作:宮原まふゆ
リリリーン・リリリーン♪
朝の6時、飛鳥父子は突然の電話で起こされた。
出たのはアスカ、今日のことで少し眠れなかったらしい。
「はい、飛鳥。あっおはようございます・・・ちょっと、待ってください」
受話器の口元を手で押さえながら、そのまま二階で寝てる父親の元へ駆け上がった。
「おやじ!警視庁の中山さんから」
「ん」
友貴はすでに着替えていた。朝一番の電話としたら間違いなく事件しかない。長年の警察勤めで馴れていた。もちろんアスカも同じである。
父親の顔が険しくなる。刑事の顔だ。
そんな父親を見る度に、早く大人になりたいと思う。
友貴は話終えると受話器の解除ボタンを押した。
「強盗事件が起こったらしい」
「強盗?」
一瞬嫌な予感が走った。まさか ――――――
「・・・宝石店の金品強奪・・・お前のセイントテールじゃないから、安心しろ」
「おっおやじ!!」
友貴から自分の髪をぐじゃぐじゃされながら言われて、顔が紅潮した。
「おい、今日は芽美ちゃんとデートだろ。いいのか?そんな顔をして。芽美ちゃん怒るぞ ―――」
「!」アスカは顔を強張らせた。
「かっ、関係ないだろ!」
ばっと、身体ごと振り動いて友貴の手から逃れる。
駄目だな、強盗とか聞くと前の癖があって、つい反応してしまう。
・・・セイントテールはもういない・・・。
アスカはその言葉を頭の中で繰り返し呟いた。
リリリーン、と再び電話が鳴る。
「はい、ああ中山くんか、・・・・・・うん・・・・・うん、ちょっと待て、おい息子!」
「なんだ、おやじ」
「すまないが、芽美ちゃんの約束の時間、少し遅めにしてくれないか?」
「えっ、親父どうして」
「ああ、宝石店の泥棒な、もしかしたらお前が以前の事件で関わっている奴かもしれないらしい。防犯カメラに写ってたから確認してほしいそうだ。」
「行くよ」
アスカはすぐに答えた。
「おいおい、芽美ちゃんの約束・・・」
「事件だろ、俺が知っているかもしれないんだろ。こんな事件は時間が大切だ、早くしなきゃ犯人逃げちまう・・・っていつも言っているのは親父だろ!芽美には途中で連絡するから、行こうぜ親父!」
「ああ必ずしろよ。もしもし、・・・ああ行く・・・では」
電話機の解除ボタンを押す。外から大貴の急かす声が聞こえた。
もう既に着替えて、車に乗り込んでいるらしい。
「・・・ったく、事件となると見境がつかない。誰に似たのか・・・」
そして、もう一つ、
「・・・芽美ちゃんも大変だな・・・」
と、苦笑いしながら、そう呟いた ――――――― 。
***
「あら、芽美。もう起きてるの」
パジャマ姿で現れた映美は、台所に立って料理をしている娘に驚いた。
「まだ、6時よ。飛鳥くんと会うのは、10時じゃなかった?」
「うん・・・そう、なんだけど・・・なんだか落ち着かなくて・・・」
パンにバターを塗りながら、芽美は答えた。
「ふーん、サンドイッチか。飛鳥くん喜んでくれるといいね!」
「うん!」
芽美は嬉しそうに答えた。
「でも、よかったわね。仕事で源一郎くん居なくて。最近邪魔ばっかり企んでいるみたい。ふふっ、面白いけど」
「やだ、ママも?」
「だって、源一郎くん面白いのよ。芽美に携帯買ってあげたときなんて、一生懸命しおりの本を見てるの。二人が話しているのを邪魔してやるうって!」
「やだな、それ」
「ふふっ、無理よそんなの。源一郎くん携帯使えないし、それに二人は通じ合っているでしょ?今でも」
芽美はふと、顔を曇らせる。
「そう・・・かな」
「やだ、芽美。飛鳥くんとケンカでもしたの」
「してないけど・・・」
料理をしていた手が止まる。
昨日、聖良に励ましてもらったのに、いざその日になるとまた落ち込む。
そんな自分が嫌でたまらなかった。
「ねぇ、ママはある?。パパとのケンカ」
「あるわ」
映美はさらりと言った。
「えっ、あるの?」
芽美は驚いた。この万年新婚夫婦がケンカ?
