toi et moi

作:

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「早くしないと置いてくぞー」
冷たい土間がさらに空気を尖らせる、広い玄関。そこで待たされるのは、昨日も一昨日も、もちろん今朝も、彷徨。
「はいは〜いっ! 今行くよぉ〜!」
バタバタと騒がしい足音に、あまり焦る様子のない未夢の声が重なった。

靴をひっかけたつま先を土間に叩きながら、ワンニャーに抱かれたルゥの頭を撫でる。
「ルゥくん、今日もいい子にしててね〜。 いってき…」

「おっはよ〜っ!」
「「「わぁっ!」」」

条件反射で、彷徨は開きかけた引き戸を思い切り閉めた。
ワンニャーがルゥを連れて退散する間に、二人は顔を見合わせて、ガラス戸に映る人影、この寒い朝にハイテンションで目を輝かせていた人物に思い当る。よく知るその声と姿は、間違いようがない。
「「…………」」
頷きあって、二人で戸に手をかけた。ピシャリと閉ざされた向こう側で、彼女はおとなしく待っている。
おそるおそる数センチ開けたところで、残りは自動ドアのごとく。外から伸びてきた手に強引に押しのけられた。


「おっおはよー小西!」
「ど、どーしたの、綾ちゃんっ」
ぎこちなく片手をあげる彷徨と引きつった笑顔で訊ねる未夢の並ぶ肩の隙間を覗きこんで、朝の訪問者は無人の玄関内を見渡した。
「あっれぇ〜? 今、ルゥくんが犬みたいな猫みたいな変な動物に抱かれてた気がするんだけど…」

「きっっ気のせいよ、気のせいっ! そんな変な動物いるワケないじゃない! ねぇ、彷徨っ!?」
肩を震わせた未夢が慌てて綾の眼前に身を寄せた。その隙に向こう側を閉ざした彷徨が、大きく頷く。
「あぁ! そんな変な動物、うちにはいないぞぉー!
 それより、どーしたんだよ! 朝からこんなところまで上がって来なくても、学校で待ってれば…」
「ううん! 一刻も早く頼みたいと思って!
 ねぇ、未夢ちゃん! 未夢ちゃんにお願いがあるの!」
「お、お願い…?」
爛々と躍る綾の目に、未夢は背を反らす。固まる背筋は嫌な予感を十二分に感じている。

「女子のソロパート、未夢ちゃんにやって欲しいの!」
「…………。 …そろ?」


「えぇぇぇぇっ!? ソ、ソロぉ〜〜〜〜〜!?? むっむむむ無理だよぉ〜〜〜」
隣で“お願い”を察していた彷徨は、やっぱりか、と自分の予想にひとり、納得していた。
いつものポーカーフェイスの下ではガッツポーズ。
誰かとやらなくてはならないなら好きなやつがいいのは、きっと彷徨じゃなくても同じ。歌とはいえ、ちょっとしたラブシーンだし。
それとは別に、未夢とならやりやすいだろうとも思う。

「未夢ちゃんなら大丈夫! 歌上手いし、西遠寺くんとの息もピッタリじゃないっ! 何より、ふたりだと画になるのよね〜っ!
 一応、四中代表ってことで制服で、って衣装は却下されたんだけどね、こっそり、こう、どっかのお笑い芸人とかコントみたいに、引っ張ったらビリッて衣装替えー!…みたいなのにしてね、ラストシーンには華やかなドレスに変身させたいと思って!
 10日くらいしかないから、衣装は演劇部にあるのでいくつか考えてあるの! あ、西遠寺くん、昼休みって空いてる? 部室まで衣装合わせに来て欲しいの! もちろん、未夢ちゃんも!
 それでね、破れる制服の方はすでにななみちゃんと昨日打ち合わせて、制作に取り掛かってまーすっ! これは遠目に制服っぽく見えればいいかなーって感じだから、早ければ明日には出来ると思うの! それでねっ…」
「あ、綾ちゃん、わたしまだやるって言ってな…」
ぽんっと肩に彷徨の手が乗る。未夢が見上げると、黙って首を振られた。
まくし立てる綾に未夢の声は届いていない。
諦めろ、と目で言われた。
「………っ」


