月咲きの丘

作:

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「…今日のはえらく若いな」
「今日は何? メイド?」
「いや、…新しい“オモチャ”だとさ」
「まだ子供じゃないか! 可哀想に」

人混みから聞こえる大人たちの声。大通りの行列に、町の人間たちが集まった。

「あ、あの後ろの…」
「珍しい、金の髪か。 領主サマが好みそうな女だな」

「――――金の髪…?」
何気なくカナタは大人たちの指す方に目を向ける。
行列の中ほどに五人の女が歩いていた。両手を縄の枷で繋がれた17、8歳くらいの少女たち。
その最後に、金の髪の少女がいた。
恰好こそ薄汚れてはいるが、それでも目に留まるほど、造作はいい。
俯いた横顔、伏せられた新緑色の瞳には、涙。

瞬きと共に、一筋流れた。決壊を堪えるように唇を噛みしめる少女。
カナタはその少女から、目が離せなくなった。

奪われた視線は一瞬たりとも離れない。
大通りに沿ってできた人混みをかき分けて、行列を、否、その中のたった一人の少女を追う。
自分でも、何故そうしているのか解らない。
やがて、長い行列が領主の屋敷に吸い込まれていき、金の髪の少女も当然、屋敷の門に消えた。

ガシャンと重々しい門が閉まり、人の波も散ってゆく。
誰もが日常に帰っても、暫くカナタはその門の前に立ち尽くしていた。




(………オモチャ、か…)

「……………。 いけね、チビたちが待ってる…」
麻袋に抱えていた食糧を肩に担いで、建物の隙間を縫うように路地裏を急いだ。









「カナ兄! おかえり!」
「リオ、メーサ! いい子にしてたか?」
「うんっ!」
「カナにい! メーサ、きょうはリオねーちゃんにおこられてないよ!」
真剣な瞳で誇らしげに胸を張る幼い少女に、カナタは笑った。

「おっ、珍しいな! 偉いなぁ、メーサ。
 ほら、食糧。 今日はパン屋のオヤジが火加減間違ったって、売れないやつたくさんくれてさ」
「わぁ! ありがとカナ兄!」
「たいりょーだぁっ! いただきまーすっ」

町の隅。路地裏の迷路をくぐって、辿り着いた袋小路。
屋根もないそこに、カナタは「ただいま」と帰った。

「シオン? おいで」
一番小さな男の子に手招きすると、遠慮がちに駆け寄って、カナタのズボンを握った。
ひょいと抱き上げてパンを与える。
少年は両手に余るほどのパンにかぶり付いた。
「うまいか?」
ぱっと笑顔になる。
「そっか、よかったな」
頭をグシャグシャと撫でてやった。


“カナ兄”と呼ばれてはいるが、本当の兄弟ではない。
そしてここは、何もない、「家」という場所。
外との境すらないこの家で、14歳のカナタとサンタを筆頭に、六人の子供たちが住んでいる。
留守番をしていたのは、その中でもカナタが“チビたち”と呼ぶ、小さい方から三人。

カナタに抱き上げられた、一番小さな子。シオン、3歳。
煩い程よく喋る子だったが、今は、言葉を己の中に封じている。
文字も知らない彼の意思が解らなくて、始めの頃はカナタも頭を悩ませていたが、今ではだいぶ解るようになった。

怒られなかったと話した少女は、お転婆な知りたい盛り。4歳のメーサ。
彼女が静かなのは、食べている時と寝ている時。それ以外は歌ったり話したり、必ず声を発している。
なんで、どうして、が兎に角多い。
ここにいる理由を訊ねられた時、誰もが口を閉ざしてしまってからは、少し周りを気にかけてから疑問を口にするようになった。
たった4つの彼女にそんな気遣いをさせてしまっていることに、カナタたち上の三人の心は痛む。

そして、しっかり者のリオ。8歳。
メーサの姉。面倒見が良く、シオンやメーサの小さな母親代わり。
シオンの心中を真っ先に察することが出来るようになったのが彼女。
自分だってまだまだ甘えたいだろうに、泣き事ひとつ言わない彼女を、カナタは一番心配している。




◇◇◇


「お父さん、またわざとオーブンの温度かえたの?」
「あっ…あぁ、バレてたか。 これぐらいしかしてやれねーんだ、させてくれよ」
カナタにパンを渡したパン屋の主人。カナタと同い年の娘がいた。

「…『英雄の子供たち』なんて、キレイなこと言って誤魔化しても…俺たちがあいつらの父ちゃん裏切ったのには変わらねぇんだ……」
「………」
「ごめんな、ナナミ。 お前もアヤちゃんも、カナタやサンタと仲良かったのに…」
「お父さん……」




『英雄の子供たち』

誰がそう言ったのか、町の人間たちはカナタたち六人を陰でそう呼ぶ。

1年前、どんな大人の事情か知らないが、突然領主が変わった。
今までもずっと領主はいたけれど、そのもとで平和で均衡のとれた民政をとっていた。
それが現領主、ドン・アンサダーグによって総て覆され、アンサダーグの独裁君政となり、一気に住民は厳しい生活を強いられた。
アンサダーグに取り入った一部の金持ちを除いて。

それから半年後、その独裁政治に異を唱えて立ち上がった住民たちが大きな反乱軍を立ち上げ、その屋敷を襲った。
だが反乱は失敗に終わり、先頭に立った五人の男、そしてその妻たちは例外なく殺された。

―――それが後に英雄と呼ばれる、カナタたち六人の両親だった。



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