月咲きの丘

作:

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「アンサダーグ様、今宵はどの娘にいたしましょう?」

注がれるワインを眺めながら咥えた葉巻を嗜む、大柄な男。この町の領主、ドン・アンサダーグ。
悪名高い、嫌われ者のこの領主にも、脚付きグラスは嫌がることなく紅い液体を掲げる。

「決まっておる、…あの娘だ」
鋭い三白眼が窺いをたてた部下をジロリと見た。部下は恭しく頭を垂れると、後ろの使用人に命じる。
「金髪の娘だ! 今日の金の娘を飾れ」
「は、はいっ!」
「…いや、飾る前に一度拝んでやろうではないか。 薄汚れた身にその金はさぞかし映えていよう?」
「…は、今すぐに」

大きな宝石の光る指輪をいくつも嵌めた太い手で、自身の付き出た顎を撫でる。
今夜の気分は良好、いつもより酒が美味い。先程からずっと、主の高笑いが屋敷に響いていた。






「娘、名ぐらいは訊いてやるぞ?」
「……………」
少女は俯いたまま、口を噤む。

「言葉がわからんか? それとも…名もないのか。 ガハハハハ!
 それは失礼なことをしたなぁ!」
短くなった葉巻を乱暴に灰皿に押し付け、ゆっくりとアンサダーグは少女に歩み寄った。
「まぁ、何でもいい。 此処へ来たからには、お前の仕事は解っておろう?
 お前は今日から……ワシのオモチャだ」
その金の髪を掴み上げ、葉巻と酒の入り混じった息をわざと吹きかけるように眼前で告げる。
「薄汚い女は好かん! 美しくなってこい」
顎先でメイドに意を伝う。投げるように手を離され、崩れ落ちた少女はそのままメイドに連れて行かれた。

「楽しみだわい…化けて来い、ワシを楽しませろ…」
ゆらゆらと揺れるワインを漆黒の夜空にかざして、淡く輝く月を紅く染めた。



◇◇◇


同時刻、ここは町の地下水路。カナタはある人物を待っていた。

「カナタ! 悪い、遅くなったな」
「いえ、暗号解けなかったのかと思いましたよ」
梯子を降りてきたのは、この町でただ一人、カナタが笑ってみせる大人。

腰に剣を携え、町の人間よりも重厚な出で立ち。
ジーク・オレイン。州の傭兵からなる、町の警備隊の者だった。

「お前の暗号には毎回悩まされるんだよ。 もー少しシンプルにしてくれないか…」
「ジークさんだけ、解ける暗号じゃないと」
「ま、アレ解けるのはこの町じゃ俺くらいだけどな! …で、いつだ?」

得意気に両手を腰に当てたジークが、すっと真顔に戻る。
「5日後の満月の夜。 …月舞の宴を狙います」
「そうか…武器は?」
「直前に、傭兵の宿舎から。 場所は把握してあります」
「丸腰で宿舎へ潜る気か!?」
「サンタとこの半年、それなりに準備はしてきました」

淡々と答えるカナタの表情からは、不安も焦りも見えない。かと言って、自信に満ちている訳でもない。
その瞳にあるのは固い決意と覚悟だけ。

「……わかった、俺も水面下で動こう。 …ひとつ、朗報だ。 領主の屋敷の傭兵に、国の兵が一人紛れているらしい」
「国の!?」
「ああ、あの一件から国も密かに動いてきたんだ。 これ以上の好き勝手はお国が許さないだろう」
「……いや、それじゃ先が長すぎる。 俺らは俺らで動きます」

これで考え直してくれるほど、カナタは甘くなかった。真っ直ぐにジークの目を見据える、齢14の子供に、逆に諭されているような気になる。

「…で、その国兵からの情報は?」
「………お前、俺がイチ警備兵だって知ってるか?」
「ただのイチ警備兵に、そんな機密情報が漏れるとは思いませんけど?」

カナタの言う事は尤もだけれど。自分が何者か知っていて呼び付けているのではないかと、勘繰ってしまう。

「ホント、かわいくねーガキだなぁ! あーあ、お前らの父ちゃんに助けられたのが運のツキってか!
 いいか! 俺はふたりで決行は薦めない。 使えるモノはとことん使え! …それが認められない大人たちでもな」



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