My will 〜雪が降ってきた〜

2

作:友坂りさ

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◇◇◇


「あ、彷徨さん、未夢さん、お帰りなさいです〜」




二人、玄関を開けるとワンニャーが待ち構えたように、立っていた。
いつもよりも遅い帰りに、心配していたようである。
そのワンニャーはといえば、どこで買ってきたのか、真っ赤で縁取りが白い、ネコ耳の帽子みたいなのをかぶっていた。
未夢はその姿が何だかとてもおかしくて、だけど愛らしくて、ふっ、と思わずふきだしてしまった。



「ただいま、ワンニャー。どうしたの、それ」



買い物の袋は彷徨が持っていてくれたので、未夢は赤い鞄だけを玄関に置く。
大好きなぱんぱ、まんまである未夢たちの声がしたのに気づいたのか、ルゥも嬉しそうにふわふわと出迎えるように飛んでやってきた。



「あ、これですか〜!いやー未夢さん、お目が高いです〜。ぐふふ〜。この帽子はですね〜。商店街のクリスマスの福引で当たったんです〜。ワタクシといったら、オット星にいたときから、クジ運だけはいいんですよ〜。クリスマスにちなんで、赤い帽子なんですよ〜。
ワンニャーサンタって呼んでくださいねぇ〜。おほほほほ」



「クリスマスって・・・ワンニャー知ってるの?」



ネコ耳の帽子ではなく、そういえば、ワンニャーはネコの耳をしていたよね、と思いながら、
しかし、宇宙人(?)であるワンニャーが、地球上のしかも、一部の地域で行われるお祝いの「クリスマス」を知っていることが、未夢は不思議だった。

ふと気づけば、ルゥもクリスマスにちなんでか、誕生パーティーのようなきらきらとした、三角の帽子をかぶって、「きゃ〜い☆」と嬉しそうにはしゃいでいる。



「テレビで初めて知ったのですよ〜。だって、先月からずっとクリスマス〜、クリスマス〜、とその話題で持ちきりでしたから。くりすます?って何でしょう?って気になって、いろいろ調べてみたんです〜。そしたら、なんでも、とっても凄い方のお誕生日だそうで。地球でもたくさん、お祝いをするそうですよね〜。商店街に行っても、くりすます、でいっぱいでしたから。ついついつられて、ツリーとやらも買ってしまいました〜!!えっへん!」



ワンニャーは凄いでしょ〜、といわんばかりに得意げに未夢、彷徨のほうを見た。
確かに未夢は、ワンニャーすごいね〜、と感心した様子だったのだが・・・



「・・・ワンニャー。悪いけど、家は寺なんだ。クリスマスなんて関係のないことだ。
・・・せっかくだけど、片付けてくれないか?」

「「え・・・?」」



どこか不機嫌そうな彷徨に、未夢もワンニャーも、一瞬、なにが何だかわけがわからなかった。
ルゥも、「だぁ?」と様子のおかしい彷徨を不思議そうに見ている。




「・・・着替えてくる」



すたすたと玄関をあとにする彷徨に、未夢は急いで彷徨のあとを追う。
未夢にはなぜ、彷徨の様子がおかしいのかどうしても気になっていた。
お寺だから・・・と彷徨が言うのはやはり、と何となく想像はついていたが、
あの拒絶するような、目。

何かが、ちがう、と。
なぜ、「クリスマス」ということに、あんな反応を示すのか。





「ねぇ。彷徨、どうしたの?ねぇってば!」



彷徨が自室に入るほんの直前で、未夢は彷徨の腕を掴んだ。
いきなり未夢に腕を掴まれて、彷徨は一瞬どきりとして、仕方なく足を止めた。
未夢はキッと少し問い詰めるような目で、振り返りもしない彷徨の前に回りこんで、彼を見上げた。


「なんであんなひどいこと言うの?ワンニャーがかわいそうだよっ」



イベントモノ、が大好きなワンニャーのことだ。
きっと、いそいそと商店街で自らが思うところの「くりすます」グッズを買って、未夢たちと楽しくパーティーでもしようと準備していたのだろう。
さっきの、ワンニャーの曇った顔をみていると、未夢はワンニャーが気の毒に思えた。
ルゥも、あんなにはしゃいでいたのだし。


