作:杏
「―――俺らが面倒みるから、大丈夫」
葬儀を終えた後。
泣き叫ぶリオたちを抱え、サンタと頷き合ったカナタの冷たい瞳を、ナナミの父は忘れたことがなかった。
謝ることしか出来なかった大人たちに怒りをぶつけるでもなく、縋る訳でもなく。許すこともなく、何もかもを失った彼らは路地裏に消えた。
今でも、必要以上に関わることはしないし、大人たちの前では決して笑わない。
町中を探して、此方から声をかけなければ、今日だってパンを渡すことは出来なかった。
大人たちは誰言うとなく、彼らの住処を探すまいとしていた。
◇◇◇
「サンタとルクトは?」
「サン兄ならたぶん、いつものガラクタ置き場! ルクトがさっき探しに行ったよ」
リオがそう言いながら、メーサが落としたパンを拾う。ふっと息をかけてゴミを飛ばした。
「ほら、気をつけなよ! 大事な食糧なんだから!」
「はぁい! ありがと、リオねーちゃん!」
「カナタ! カナタ、戻ってるか!?」
「あ、戻ってきたぁ」
バタバタと帰ってきたのはサンタ。遅れてきたルクトは息も絶え絶えだった。
「サン兄、速いよ〜…」
帰ってよろよろと座り込んだのが、ルクト。カナタやサンタより少し小柄な彼が、上から三番目の11歳。
3つ上のカナタとサンタを本当の兄のように慕う。
奔放なサンタに振り回され、更には3つ下の大人びたリオには敵わないでいて、損な役回りだと思っている彼。
リーダー格のカナタには特に憧れていて、カナタを助けて一緒に家族を守りたいと日々奔走している。
そして最後に、サンタ。元々カナタとは幼馴染みで、親友。
決して言葉の多くないカナタの考えていることを、訊かずして理解している唯一の人物。
反乱軍が再興する時には、その背中を預けるのはカナタだと決め込んでいる。
廃材置き場に足を運んでは奇妙な発明品を作り上げているが、今のところ役に立ったものはなく、その置き場所にカナタたちは困り果てている。
今日も、自信作を手にして帰ってきた。
「見てくれよ、これ! 煙噴出マシーン! その名も…!」
「「その名も??」」
ルクトとリオが興味津々に繰り返す。メーサとシオンも目を輝かせてサンタを見上げた。
「………。 名前、考えてなかったぁ〜!」
サンタはこれでもかと口角を下げて、小さな黒眼を更に小さな点にした。
そんなサンタを、ケラケラとメーサが指差して笑う。
「あはははー! サンにい、まただぁー!」
「…で、それ何するもんなんだ?」
その指を窘めるように制して、カナタが訊く。
「ふっふっふ…聞いて驚け、見て驚け! ここのピンを抜くと、どうだぁ! モクモクと煙が…げほっ、げほっ!」
その場に居た全員が白い煙に包まれ、噎せ返った。
「けほ、こほっ…もぉ、サン兄のばかぁ〜〜」
リオがルクトとそこにあった布切れでバタバタと扇いで煙を逃がす。カナタはメーサとシオンを抱えて前の路地まで出た。
「ははっ、悪ィ悪ィ! おーいカナタ! チビたち大丈夫かぁ?」
「お前、もーちょい場所考えてやれよ…」
「サンにいのばかぁ! ふえぇぇぇ〜〜〜…」
メーサが大きな声で泣き出すと、シオンも静かに泣き、カナタにしがみつく。
「わーるかったって! ほ、ほら、ルクト、リオ! チビたちと遊んでやってくれよ〜」
「まったく! サン兄はいっつもこうなんだからなぁ〜」
「次は役に立つ発明持ってきてよぉ、サン兄! ルクト行こっ!」
年下の自分たちに縋り付くサンタに呆れながらも、ルクトとリオはメーサとシオンを連れ出した。行くのはいつもの草原。
誰も知らない広い草原は、彼らの秘密基地だった。
「なぁ、カナタ。 聞いたか? 今日の行列の噂」
「…ああ」
「どれだけ女の子買えば気が済むんだ、あの変態領主! 今回はオレたちとかわんねー歳の子もいるってゆーじゃねーか…」
「…あぁ……」
空返事のカナタが天を仰いだ。
太陽の光が真っ直ぐに屋根のない家に指し込む。
限りなく白に近い、鮮やかに輝く黄金色の光は、カナタにあの少女を思い起こさせた。
長い金の髪。緑の瞳から、流れる涙。
それをひたすら追いかけたこと、それはカナタとしてはいたく突飛な行動だった。
「金の、女…」
「…へ?」
「……なんでもね…」
「おまえっ! 見たのか!? 今夜のエサだって噂の金のオモチャ!」
カナタの両肩を掴んで、前後にブンブン揺する。カナタはされるがままで答えない。
サンタの一言にただ、眉を顰めていた。
今までだって、女が来てはいろんな憶測が噂となって飛び交っていた。
サンタの言葉の意味するところに、特別何か感じたことはなかったのだけど。今日の言葉は、いつもより重くカナタに圧し掛かる。
「なぁ、何が金なんだ? それだけ美人ってことか!? それとも高値なのか!?」
「……髪だよ、金の髪に、緑の目ェしてた。 ここら辺じゃ珍しいから、高値だったかもしんねーけど、そこまで知らねぇよ」
「金髪!? すげ―――…オレも見たかったなぁ〜」
「…………もう無理だろ」
「だよなぁ〜…」
麻布や筵を敷いただけの寝床に二人で転がった。
頻繁に女を買ってきては囲っているようだが、屋敷に入ったが最後、一度でも外に出た女はいない。
飽きたら部下や傭兵に“お下がり”をやっているとの噂もある、逃げ出そうとした者を処分したと聞いたこともある。
衣食住には困らないが、良い暮らしでないことは確かだ。
もし、リオやメーサがそんな所に連れて行かれようものなら……、考えるだけで気が狂いそうな怒りが沸き立つ。
そんな仮定に行き当たった事にさえ、憤りを覚える。
たとえ血が繋がっていなくても、大事な妹たち。どんなに大金を積まれても、その手を離すなんて出来ない。
幼い妹たちとあの少女を重ね、そこには少々の違和感を、少女に対しては、何処か自分たちとの類似を感じた。
「もうすぐ月舞の宴か…」
「つきまいのえん? …って何だっけ?」
サンタが金の髪というものを懸命に想像していると、話題が移った。
頭の中の金の髪の女が、まあるい月に変えられる。
「屋敷にそこら中の金持ち呼んで、庭でパーティーするんだと」
「へぇ〜…」
サンタは、自分に関係のない話題はこんなものである。相槌が返ってくるだけ、今日はまだマシな方。
「…なぁ、サンタ」
「ん〜〜〜〜〜〜?」
一拍置いて、カナタが改めてサンタを呼んだ。身を起してサンタに向き直る。
「…やるか」
「―――マジか!? ついに旗揚げか!?」
ガバッと飛び起きて、身を乗り出したサンタに目を合わせ、カナタはしっかりと頷いた。