作:杏
(…………何なんだ、こいつ…)
カナタが廊下に出ると、近付いてくる足音。まるでカナタを探すように、近辺をずっとうろついている。
出るに出られず、ずっと廊下に向けて気を張っていた、その時。
ドン!ドンドォン!
外で花火が三発。これは外に異常があったことを示す合図。
(反発派が仕掛けたか…いいタイミングだ)
カナタの居る部屋から、庭の様子は見えない。今すぐにでも庭を確認したいけれど。
入念に先程の足音を探って、壁に張り付く。
「逃げろ!」
「火事だ――!!」
バタバタと大勢の足音が響き、二階から仲間たちが慌てて下りて来た。
その中に、仲間が解放した少女たちだろうか、若い女の声と足音が混ざっている。
「何…!?」
仕掛けた煙装置が作動するにはまだ早い。カナタの手元に残っている装置も、まだ動いていない。
「うひゃあああぁっ!」
「!??」
バンっと勢い良く扉が開いて、女が部屋を走り抜けた。ドアの隣で様子を窺っていたカナタも、驚いて固まる。
我に返ったカナタが声をかけるまで、メイド姿の女はバタバタと部屋中を廻っていた。
「おい、アンタ…」
「ひゃああ! 殺されるぅ! わ、わたしは美味しくないですよぅ、ただのメイドですよぅ! 見逃してくださぁぁい!」
部屋の角に座り込んだこのメイドは、どうやら駆け下りてきた反乱軍に驚いて、この部屋に逃げて来たらしい。
「…さっきの、アンタか?」
メイドが少し落ち着くのを待って、カナタが切り出した。
「へ…? あなたは夕方の子…じゃないですね。 その剣を盗みに来た猫目の男の子のお仲間ですか?」
カナタの傍らの大きな剣を確かめて、メイドがカナタを見る。
「! 見つかったのか!?」
「いえ…た、たぶん…わたししか見ていません。 …あなたがたにお願いがあって、探していたんです!」
「…お願い?」
メイドがおずおずとカナタに差し出したもの。それは古い鉄の鍵だった。
「わたしが盗み出した、地下牢のカギです。 お願いします! あの子を…助けてあげて下さい!」
「あの子…?」
◇◇◇
「おい、おっちゃん! 二階で何があったんだよ!?」
「サンタ、ルクト!」
「カナタはどうした!? じきにここにも火が回るぞ!」
「俺たちの騒ぎに乗っかって、屋敷の反アンサダーグ派が動いたらしい!」
「二階に火を放って、庭の奴らに攻撃を仕掛けた!」
「囲われていた女の子たちは逃がしたぞ!」
「俺たちも加勢に行く!!」
「サ、サン兄…!」
大人たちは興奮気味に説明して、勇ましい雄叫びをあげながら庭へ向かった。
気味が悪い程、カナタの読みどおり。誤算があるとすれば、本当に火を放った事ぐらいか。
「ちくしょ〜〜〜! オレの力作が意味ねーじゃんかよぉ! ルクト、カナタを探すぞ!」
「うん!」
◇◇◇
反乱に次いでの内乱。使用人たちも混乱に陥っていた。我先にと屋敷から逃げる。
こうなっては、誰ひとり、流れに逆らう二人を気に留める者はいない。
狭い通路で外に向かおうとする使用人たちとぶつかりながら、カナタはメイドに連れられるまま一番奥の扉までやってきた。
「ここでいい。 アンタも逃げろ!」
「で、でも…」
「火の手が回る! 早く行け!」
「……っ、あの子を、お願いします!」
ペコリと頭を下げて、メイドは来た道を走り去った。まだ厨房や食料庫から逃げて来る者がいる。
(今夜は風もない…。 二階の火が下に回るには、もう少し時間があるはず…!)
カナタは大きく深呼吸して、握りしめていた鍵を鍵穴に差し込んだ。
ギィィィィ―――…
古びた木製の扉は音を立てて開く。
閉じ込められないように、重い剣を何度か振りかざして、その扉を壊した。