「・・・だから、言ったろ?うちは寺だって。サンタクロースも、プレゼントも、必要ない。・・・どうしても、っていうなら、未夢たちだけでやればいい。」



「なっ、何よっ?その態度。そ、それは確かにここはお寺だからそうかもしれないけど・・・今年はルゥくんも、ワンニャーもいるんだし、そんなこと言わないで、みんなでクリスマスしようよっ。せっかくワンニャーが・・・」



だが、依然として感情のこもっていないような彷徨の言葉に、未夢は何とか彷徨の気持ちを此方に向かせたくて、懸命だった。
こんな。
こんな中途半端な理由で、未夢にとっては今年はいつもよりももしかしたら、「特別」なクリスマスになるかもしれなかったことが、なくなってしまうなんて。

・・・そんなの、どうしても納得いかなかった。
知らずに、目じりが赤くなっていたのかもしれない。


すがるように、彷徨の腕をしっかりと握って、離さない未夢。
彷徨の気持ちを聞くまでは、離れないんだから、というように。






「・・・未夢。ちょっとこっち来て」


そんな未夢をみて。

彷徨も、まいったな・・・と、無表情だった顔を少しゆがめる。
彷徨は何か言いたげにいったん、目を伏せると、静かに未夢を部屋に招きいれた。





部屋の入り口で、ぼんやりと突っ立っている未夢。
しばらくして、彷徨はごそごそと押入れから何やら取り出してきた。


「・・・・なあに?それ」



怒っているように見えた彷徨も、少し落ち着いたのか、今はちゃんと未夢の目を見ながら、二人向き合っていた。
未夢はほんの少しだけほっとしながら、彷徨の持ってきた「何か」を受け取った。



「絵・・・?」

「そう。これは俺が幼稚園に入ったばかりの頃に書いた絵なんだ・・・変だろ、それ」

「う・・・ん」





未夢が目にしたのは、一枚の画用紙に描かれた絵。

ツリーのようなもみの木らしきものが大きく描かれている。

しかし、その絵には・・・




「・・・どうして、てっぺんの星しかないの・・・?」



おそらく、幼稚園で「クリスマスツリーを描きましょう」などというお題を出されて、それぞれ思い思いに描いた絵なのだろう。
ところが、彷徨の描いたそのツリーらしき絵には、“飾り”が何もなかった。



ふつう、子供の描くツリーといえば、靴下や、プレゼントなど飾りのいっぱいついた鮮やかな色とりどりのものだ。
だが、未夢の手にしている絵は。




もみの木と、てっぺんに星がひとつ輝いているだけの、緑と黄色の極めてシンプルな“ツリー”だった。



「おかしいだろ、それ。・・・俺さ、それ幼稚園児の最初の年のクリスマスで、これ描いたんだ。
・・・・・母さんが死んで、ちょうど一年過ぎた頃だった。・・・それまではさ、うちでもクリスマスしてたんだけど・・・」

「・・・え?」

「だけど。・・・サンタクロースを信じてたのは、母さんがまだ生きてた頃の、3歳のころまでだった。
母さんが死んで・・・・・・・ その年俺はサンタクロースに必死に頼んだ。
―――どうか、おかあさんに、また会わせてください・・・って・・・・」

「・・・・・」

「それ 描いたの、母さんがいなくなっての、二度目のクリスマスでさ。・・・俺はもう、 サンタクロースなんて、絶対信じないって思った」

「彷徨・・・」




「それでも、どこかで信じていたかったからなんだろうな、・・・・・・その絵。
・・・・・・・・・・・だからさ、それ、てっぺんの星しかないんだと思う。
他の“飾り”も“プレゼント”も何もいらないから。
――・・・・・・・願いを届けてくれって。
だけど、ツリーだってわかるように、星だけつけて。 
・・・コドモだよな、さすが。   星に願いをかけるなんてさ」


