toi et moi

作:

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「起立、礼―――」
クリスマスが差し迫った、ある日のホームルーム。
つい先ほど、最後の期末テストの答案が返された2−1の雰囲気は、重さと明るさが入り混じる。
明るい表情の生徒の中には、三太のような開き直り勢も若干名。
「ねぇみんな! クリスマスの予定は決まった!?」
教室に入ってくるなり、ウキウキと教卓から身を乗り出した水野。一同はぽかんと静止してから、徐々にざわつき始めた。

「クリスマスかぁ、うちはケーキ食べるくらいかなぁ」
「この答案じゃお目当てのブーツは厳しいかもぉ〜〜〜」
「カノジョでもいれば、……なぁ…」
それぞれに巡らせるクリスマスの予定。
しかし、サンタの正体をとうに知っていて、かと言って一緒に過ごす特定の異性はなく、それでいて家族と出掛けるにも心弾むような歳でもない彼らのスケジュールは、ほぼ、曖昧だった。

「うちは…」
(あるのかなぁ、クリスマス…)
ちらりと見やった彷徨は、周囲の話題に我関せずといった様子。けれどその視線は教壇の水野の方ではなく、黒板の上に掲げられたクラスのスローガンに向いている。
(…あ、考えてる。 じゃ〜彷徨さんにお任せしますかな〜)
寺でクリスマスをやるなんて、本当は違和があるのだろうというのは、察するまでもなく。
けど、それでもルゥやワンニャーのために、そして自分のために。彷徨はちゃんと考えてくれているから。


「そうよねーまだみんな中学生だもんねぇー、恋人とデートとかはほど遠いしねぇー…」
「で、なんかあるんスかぁ〜せんせぇ〜?」
勿体ぶるように頷く水野に訊ねた三太。待っていたかのように、水野はきらりと輝かせた目を三太に向けた。
「よくぞ聞いてくれたわ、黒須くん! 25日に平尾町文化ホールでクリスマスコンサートがあるのは知ってる?」

「「「コンサート?」」」

「その出演枠が急に空いちゃってね、みんなに合唱をして欲しいの!
 合唱コンクールでうちのクラスが歌った曲を校長先生が気に入ったみたいで、合唱部も押しのけて、ぜひうちのクラスにってお願いされちゃったのよ。
 ほら小西さん、ミュージカル風にしたいって言ってたじゃない! さすがにコンクールではできなかったけど…」

「が……っ」
「しょ、う……?」
「みゅーじかるぅ!?」

誰の声だかわからないが、誰もが同じような反応を示した。
「もちろん、基本は合唱だけど、曲に合わせてちょっとしたセリフを入れたりは可能よ! 多少の振り付けもアリ!
 ラストのデュエットも、動きがあればコンクールのときより華やかに…」

「…となると、並びをちょっと変えて、あっちがああなって、そしたらソプラノの方でこう…。 それから、衣装は…」
水野の口から“ミュージカル”の単語が出た時点で、綾の頭にはみかんが乗っていた。
ノートに簡単に描かれた舞台に、人の動きを示す矢印がどんどん増えていく。棒人間の上に吹き出しが浮かび、セリフが入れられた。


「―――ダ、ダメですわっ!」

「…花小町さん?」
ガタンと大きな音をたてて倒れた椅子。未夢の背後で勢いよく立ち上がったクリスは、両手を机についたまま、俯いていた。
うるさいくらいにざわついていた教室がしんと静まり、全員の視線が集まる。
覗くような角度の未夢にだけは、彼女の瞳が震えるように大きく揺れたのがわかった。
「クリスちゃん…?」
両手の指を絡めたクリスはぎゅっと指先に力を入れて、顔を上げる。考えていなかった注目に少したじろいだけれど、それを突き抜けて水野を見つめた。

「…あ、あの、わたくし、24日の終業式を終えたらすぐに、フランスへ行かなければなりませんの…」
一同はまたも騒ぎ出す。フランス人の母をもつ彼女が、母の母国へ行くことはさして驚くところではない、けれど。
「そう…仕方ないわね、25日はもう冬休みだし、無理にとは言えないわ。 他にも、予定のある人は言ってね!
 あまり日にちもないし、早速今日から、放課後や休み時間に練習を始めたいんだけど…」
「そうだよね、10月のコンクール以来、歌う機会もなかったし…」
「先生! クリスちゃんのパートは?」
「歌ってみて考えましょ! 音楽の先生にも、聞いてみようかしら?」
クリスはラストのソロパートを担っていた。男声のソロとかけ合う重要な部分で、最後にはその二人でハモる。
誰がやるのだと、即座に女子たちの視線が飛び交った。

