月咲きの丘

prologue

作:

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「あっ、カナにい! おっそぉーい!」
カナタの姿を一番に見つけたメーサが駆け下りて来た。

坂の勢いもろとも、メーサを受け止める。カナタの肩からひょいと顔を出して、ミユを見上げた。
「おねーちゃん、だぁれ?」
「こら! 訊く前に、自分の名前は?」
シオンを抱えたリオ、サンタたちも下りて来る。リオに言われて、親指を折った手をミユに向かって伸ばす。
「メーサだよ! 4さい!」
「あたしはリオ、この子はシオン。 ほら、シオン。 シオンは何歳?」
シオンもメーサを真似して、歳を示してピースサイン。ルクトがリオの横からもう一本、シオンの指を出してやる。
「こないだ3歳になっただろ? …僕はルクト。 11歳の、上から三番目。 これからは四番目かなぁ?」
「ははっ格下げだなぁ、ルクト! オレ、サンタ! カナタと同じ14。 こっちはオレらの幼馴染み!」
次々に自己紹介され、ミユが言葉を挟む隙がない。必死に名前を覚えながら、サンタが促した少女たちに、目線を動かす。

「初めまして、あたしナナミ。 この町のパン屋の娘だよ」
「わたしはアヤ。 劇場の子よ。 せっかく知り合えたのに、お別れなんて寂しいけど…」
「また会えるよ! ね、カナタ! あたしたち遊びに行くし!」
ナナミとアヤが揃ってカナタを見る。
「うん! 来て来て! 絶対だよ! いーよね、カナ兄!」
カナタが返事をする前に、リオがパッと目を輝かせてカナタを仰いだ。カナタも頷く。
「…住むところが決まったら、手紙を書こうな」
「うん!」
「メーサも! メーサもかくぅー!」
「ああ、みんなでだ。 …行こうか、挨拶しに」
暴れるメーサを下ろし、カナタは丘の下を指差した。




「お墓…?」
「そう、次はないだろうから」
簡素な墓石を見つめる、愁いを帯びたみんなの瞳。ミユも一番後ろで跪いて、一緒に祈った。

「あたしたちが来るよ、みんなの分も」
「うん! 大人たちも連れて来なきゃ!」
アヤの言葉に、上三人は苦笑の表情。そうして欲しいような、そっとしておいて欲しいような。
どちらにしてもやっぱり、変わって欲しいと願う。大人たちに、この町に。
変わらないで欲しいと思う。ナナミとアヤに。

「ねぇ! おねーちゃん! おなまえは?」
哀愁漂う雰囲気をメーサが元気に打ち破る。
「そうだな、紹介しなきゃな。 みんなに。 俺たちの新しい家族だ」
カナタにポンと背中を押され、ミユは一歩前へ。英雄の見守る墓前で、八人の瞳がミユを映す。
「えっと、ミユです。 14歳。 みんなの、…ママの代わりになれるように頑張ります。 よろしく、お願いします」
深々と頭を下げる。カナタはああ言ってくれたけど、子供たちが突然現れた自分をどう思うのか。顔を上げるのが怖い。


「じゃあ、ミユねえだね!」
「うん! よろしくね、ミユ姉」
「え?」
ぱっと反応したのはメーサとリオ。リオが手を差し出し、メーサが抱きついた。
「いいなぁ〜母ちゃん! ん? 待てよ、同い年の母ちゃんか…」
「お前は無理だろ。 こんな息子、ミユの手に負えねーよ」
流石にそこには入っていけない二人が、少し離れた所で見守っていた。



「ふあぁぁぁ―――ん! ふあぁぁ―――…」

「カナ兄、サン兄! シオンが…!」
突然の泣き声。ルクトが呼んだ。
「ご、ごめんね、シオンくん! 抱っこ、嫌だった!? リオちゃんとこに戻る?」
「リオでいいよぉ、ミユ姉ー。 ミユ姉すごいよ! シオンが泣いてる!」
「え? すごい…?」
ミユの腕の中で、ミユの服をしっかりと握りしめて、大きな声を上げて泣くシオン。つられてメソメソとし出したメーサを、サンタが抱き上げた。
「おいおい、メーサまで泣くなよぉ〜」

「シオンが、泣いてる…」
「ご、ごめんなさい…握手したら、こっち来そうだったから…抱っこしたんだけど……」
シオンをカナタに預けようとするけど、カナタは手を出さない。柔らかく笑って、シオンを覗きこむ。
「好きなだけ泣かせてやって。 こいつ…この半年ずっと喋んなかったんだ」
「え…?」
腕に抱くシオンに驚きの目を向ける。全身で主張するように泣くシオンは、そんな風には見えないのだけど。
優しく微笑んだミユがシオンをぎゅっと抱き締めた。
「ミユ姉、ママみたい…。 久し振りに聴いたね、シオンの声」
「益々賑やかになるな〜」
リオとルクトの瞳に、嬉しくて浮かぶ涙。ルクトがリオの手を握った。



「…帰ろっか? アヤ」
「そうだね。 …またね、みんな」

そっと墓地をあとにする二人を、月だけが見ていた。




ある時代の、ある場所の物語。

この物語は、七人の少年少女の新しい人生の序章である―――


fin.



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