作:杏
「あったぁ! 早く早くっ」
並んだ檻が途切れ、開けた芝生広場の一画にウサギの絵の描かれたゲートを見つけた未夢は、一目散に駆け出した。
「ちょっ、走らなくても…」
親子連れの多い広場は、ウサギをはじめ数種類の小動物に触れ合えるように仕切られている。
入り口の柵を越えたところで立ち止まった未夢は、目をキラキラと輝かせていた。
ウサギに群がる小さな先客。興味津々に、おっかなびっくりと。
それぞれに感情を思い切り表現しながらウサギに挑む、子供たちの邪魔にならないように、未夢はその後ろから屈みこんで覗く。
「ウサギふわふわ〜〜〜っ! ねっ、か…―――!」
振り返り、いつもの角度で見上げた場所には武岡の口元。その距離と、自分の意識下の幻影に、はっとした。
「……光月?」
「かっ、可愛いね! ウサギ…」
「う、うん…」
「どっっ、どの子がいいかなぁ〜えっとぉ〜…」
咄嗟のつくり笑顔がちゃんと笑えていたのか、自分ではわからない。慌てて、不自然にキョロキョロと周囲のウサギを見渡す。
「……あれ………?」
柵の隅に目を向けた未夢はすくっと身を立てて、そちらに歩き出した。武岡もその行く先に目を動かす。
「…おまえはなんでこんなトコに独りぼっちなの〜?」
ぴくぴくと丸い毛玉の先が動いた。膝をついた10センチほど先に、背を向けた茶色いウサギが一羽。
触れられるけどあえて手を出さずに、声をかけながらこちらを向くのを待った。
「光月! これこれ」
「あ、ありがと」
追ってきた武岡が未夢に手渡したのは、ゲートの入り口で売られていたニンジン。細くスティック状に切られた、ウサギに与えるエサだった。
「おぉ〜い。 ゴハンだよぉ〜? こっちにおいで〜」
ちらり、ようやく未夢の方を見たウサギは、けれど、すぐにふいっと顔を背けてしまった。別の方から寄ってきた白黒のウサギがくんくんと鼻先を近付けて、イタダキマス。
「ありゃ、キミもお腹空いてたの〜?」
「光月、これで最後…」
「いいの? ありが…あははっ、武岡くんモテモテだね〜」
最後の1本を差し出す武岡を振り返ると、彼はたくさんのウサギに囲まれていた。
未夢の手に渡ったと同時に、さっきのパンダカラーが食らいつく。
「あっ! あーあ、もぉ〜〜…」
「ねぇ〜〜〜〜おいでよぉ〜〜〜」
「他のにしたら?」
「う〜〜〜〜…」
「ほら、あの白い親子とか、光月みたいだよ?」
武岡が指差した方を見て、でもやっぱりと向き直って、初志貫徹。
「…この子が気になるんだもんっ。 ほらぁ、おいで〜?」
頑なな茶色い子に、未夢も頑としてにじり寄る。そぉっと背中に触れてみると、ぴくんと動いた。それから、ふっと力を抜いてくれた気がして、そっと抱き上げる。
「もぉ、素直じゃないなぁ〜」
頬のあたりを撫でてやると、さらに身を預けてくれたように感じた。
呆れたように唇を尖らせた未夢とへそ曲がりなウサギのコンビがなんだか可愛くて、武岡は肩を揺らす。
「…大丈夫? 懐きにくいのって噛んだりしそうじゃない?」
「ううん、平気。 あれ? また買ってきたんだ?」
「うん、コイツ訴えてくるんだもん」
自分の膝の子を覗く武岡が、他の子にエサを与えているのに気がついた。
「ふふっ、ななみちゃんみたい。 大食いですなぁ〜キミぃ〜」
手を伸ばして撫でたななみウサギは、少し赤みがかった茶色で、もこもこのくせにすらりとしている。未夢の手に構うことなく、ニンジンに夢中な様子だ。
「あ、あっちの子は武岡くんだね!」
「えっ?」
「ほらっ、脚速いんだもんっ! あ、あっちの子は綾ちゃんだぁ〜」
「………? なんで、あれが小西なの? 小西はこう、もっと周りを巻き込んでるイメージが…」
未夢が綾に例えたウサギは、仲間たちの中にはいるけれど、独りで佇んでいるように見える。あの演劇娘とは、どうにも結びつかなかった。
「あ〜演劇が絡んだときは、確かに…。 あのね、あの子、じっと動かないでしょ? だけど、耳はちゃんと動かして、周りを把握してるの。
綾ちゃんて、いつでも演劇のネタ拾ってるから、見てないようでいろんなこと見てるんだよねぇ〜」
(…なるほど……)
「よく見てるんだ?」
「うんっ! 何でもお見通しで、困っちゃうよぉ〜?」
「…じゃなくて、光月が。 いつも一緒だから、当然かな」
満腹になったらしいななみウサギの頭を撫でながらそう言った武岡を見て、ぱちくりと目を瞬いた未夢。
自分のことだと認識すると照れたように両手をバタバタさせて、慌てふためいた。
「やだぁ、そんなことないよぉ〜。 あっ、でね、さっきのパンダちゃんがクリスちゃん!
