作:宮原まふゆ
『ここ…どこ?』
真っ白な空間。
上も下も地平線さえ何もない、真っ白な世界。
誰もいない…未夢だけが一人、何もない空間に漂っていた。
『誰かいないのぉーっ?』
大声で叫んでも、誰も返してくれる人もいなければ、木霊さえ返って来ない。
『やだ…こんなとこ…』
不安で息苦しくて、堪らない。
じわりじわりと感じる重苦しい圧迫感に、未夢は泣きそうになった。
胸元に手を当てて、きゅっと制服のリボンを掴む。
(彷徨ぁ…)
心の中でそっと呟く。
たった一人という心細さの中で、未夢が一番側にいて欲しいと願うのは、
やはり彷徨の存在だった。
会いたくて堪らない。
どんな事を言われたって構わない。
ただ、側にいてくれるだけで。
それだけで――――。
『彷徨…』
なにもない白い空間に、未夢の小さな声だけが、こぼれ落ちた。
『未夢』
後ろから彷徨の声が聞こえ、慌てて振り向いた。
嬉しくて、跳びつきたくなるほど、嬉しかった。
(彷徨っ!)
『……っ!?』
彷徨は少し離れた場所で、真っ直ぐ自分を見ていた。
だけど、その片腰には見知らぬ髪の長い女の子が後ろを向いて並んで立っていた。
彷徨の腕が、その子の肩を前から包み込むように抱いているではないか。
(な、なにやってっ…!)
怒った顔で近付こうとした未夢を、彷徨の声が止めた。
『俺、この子と付き合うんだ』
『……え?』
(なに言ってんの?彷徨。付き合うって……どういうこと?)
『俺が他の子と付き合うの、願ってたんだろ?』
『何言って…違うっ!そんなこと思ってないっ!!』
『願ってなくても、不安そうにしてたじゃないか』
『だってっ!それは……』
そんなこと思ってない。
全然思ってない。
だけど不安になっていたのは確かで、未夢は思わずくっと下唇を噛んだ。
今までの感情をどう言い表せば、彷徨に伝わるのだろう。
未夢は必死になって言葉を探した。
(私はただ……)
だか彷徨は容赦なく告げる。
冷ややかな瞳で。
『信用、してないんだろ?』
『!』
胸に鋭い針がチクリと刺さったような、鈍い痛みが襲った。
何か喉元で固まりが詰まっているようで、思うように声が吐き出せない。
おまけに、自分の身体がのつま先から頭の天辺まで、ピクリとも動かなくなっていた。
ただ、心臓だけがドクドクと波打ち、身体中に響き渡っていた。
(やだ…声が…、か、体が…動け…ない…。彷徨っ…!)
『否定しないってことは、そうなんだな』
彷徨が寂しそうに微笑んだ。
全てを失ったような、悲痛な表情だった。
(違う、違う!違う!!)
いくら声にしようとしても、喉から声が洩れることはなく。
頭を横に振ろうにも、身体はピクリとも動かない。
喉元に詰まっている固まりを早く取り除きたいのに、
それは一向に詰まったままで、もどかしくて堪らない。
焦って、もがいて、必死になって叫んでいた。
(嫌っ!動いてっ!…こんなの…嫌っ!!)
泣いているのに、その目からは一粒の涙も流れなかった。
クルリと彷徨が踵を返す。
彼女の肩に腕を廻して。
僅かに見えた彼女の口元が、ニヤリと笑っていた。
(行かないで……お願だから……行かないでよっ……!)
(お願だからっ!彷徨ぁーーーーーっっっ!!!)