指先が届くまで〜after the POOLSIDE〜

ふたりの調和とミスマッチ

作:

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「…でねっ、ちょーっと長風呂したくらいで彷徨ったらね…っ」
聞いたことのある文句だな、と思いながら頷く。
午前中こそ話題を探したけど、レストランで昼食をとる頃には頭を捻ることなく会話ができるようになっていた。


『相手に喋らせること、あんたは聞き役! ちゃんと相槌うってれば、とりあえずはなんとかなるから!』
姉の忠告をきっちりと守ったつもりもないけれど、未夢が半分以上話すのは自然な流れだった。
女の子の口数の多さには感服する。
その大半が、中身のない、特に何でもないことなのは慣れっこ。下手に口を挟まないのも、相槌のタイミングを計るのも、必然的に会得した業だった。
姉の場合と違うのは、ちゃんとひとつひとつの言葉を聴き留めていること。


「…ちなみに、ちょっとってどのくらい?」
「えっ? えーっと…1時間くらい? 1時間なんて、長いうちに入らないじゃない? 長風呂するときはちゃんと最後に入るようにしてるし…」
そりゃあ、中学生男子には理解できない感覚だよな、と少し彷徨に同情。口達者な姉を相手に、武岡も似たような経験がある。
自分の場合は本当に早くして欲しいだけだったりする。
家族の甘えか、姉は未夢のように己のあとを気にすることはしないし、父も母もいるから、長湯を心配するのは弟の役目ではない。

「心配してんじゃない? 男は長風呂なんてしないから…」
最初の単語には幾つかの意味があって、あとのセリフはとってつけた言い訳。
彼らの環境と、彼がおそらく自分と同じ種類の思いを彼女に向けていることを考えれば、その心中は想像するに容易い。
「それは、まぁ……おじさんにも言われたけど………」




…まもなく、平尾町行きの電車が参ります――

「やべっ! 走れる? これ逃したら乗り換えで待たされるんだ」
「あ、うんっ」
階段の先に続くホームに、滑り込む電車が見えた。





“―――男所帯なんですから、この点だけは未夢さんご自身で気を付けていただかないと…”
ワンニャーにそう言われたのは、実はつい数日前。
湯あたりで倒れたのが脱衣所で、すでにパジャマを着たあとだったのは幸いだったけど、随分長いお小言をくらったものだ。





◇◇◇


「ただいま――…」
じりじりと焼ける真夏の空気が、玄関を一歩入るとほんの少し冷たくなった。
鍵は開いていたのに、返事がない。
不思議に思いながら、框に腰をおろして靴を脱ぐ。見慣れた小さなサンダルを見つけたとき、蝉の声に紛れて賑やかな声が聞こえた。
庭の方、水音が交ざっている。きっとビニールプールだろうと見当をつけて、音の方へ足を進めた。


「あっ、おかえりなさいませぇ〜早かったんですねぇ〜」
「ぱんぱっ!」
「おかえりなしゃ〜い、かなたおにいたん」
気付いたワンニャーが声をかけた。予想通り、庭にはビニールプール。ルゥとももかが楽しそうに水をかけ合っていた。
「あぁ…未夢は?」
「未夢さんは、まだですよぉ? わっ、いたたたっ! ルゥちゃま〜やりましたねぇ〜!」
ルゥが水鉄砲でワンニャーを攻撃。プラス超能力の水の弾は、子供用のシンプルな水鉄砲を数倍凶暴にする。
「まだ、って…サンダルあったけど」

玄関には未夢のお気に入りのミュールが揃えてあった。
昨日も一昨日もずっとファッションショーをやっていた未夢は、足元はこれと決めて、爪の色までコーディネートしていたはず。
「あぁ! あれはやめられたんですよぉ〜。 武岡さんとやらは背が高いので、もう少しヒールが高い方がいいらしくて、昨日ななみさんや綾さんと急遽買いに行かれまして…」
確かに、まだ日は頂上を過ぎた頃だから、早いなとは彷徨も思ったのだけど。
早々にデートを切り上げたことに、安堵したのに。それどころか、奴に合わせて靴まで揃えたなんて。

