託された招待状

words

作:

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陽の光が差し込む明るいチャペルでの、神前式。
式が始まる直前になって、未夢が彷徨に一言。
「ねぇ、いいの?」
「関係ないだろ」
「そーゆーものなの?」
「そーゆーもんだろ。 自分のじゃないんだから」
「ふぅ〜ん…」

主語とか述語とか、未夢の口からちゃんと組み立てられた言葉が出るほうが珍しい。
最初の頃は彷徨もよく文句を言ってケンカをしたものだけど、今ではほとんど理解できている。
二人でしか成立しない、傍で聴く人にはまったく解らない会話。
ワンニャーでさえ、理解出来ずに彷徨に説明を求めることもあった。


「わぁ…! きれ―――い……」
先に新郎を入れた大きなドアが2度目に開いたとき、そこには純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁。
「未夢、あの人が…」
「あ、うん。 えっと…岩崎教授」
花嫁と腕を組んでバージンロードを歩く、花嫁の父。その人が、優と未来の恩師だった。

「いいなぁ…わたしもいつかあんなドレス着たいなぁ…」
「―――…」
幸せそうな新郎新婦に、ドレス姿の花嫁に、目を輝かせる未夢。頬を紅潮させてうっとりとみつめるその横顔に、彷徨が魅せられる。
指輪の交換も誓いのキスも、彷徨が目にしないままに終わってしまっていた。





「失礼ですが、光月さんのお嬢さんで?」
開宴前の披露宴会場で、ようやっと椅子に落ち着けたところで、声をかけられた。
恰幅のいい男性は少し窮屈そうなタキシードに着られている。新婦の父の登場に、未夢は慌てた。
「ハイ! …あ……えと、この度は本当におめでとうございます」
「ありがとうございます。 わざわざご両親の代わりにご足労いただきまして」
「いえっ、こちらの方こそすみません、勝手な両親なもので…」
わたわたと立ち上がった未夢に、教授は豊かにたくわえたあごひげを撫でながら、優しく笑う。

「綺麗になられましたな、未来くんにそっくりだ」
「…? あ、あの…?」
「小さな君を連れて、私の研究室に来てくれたことがありました。 あのときはまだ、どちらに似ているかもわからない、赤ん坊でしたが…
 今はこんなに立派なお嬢さんになって。 優しい色で、そのくせ芯の強い瞳は未来くん。 その身に纏う柔らかい雰囲気は、優くんだね。
 お嬢さん、お名前は?」
「未夢です。 母の…未来の未に、夢と書きます」
「未夢さん…“みらいのゆめ”、ですか…良い名を貰いましたね。 あのふたりは真っ直ぐ過ぎて、君を振り回すだろう?」

目を瞬いて、困ったように笑った。一層優しい微笑みで、教授は言葉を繋げる。
「どんなに遠くにいても、彼らの一番の夢はいつも君なんです。
 君のみらいが、彼らの夢であり、君が居るからこそ…彼らは未だ、夢を追うことができるんです。
 わがままな両親の、一番の理解者でいてやってください。 …そしていつまでも、彼らの夢であってください」
「……はい」
いつのまにか緊張がとけて、目に涙が溜まっていた。教授につられるように、未夢も笑う。涙をこぼさないように、真っ直ぐに笑顔を向けた。


「…ところで、彼は君の大切なひとですかな?」
「「え?」」
二人の会話を見守っていた彷徨に矛先が向かう。自然に声が揃った。
「…え、えっと、か、彼はわたしが今、お世話になっているおうちの息子さんで…」
「初めまして、西遠寺彷徨です。
 …本来なら父が代役を務めさせていただくところなのですが、うちも放任というか勝手なもので、彼女を預かりながら自分も海外に出てしまっていて。
 大変恐縮ですが、僕が彼女のエスコート役として…」
「なるほど、代理の代理ですな? ほっほっほ…しっかりしたナイトがいらっしゃるようで、だからお父上も君に彼女を託せたのでしょう。
 優くんが泣く日も近そうですなぁ」
笑い声が高い天井で反響する。その意味を解って僅かに頬を染めた彷徨を、ハテナ顔の未夢が何気なく見上げる。
そんな合わない若い二人に、教授はなおさら豪快に笑った。
「ほっほっ…こりゃ少し意地悪が過ぎたかな? 堅苦しい場ですが、楽しんでいってください。 未夢さん、ご両親によろしく」
「あっ、ハイ!」

「…ねぇ? なんでパパが泣くの?」
「……知らね」
乾杯の挨拶を聞きながら彷徨に訊いてみたけど、未夢の疑問は疑問のまま、ジンジャーエールの泡に溶かされた。



こんばんは。杏です。いつもご覧いただきまして、ありがとうございます。

新郎新婦はほとんど出てきませんね(笑)
いいんです、大事なのそこじゃないから(^^;
だってだって。司会の方の話って…結構聞いてないもんですよね…
その辺が書けなかったってのも、大きな理由です。。(言い訳)

そして冒頭のくだり。
ワンニャーが説明を求めるのは、常に彷徨くんです。未夢ちゃんに求めてちゃんと理解できるなら、そもそも会話が成立しているはずですしw
ちなみにみなさんお察しのとおり、あれは神前式…キリスト教式だったので、
彷徨くんにいいの?と訊ねた訳でございます。
でもきっと、未夢ちゃんがここまで単語オンリーで話すのは、彷徨くんにだけだと思います。本人は無意識でしょうけど。

拍手、コメントありがとうございます!
次回もよろしくお願いします。

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