「とにかく! まずは思い出すところから始めなきゃ! 小西さん! 台本はいつ頃出来るかしら?」
頭上にみかんを乗せた綾は、問いかけに答えることなく手を動かす。
「明日の朝には仕上がってまーす」
その様子を覗きこんで確かめてから、代弁したのはななみ。付き合いの長い彼女には、綾の手元の進み具合がわかるらしい。
「そう! じゃあみんなはこれから音楽室に移動して、とりあえず思い出してみましょうか!」

ぞろぞろと2−1の面々は教室をあとにする。
あまりにも当たり前に事が進み過ぎてしまって、出演を拒否するという選択肢は誰の頭にも浮かばなかった。




◇◇◇


「ラ〜ララ〜〜ララ〜ラ〜……なんだっけ」
「歌うなって! ただでさえ忘れてんのに、おまえに引きずられるだろー」
思い出そうと口ずさむ未夢と、頭の中で曲を流す彷徨。
「だって、歌わなきゃわかんないじゃない? 帰ったら譜面探してみよっと」
マフラーに口元をうずめて、はぁっと息をかける。はね返された吐息が少しの間だけ、じんわりと頬を温めてくれた。

言われた矢先の練習だったので、部活のある生徒が早々に抜けていき、今日は何度か歌っただけで解散となった。
手元に譜面もなく曖昧な記憶だけで歌ったものだから、歌詞は出てこないし、主旋律に引き寄せられて合唱と呼べるほどにもならなかった。
「…それにしても、なんでうちのクラスの曲? 賞にももれたし…」
「そりゃ、あれだろ――」
考える間はなかった。彷徨にはその理由がわかっているらしい。
なに?と未夢が首を傾げたのを気配で確かめる。
「あの映画、サルが出るから」
「あぁ、なるほど…」
もちろん校長本人に訊いたんじゃない。けど、それは想像に難くない。



「…にしても、あのソロまたやんのかぁー」
彷徨の深いため息は白く上った。

男声のソロは当初、望の立候補でスムーズに決まっていた。しかし練習を始めてみれば、彼は譜面どおりに歌ってはくれない。
余計なアレンジのせいでクリスとのかけ合いが成り立たずに、元々女子の猛烈な推薦のあった彷徨に白羽の矢が立った。
クリスが慣れるまではまた別の意味で成り立たなかったけれど、彼女がこの役を他に譲る訳はなく。

「学校では合わせられなさそうだよね〜」
(クリスちゃん、いるんだし…)
「俺も忘れてるし、ぶっつけ本番はキツいよな――…」
好きでやったことではないけど、やるからにはちゃんと練習したいと思う。
(ホントはやりたくなかったくせに……マジメというか、何とゆーか、ねぇ…)
そんなところが、好きだなぁ、なんて思ってしまうところだったり。眉間を険しくした彷徨に、未夢は肩を揺らした。

「彷徨は大丈夫でしょ。 女子のソロなんて今から選ぶんだから、歌う子は大変だよぉ〜?」
「あのかけ合い、タイミングが難しいんだぞ…。 それに、振りまで入るとなるとなぁ…」
「ふぅ〜〜〜ん…大変そうですなぁ〜」
盛大なため息が消えていくのを眺めながら、未夢はあくまで涼しげな表情。二人の声の重量がまるで違う。
「……他人事だと思って…」
「だって、ヒトゴトだもーん」
彷徨がいつもやるように、ペロッと舌を出す。小さく上がった肩を落としたとき、吐息にちょっとだけ嫉妬が混ぜられた。
ソロを歌う、彷徨の相手となる、誰かへの。
自分がやろうなどとは、微塵も考えていない。






こんばんは、杏です。
新作は、昨年は流してしまったクリスマスのお話。
完成してから上げていくつもりが、間に合いそうにないので、1話だけでも投下しときます。
年内も間に合わなさそうですが、冬の間くらいには完結出来たらいいなと思います。

パソコンの寿命が近いらしく、ホンっっトに作業させてくれません。。困った。。。
新しいの欲しい…。

さて、タイトルはトワ・エ・モア(あなたとわたし)。フランス語です。
サブタイトルまで統一出来ないので今回はナシですw
調べたら調べたになるのですが、英語にしろフランス語にしろ、みなしゃんに耳覚えのありそうな、一般的(?)な単語を使うのが私の信条なのです。
いつもタイトルは悩みに悩むのですが、今回は何故かすんなりと決まりました。
なんとなく降りてきた言葉でしたが、調べたら良い感じの意味で、よし、決定。って感じ。
いつもこうならいいんだけどなぁ〜。

さぁ!2話が上がるのはいつになるのか!?
次回も気長にお待ちくださいませ。。。

めりーくりすます☆



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