一色じゃないあたりがハーフのクリスちゃんっぽいかなってのもあるんだけどね、さっきの、この子に構うなって言われた気がして…」
ニンジンを奪ったのはそれが欲しかったからではなく、この子をとられそうになったからではないかと、思った。
ウサギの世界にもそんなのがあるのかな、と笑いながら、滑らかな毛を撫で続ける。
「じゃあ、……」
頬を柔らかくする未夢とは逆に、武岡はおとなしく身を委ねるそのウサギを硬い表情で見下ろしていた。
未夢が抱く茶色いウサギが。その連想でいくと、誰に当たるのか。
「? どしたの?」
未夢はそこまで思い至ってはいないらしく、きょとんと見上げてくる。
不意に抱かれたウサギも顔を上げ、視線が重なった。
「…いや、なんでもない…そろそろ、腹減らない? もうすぐ12時だけど」
「そういえば…。 ゴハン食べれるとこは、えっと…」
ごめんね、とウサギをおろして立ち上がった未夢は、バッグにしまっていたパンフレットを出して、首を傾げる。
この場所を見つけ出しもしないうちに、クスクスと笑われて。未夢は観念して、武岡に託す。
「行こっか。 奥の方だから、ウマとキリンと…ヒョウとかライオンも見て行けるよ。 熱帯館の方にカメレオンとかいるけど、どうする?」
「かめれおん…?」
「そうそう、こんなやつ」
「………!」
パンフレットの小さな写真を指して見せると、未夢は固まった。ぎこちなくつくった笑顔が、ひきつっている。
「え、遠慮しても、いいかなぁ…?」
「うん、だと思った。 光月の好きなとこ行こう」
「…ありがと」
未夢はくすぐったそうに肩をすくめて笑った。
何度見ても、二回と同じ笑顔はなくて、ドキリとさせられる。
頬が熱いのは日差しのせいだと、自分に言い聞かせて。未夢にはそれを見られたくなくて、武岡は真っ直ぐに前を見た。
(――さっき、絶対睨まれたよな…)
勝手に彼だと例えたウサギにまで、鋭い視線で見上げられた。彼本人に見張られているようで、辛抱たまらず昼食に逃げたのだ。
柵の向こうの動物に夢中な未夢の隣で、思わずため息。
(デートなんか、したって…)
弱気な自分が顔を出して、やっぱり勝てないんだと、ちくりと胸を刺す。
さっきのウサギの視線と、あのときの彼の瞳が重なった。
さすが美少年と言うべきか、彼の目は強い。睨まれなくても、その視線を受けながら彼女に声をかけることは凄まじい努力と気力と体力と…とにかくいろんな力を遣う。
寿命さえ縮みそうなそれを考えると、今日のデートの価値が急に背中にのしかかってきた気がした。
「……武岡くん?」
「えっ!?」
「どうしたの? 暑い? 疲れた?」
現実に引き戻されて、ぶんぶんと首を振る。
(そうだ、せっかくのデートなんだし…!)
「なんでもないよ、行こう?」
勢い任せで、手を差し出す。…つもりだったけど。それはなんとも、実行し難いことだった。
(…ダメだよなぁ、おれ………)
こんばんは、杏です。
ウサギで1話埋まりました。ほほっ、まだ午前中らしい…。
いいさいいさ!終わりが見えてきたから!たぶん!
今回、サブタイトルは扉絵のアオリ文っぽくしよう!がテーマ。
出来てない回もあるけどね。えへへ。
絵が描けたらなぁ〜〜〜…とつくづく思います。描ける方は尊敬です、ホント。
さぁ、彷徨くんは今頃何してるのかなぁ〜?
そろそろ帰ってきますよぉ〜。ワンニャーが大事な一役!しゃしゃりでちゃいますよぉ〜。
ってなところで、また次回!
お読みいただきありがとうございましたぁ〜っ!