「おばたん、デートなんでしゅって? あいてにあわしぇたおようふくはキホンよね!
 しんちょうしゃはコイビトどーちのふたりにとって、とくにダイジでしゅもの! おばたん、いがいとわかってるじゃ…」
とどめを射すような、ももかの言葉。隣で青ざめたワンニャーが、慌てて口を塞いだ。
「もっ、ももかさんっ!」
「はっ! ル〜〜ゥ〜〜〜っ! あたちはそんなコトきにちないわよっ! あいしあってれば、しょんなことモンダイじゃないわっ!」
「あーいっ! もんもっ」
ももかはきょとんとしたルゥの頬にちゅっとキスをする。
ワンニャーがフォローして欲しいのは、そちらではなかったのに。恋人同士のデートではないけれど、ももかの発言は地雷でしかない。
恐る恐る、彷徨の顔を覗くワンニャー。起爆装置を踏んだももかではなく、この場合はおそらく自分に爆弾が投下されるだろうと思い至り、尻尾が硬直した。
「……か、彷徨さん………?」




賑やかなビニールプールの脇で、彷徨の沈黙にワンニャーも捕らえられて動けなかった。二人のこめかみから伝った汗は、暑さのせいか、はたまた他に原因があるのか。
「……あいつ…」
「えっ?」
とけた沈黙と一緒に、ようやくワンニャーの尻尾がぴくりと動いた。ルゥとももかも、水の中から彷徨を見上げる。
「…そんなんで、動物園なんか歩けんのか?」

「どーぶちゅえんっ!?」
ぱっと反応したももかが縁側に濡れた両手をついて、彷徨の方に小さな身を乗り出した。
ワンニャーはその内容よりも、爆弾が落ちなかったことにほっと息をついている。
「おばたん、どーぶちゅえんいってるの? いいなぁ、ももかもいきたぁ〜いっ!」
「動物園って、平尾動物園ですかぁ?」
「…この辺じゃ、そうだろうな。 まぁ、三太の情報だから、あてにしていーもんかは…」
表情なく、返答する彷徨。面白くないのは、当然変わらない。
けれど、別の心配の種ができたことに、ワンニャーは気がついた。
「あしょこって、しゅーっごくひろくって…」

「わたくしも一度ルゥちゃまと行きましたが、広い上に動物園自体が山の上にあって、駅からも結構歩きますよねぇ〜?
 中に入っても坂ばっかりで、わたくしは半分見るの諦めて帰ってきちゃいましたぁ〜」
きっとそんなことは知っているだろう。そのとき場所だけ教えてくれて、自分はいいと行かなかったのだから。
行ってみて、彷徨が遠慮した理由がよくわかったものだ。
本当はそれでも全部まわれるほどではあったのだけど、ここぞとばかりに過大な表現。

「たかいしゃんだるなんてはいてくトコじゃないわね〜。 ただでしゃえ、おばたんどんくしゃいのに…」
勘のいいももかも、ワンニャーに乗っかる。従姉妹のクリスには悪いけれど、この二人はこの二人だからこそ、対であるように思っていた。
ルゥの地球での親代わりだとか従兄妹だとか、そんな難しいことじゃなく、子供ゆえの確固たる“なんとなく”。

「ましてや慣れていない新しいものを履いて行くなんて…。 未夢さん、大丈夫でしょうか…」
「まんまぁ〜…」

「……………」




こんばんは、杏でございます。
良いペース!以前に比べれば遅すぎますが…。

前作よりもその後が長いってどーよ!?って感じですね。
あと1話じゃ確実に無理ですw
ももかちゃんは、突然来る子ですから。出る予定なかったんですよ、もちろん。
ま、うまく収めてくれたからいっか♪
大人びた彼女は助かりますね、これからもちょくちょく出そうかしら(笑)

連休中にもうひとついけると良いなー!
そろそろ15万御礼も考えなきゃな〜。15万てすごい数字…。
みなしゃん、いつもありがとうございます!

さぁ、彷徨くん!どうする!?
次回もよろしくお願いします。

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