルゥも外出していたのか、
家の中はすっかりがらんとして、静かだった。

ここまで帰ってくる街並みはすっかりクリスマスムードだというのに、ここだけは、季節外れの
取り残されたような場所みたいだった。



だけど、未夢は。



彷徨に、どうしても、また家族としての温かさを取り戻して欲しかったから。
せめて・・・と思って、小さなプレゼントを。
ルゥとワンニャーにも。
目立つようにと、キッチンのテーブルに置いて・・・。


未夢は、さっと身を翻すと、まだ誰も戻らない西遠寺から飛び出した。











◇◇


「ただいま・・・」


久しぶりの我が家だった。
お掃除星人でもまた来ているのだろうか、というほどに。
しばらく帰っていないというのに、家の中は想像以上にずっと綺麗だった。



もちろん、優と未来はまだ帰っていない。
予定では、遅くても夕方6時くらいには帰るとのことだった。


今は、時刻16時を少し過ぎたところ。


(彷徨ももう家に帰ってるかな・・・)


きっと彷徨は一人ぼっちで、今年もまたクリスマスを過ごすはずなんだろう。
それも、イヴの次の本当のクリスマスは、彷徨の誕生日であるのに。


家に帰っても、気になるのはこの前見せた彷徨の寂しげな瞳ばかり。


せっかくの家族のクリスマスなのに、・・・きっと物心ついてから、初めてなのに。


自分が思っている以上に、今の「寄せ集め」の家族は、もう「ホンモノ」の家族になっているらしい。



窓からは、未夢が引っ越す前よりも、家々のイルミネーションの飾りが、よりいっそう、輝きを増しているように見えた。
シンデレラのかぼちゃの馬車のような、凝っているものもあって。



――― シンデレラ。



思えば、あのときは自分でも夢の中だと思ったとはいえ、いつもよりずっと素直だったような気がする。

とまどいながらも、心地よいダンス。




・・・彷徨があんなに優しい顔をするなんて思わなかった。

未夢は、瞳を閉じて、あのときの絵本でのできごとを思い出していた。


(だけど、手の甲にキスされたときは驚いたなぁ・・・)

ちゅっと。

ひざまずいたかと思うと、手をとられて・・・




夢だから彷徨もあんなことしたのだろうか。

最後の、キスも・・・

恥ずかしかったけど、いやだなんて、ちっとも思わなかった・・・

本当はすごく嬉しかったのかもしれない・・・






「わたし・・・」



そこまで考えて。
自分の気持ちなのに、何で「見えないのだろう?」
と。
未夢はリビングのソファに座って思いを馳せる。



ただ、一ついえるのは。
気がつけば、もうずっと頭の中は、心は、・・・彷徨のことだけだった。


ぎゅっと、心がバタバタするような、気持ち。



(せつな・・・い?)




赤い実がぱぁ〜んと、はじけるような気分になるときもあれば。

ときに。そして、今は・・・こんなにも・・・。








◇◇

ぷるるっ、と西遠寺のそれよりも低い音を鳴らして。
未夢だけのいる広い家に、電話がなった。

パパかな?ママかな?、とどきどきしながら、電話を取る。




・・・え?





「わかった。うん、気にしないで。・・・私は大丈夫、こっちの友達にも誘われてるから。
うん、うん、・・・お仕事だからしょうがないもの。本当、大丈夫よ。
だからっ、私にかまわずに、ママもパパも無理しないで、頑張ってね・・・っ」


『――ごめんね・・・っ、未夢。実は昨日の夜、急にお仕事入っちゃったの。もっと早めに連絡しておけばよかったんだけど・・・』


 電話は未来からだった。




心のどこかで、こうなるかもしれない、とわかっていたことだった。
電話越しに、ごめんね、ごめんね、と何度も謝る未来。
そんなに、謝らないで、と逆に未夢がなだめるほどに、未来は気になっていたのか、
ごめん、を何度も繰り返していた。

本当は、友人達に誘われてなんかいない。
ついさっきまで、「家族」で過ごすことになっていたのだから。
だけど、未来たちには、自分のことなど気にかけずに仕事に専念してほしかったから、とっさにそんなふうにウソをついた。



・・・・がっかりしていないといえば、嘘になるのだけれど。



だけど。
一瞬でも楽しい「夢」を描いたことは事実だから。



未夢は、そう自分に言い聞かせて、未来と優を驚かそうと思って準備していた飾りかけだった小さなツリーにまた、飾りをつけ始める。





 “―飾りもプレゼントも何もいらないから。願いを叶えてくださいって・・・”







「そんなの・・・うそだよ」




彷徨の言っていたことを思い出して。

ぽつり、と未夢はいくあてのない言葉を宙にさまよわせる。



最後に装飾した電球が、明かりをつけなくても、部屋の明かりの反射で色とりどりに輝いてはいたけど。
未夢は“それ”をさらにきらきら輝かせたくて。
ぱちり、と部屋の明かりを消す。
ツリーの電球のスイッチだけを入れて。




――ひとりぼっちの、“メリークリスマス”

だけど、この灯りさえも消えてしまったら、きっとこのまま

  「自分」という存在さえも、消えてしまいそうで―――・・・。








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