月咲きの丘

10

作:

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「カナ兄! 大丈夫!?」

少女を立ち上がらせたところに、ルクトとカナタが駆け付けた。
「どーだカナタ! オレの発明、役に立っただろ!?」
「あの爆発、やっぱお前だったか…。 まぁ、助かったよ、ふたりとも」
「カナ兄、火がだいぶ回って来てるんだ! 早く出ようよ!」

頷いたカナタが少女を目で促す。少女も戸惑いながら頷き、顔をあげた。
「!」
目を大きく見開いて、カナタに引かれた手に力を入れた少女。その視線の先には。

「サンタ! 後ろ…!!」
「へ…?」

階段を下りてきたルクト、サンタに続いて、もう一人。
カナタは咄嗟に少女を背に隠して、睨み上げた。恰好から、部下ではなく、傭兵。
「…サンタ、それ貸せっ!」
「おい、カナタ…!」

少女の手を離して、サンタに突っ込む。その手の剣を奪って、怪我を負った腕で傭兵に斬りかかった。

――ガキィッ

「……っ!」
「カナ兄っ!」
重みと怪我に力なくブレた剣はあっさりと止められ、パタパタと血が落ちる。



「…キミが英雄の子のリーダーか。 無茶をするな」

「カナタ! 大丈夫か!? この人敵じゃねーよ!」
「カナ兄、知ってるんだろ? 国兵! スパイだよ!」
「…じゃあ、アンタがジークさんが言ってた…」
傭兵姿の国兵は、にこやかに頷く。長いマントを少し上げて見せた甲冑の隅に、国の紋章。

「早く言えよ…っ」
「カナ兄が飛び込んでくから!」
「なぁっ? オレは止めようとしたぞ〜?」
ケロッとそう言ってのけるルクトとサンタ。肩の力が抜けた。その様子に国兵は声を上げて笑っている。
「! い…ってェ…」
安堵と共に、カナタは忘れていた痛みを感じた。眉を寄せて腕を見ると、開いた傷口。すっと手が伸びて、傷が布で覆われる。
「…サンキュ……」
少女が自分のスカーフを巻いていた。


「反乱軍の攻撃に乗じて反アンサダーグ派も動いた。 庭は今、乱戦状態にある」
「――予想通り、か」
「我が兵団長も君と同じ予測を立てて、門の外で多数の兵を率いて待っておられる。 全員の脱出を確認したら突入の命が下る。
 使用人も娘たちも既に逃げた、あとは君たちだけだ」
それも想定内だ、と言いたげな瞳。国兵は僅かにたじろぎながら、少女に身を向けた。
「…それと、お嬢さん。 あるメイドの女性から、これを。 貴女の荷物と、…彼女からのほんの気持ちだそうです」
「……!」
少女は首を振った。布袋だけを受け取って、金銭と思われる包みを突き返す。
「…では、貴女から、彼女に返しておいてください。 私はこのまま次の任務に付きますので」
困惑しながら少女は包みをその胸に抱く。


「カナタ、早くしないと! 火が回ってきた!」
「…ああ!」
先に階段を上ったサンタが上から叫んでいる。

全員で階段を駆け上がって、外へ出た。




◇◇◇

「―――カナタ! お疲れさん!」

八十人程の兵の一番前。一等派手な装飾のマントを身に付けた兵団長は、ジークだった。
「…やっぱり、ジークさんだったんですね」
「はっはっは! いやぁ、黙ってて悪かったなぁ! 無事にお嬢さんも救出、目的はぜーんぶ達成! よかったよかった!」
「え…!?」

ジークにはもちろん、サンタたちにも、そんなことは言っていない。そもそも、あのメイドに会わなければ諦めていたかもしれない、少女の救出。
「おっと、俺じゃねーよ! 流石に付き合いの浅い俺にはそこまでわかんねーって!
 ずっと一緒の親友は別らしいけどなぁ?」
後ろで吹けもしない口笛を吹く、サンタ。素知らぬ顔には冷や汗が流れている。
「…?」
「………」
不思議そうにカナタを見上げる少女、半目でサンタに不機嫌そうな視線を送るカナタ。サンタは空に目を泳がす。

「まぁいーじゃんいーじゃん! 後は俺たちに任せなさい! 早く行ってやれよ、チビッ子たちが待ってるぞぉ?」
「行こうよ、カナ兄! お姉さんも!」
ルクトが指差した、丘の上の一本杉。
月が杉の先にかかり始めている。もうすぐ約束の時間。
三人で頷く。少女の手を取って、四人で走り出す。



「おーいカナタ! …約束のモノだ! 何件かあるから当たってみろ! 一晩で探すの大変だったんだぞぉ!」
飛んできた包みをキャッチ。
「ありがとうございます!」
地図にしてはやけに大きくて重い荷物を、有り難く抱えた。

「よぉし、突入―――!」

塀の中に兵士たちが消えるまで見送って、また走り出す。
満月の照らす丘に向かって。


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