伏し目がちに下を向いたまま、彷徨は首をすくめてふ、と静かに笑ってみせた。
寂しい気持ちをおし隠すように。


未夢は・・・ただ。
彷徨が話すのを、黙って聞いていた。






  何だか、自分が情けなかった。


彷徨の気持ちも知らずに。
何も知らずに。
ひとり、浮かれていた自分が、ひどく傲慢に思えた。



思えば、ハロウィンのときだってそうだった。



 彷徨の心にはいつだって、まだ、「母」が生きていた。
 ―ちゃんと、彷徨の母の命日に、自分がはしゃぐよりも先に、思い出の“かぼちゃ”を・・・



 
だけど。どんなに願っても。
もう彷徨は、・・・「母」に会うことはできない。

それなのに。
いつも家を空けていて・・・傍にいない両親でも。
未夢にはちゃんと、二人の温かく見守ってくれるその“存在”がいる。



・・・彷徨の(寂しい)と自分の(寂しい)を、比べてはいけないのだと。




「・・・だから、やなんだ。クリスマスってはしゃぐのが。 自分勝手なこと言ってるのはわかってる。
だけど、もう西遠寺では、母さんがいなくなってから、クリスマスなんてしてないし。
今になっては、なんでみんなそんなに大騒ぎするんだろう?って本当に思ってる・・・。
それにさ、それだけが理由じゃないんだ ・・・実際家は本当に寺なわけだし。
寺の息子が、クリスマスするのもやっぱ何か・・・、おかしなことだしな」



広げていた古ぼけた画用紙を、彷徨は未夢から受け取って、くるくると巻きなおしてまた押入れの奥にしまいこむ。
まるで、自分の思い出も、閉じ込めてしまうように。


「・・・ごめんな、未夢。だから、俺にはかまわず、ワンニャーたちとクリスマスやってもらっていいから。
さっきはあんなこと言ったけど、冷静に考えたら、・・・ルゥもいるし、かわいそうだよな」




「だっ・・・だめだよっ」



未夢はなんだか。
そんな彷徨をみていられなくて。

思わず、背を向けた彷徨に、後ろからしがみついていた。




「・・・っ?みゆっ??」




突然感じたやわらかい感触に、彷徨はらしくもなく動揺する。
今まで密着したことはなかったことはないが、こうもあからさまに抱きつかれるような体勢は初めてで。
必死で熱くなりそうな頬を押さえながら、高鳴る鼓動をどうにか閉じ込めようと。
さっきまでの冷たくなっていた気持ちも一気に上気しそうだった。



「彷徨っ、だめだよっ。そんなの。・・・きっと彷徨のお母さんはそんなこと望んでないよ。
みんなで、クリスマスをしてほしいって。自分が生きていた頃のように、彷徨にはいつでも・・・そしてこれから先もずっと笑っていて欲しいって。・・・きっとそう思ってるよ」



彷徨の背中に顔を埋めながら、未夢は静かにつぶやいた。
ルゥを優しく抱きしめるような感じに。

彷徨を、寂しさから守るように。



「・・・なんでそんなことわかるんだよ」

「わかるよっ。・・・だって、この一年ずっと彷徨と過ごしてきたから。彷徨がお母さんのこと大事にしてるのはすごくわかってる」



「・・・いいから、離れろよ」





少し涙混じりの声の未夢に、彷徨はどうしていいかわからなくて。
そのうえ、こんな抱きつかれた体勢、心臓に悪いって、と思いながら、ゆっくりと背中に廻された腕を放す。


・・・本当はすごく、惜しいところなのだが。



未夢とこんな話をしているときに、自分の気持ちも整理していないときに、不謹慎に喜んでいられない、と思ったのだ。


それと、なぜ未夢は、こんなに他人のことなのに、一生懸命になれるんだ?と不思議に思わずにいられなかった。


「いいからさ。お前はワンニャーとルゥたちと楽しんでくれよな」

うつむく未夢に、彷徨は普段より声を和らげて、なだめるように、ぽんぽんっと肩をたたいた。



「・・・そんなの。・・・だめだよ」




未夢は低くつぶやいて。
悲しげに顔をゆがめたまま、部屋を出て行った。




今は少なくともこの場所が、自分と、ルゥやワンニャー、そして彷徨の居場所だと思っていたのに。

心がばらばらになるのが、未夢には何だかとても、悲しかった。








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