自分がした質問だが、正直無いと思っていたのだ。
「んー、する予定だったって言っておこうかな…、結婚したての頃ね。やっと源一郎くんの仕事が起動に乗り始めた時よ。私の誕生日がもうすぐなのに何も言ってくれないの。いつもなら、何がいい?これがいい?って祝ってもらう本人よりウキウキする人なのにね。」
「いまでもそうだね」
「そうね。で、とうとう誕生日が来てしまって…、悲しかったなその時は。でね、その時源一郎くんから電話があって『すぐに来てくれ』って言うのよ。『おめでとう』の言葉もないのよ。頭にきたから、乗り込んでやったわ言われた場所に。そしたら、ふふふっ」
映美は懐かしそうに微笑んだ。
「何ぃ、ママその思い出し笑いは」
「いいじゃない。素敵だったんだから。まぁ、行ったのよケンカ覚悟で。
そしたら、そこ会場だったんだけど、一面真っ暗でね何も見えないの。『ワン・ツー・スリー』って源一郎さんの声が上から聞こえて見上げると、小さな花が蛍のように舞って落ちてくるの。お星様のようだったわ。源一郎さんがステージに現れて『誕生日おめでとう。映美さんのために作ったトリックだよ』ってね。」
「うわぁ、いいなぁ」
「でしょ、多分一生懸命だったんでしょうね。手が傷だらけだったわ。それを見て怒る気も失せちゃって。結局、私だけが勝手に怒ってただけで…私がいけなかったのね。源一郎くんを信じてやれなかったんだから。」
「信じる・・・」
「そうだから、何があっても信じようって決めたの。」
「うん、そうだね。パパ約束破った事ないもんね」
「でしょ?!」
二人は微笑んだ。
今まで悩んでたのは何だったのだろう。何故アスカJrを自分は信じてやれなかったのだろう。アスカJrばっかり責めて、自分は棚に上げてた。
あんなに悩んでたのに、何故私から言い出せなかったのだろう。
『信じてる』ってただ一言だけでもよかったのだ。
「さぁ、芽美。ママも一緒に作るから、世界一のお弁当作りましょ」
「えぇ!駄目。アスカJrのだけは私が作るの」
「私のは朝ご飯と、源一郎くんの昼のお弁当よ。では、よーいどん!!」
二人はいっせいに取り掛かった。
大好きな人のために。
***
アスカは焦っていた。
宝石店の防犯カメラの画像が悪く、鑑識の結果が大分遅れている。
アスカが関わった犯人かもしれないとは、その犯人が唯一左利きと宝石専門の強盗犯という理由だけであった。
だが、アスカは少しでも手がかりがつかめないかと、自分以外の事件を一緒になって山積みになったファイルを読みあさっていた。
「おい、息子。時間だぞ」
友貴がアスカの横に来て、そっとつぶやいた。
「ああ、判ってるよ。判ってるけど…」
「連絡はしたのか?」
「…通じない…電波が届かない…自宅にはしたけど、出た後だった。」
そう言うと再びファイルに目を通した始めた。
ふぅっと、友貴はタバコの煙を吹き出した。
…どうしたものかと友貴は思った。
息子の性格とはいえ、こんな日まで自分の仕事に連れてきてしまった自分に責任を感じた。
いやとは言えない息子に、多少甘えていたのかもしれない…。
しかし、職場にいる以上そんなことを言ってはいられなかった。
芽美は公園のベンチに腰掛けていた。
この公園は春になると桜が満開になり、隣の町からも見に来るほどわりと有名な公園である。中央には大きな噴水がある。
いつもなら見事な水のアーチを作っているところであるが、今は冬である為、水が抜かれていた。
冬の日差しが心地いいのか、犬の散歩をする人や、マラソンをする人、子供と一緒に来ている夫婦などでにぎわっていた。
芽美の隣には大きなバスケット。
「作り過ぎたかなぁ、でもいいいよね。アスカJrわりと大食漢だから」
ふふっと微笑ながら呟いた。
芽美は右手首の時計に目をやる。11時を既に回っている―――――
遅いなと思いつつも、芽美は公園の門から走ってくるアスカJrの姿を想像しながら待ち続けた。
「鑑識の結果が出ました。」
一斉に室内の前方に目が行く。
ホワイトボートに犯人の写真が貼られる。
「見たことあるか?」
「いや」
「…そうか、じゃお前は約束の場所に行け、後は俺達がやる」
そう静かに友貴は言った。
「だが、おやじ…」
「馬鹿野郎、ちたぁ俺や警察を信用しろ。後で連絡するから、いいな」
友貴はアスカの背中を押す。
振り向くとそこには不敵に笑う父親の顔。
幼いころから見てきた、自信に満ちた刑事の顔だ。
「…逃がすなよ、おやじ」
「おう」
アスカは勢い良く部屋を飛び出した。
おやじ…、ありがとな…。
芽美…ごめんっ!今行くからな!!
アスカは人ごみの中をがむしゃらに走った。
時間はとっくに3時を過ぎていた……。