この後、ひとしきり話し終えた綾は先生に台本を確認してもらうんだと、猛スピードで石段を降りていく。
それを呆然と見送る二人は、おふたりとも、遅刻しちゃいますよぉ〜と一部始終をこっそり見ていたワンニャーに声をかけられてようやく我にかえり、遅刻ギリギリで校門へ滑り込んだ。



◇◇◇


「さぁ! 徹夜で仕上げた台本も、先生からオッケーが出ました! 台本って言っても、長々と喋る訳にはいかないので、セリフはちょこっとで、並び方や振り、移動時の位置関係なんかが書いてあります!
 大きな動きがあるのは主役のふたりだけで、周りのみんなは小道具で星とか風景とか表現したり、ふたりのフォローしたりって感じになると思いまぁーす!
 まぁ今回は30人以上が全員舞台上にいなきゃいけなくて自由がきかないから、やってみて不都合があれば変えてったりするので、みんな臨機応変によろしくぅ〜!」
手裏剣のごとく、全員に台本が配られる。綾の説明を聴きながら、各々が薄い冊子の表紙をめくった。
「――で! 要の女子のソロは未夢ちゃんにお願いすることにしましたぁ! やっぱり西遠寺くんの相手は未夢ちゃんよねーってことでェ〜…」

(げっ!)
(クリスちゃんも練習は見てるのに〜〜〜!)
慌てて避難の構えをとったクラスメイト。昨日のうちに、不参加ではあるが練習は一緒に、と申し出ていたクリスに注目が集まった。
手元の台本を流し見たクリスが、感じた視線に顔を上げ、石化している未夢ににこりと微笑む。
「わたくしも昨日、おうちでピアノを弾きながら思い出してましたの。 未夢ちゃん、わからないところがあったら遠慮なく言ってくださいね」


しばらく音楽室は静まり返っていた。
その瞳が怪しい光を放つときが今か今かと、華やかな笑顔の下から覗いているようで、全員が息を詰めて身構える。
ごくりと、誰かが喉をならした。

「……未夢ちゃん?」
待てど暮らせど返事をしない未夢をクリスは心配げに覗いた。
何も起きない。
「へ…………?」
彼女はいつもの彼女であり、いつもの展開と違っていた。目の前の光景が信じられずに、一同が唖然とする。
「そんなに緊張なさらなくても、未夢ちゃんなら大丈夫ですわ。 わたくしも練習はお手伝いしますから、ね?」
「う、うん…ありがと…」
慌てて頷いた未夢に、クリスは口元を小さく上げた。

「じゃ、時間もないから、台本見ながら一回通してみよ――!」
元凶の綾も、事が静かに過ぎたことにほっとしていた。ななみに小突かれて、ちょっとだけ反省をして、仕切り直し。
早くも綾は監督モード。丸めた台本をメガホン代わりに声を上げると、クラスメイトたちはそれぞれ、自分の立ち位置を確かめて動き出した。




いつもありがとうございます。
クリスマス過ぎましたが、2話です。
サンタさんは私にパソコンをくださいませんでした。ちぇっ。(笑)

綾ちゃんじゃないですが、舞台に人が多いと表現が難しいです。
だから学校ネタ避けてたのかも…。
あ、曲はイメージしているものがあります。作中に名前は出しませんが、いつかわかるかなぁ?ヒントはサル。…で、ラストのラブシーン(じゃないけどw
歌のところの表現をどうしようか、悩んでます。(だから1話の未夢ちゃんはラララなのですw
実況になっても微妙だし。歌詞が必要になれば、それも考えなきゃ…大変だ(^^;

さて、この先は年内に上げられる気がしません。(上がればラッキーですが。)
ですので…。

みなしゃん、今年もお世話になりました。
細々ながら書き続けられるのは読んでくださるみなしゃんがいてくださるからです。
ありがとうございます。
今年の目標はどうにも達成できてないので、来年に持ち越しになりそうです。
来年もまた、お付き合いよろしくお願い致します。
良いお年を…。

2014年末 杏


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