指先が届くまで〜after the POOLSIDE〜

あっち、こっち、どっち?

作:

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「あ、可愛い〜っ」
未夢が見つけたのは、小さな卵型の物体。棚にはピンク、水色、黄色など、淡いパステルカラーのたまごたちがひしめき合っている。
「ルゥくん、喜ぶだろうなぁ〜」
ウキウキと鼻歌まじりに選ぶ。手にとって、耳元で揺らして、どれにしようかと指差し、選択。
(か、み、さ、ま、の、ゆ、う…)
あと少しのところで、指が止まった。つんつん、指先でたまごの頭を揺らして、考えて。
すーっと指を振り出しに戻す。
「…ほ、と、け、さ、ま、の、ゆ、う、と、お〜〜…りっ! これっ!」
両の手のひらに乗せたのは淡いグリーンのたまご。顔を上げて、それも目の高さまで上げたら、たまごの向こうに自分を覗く頭が見えた。

「っ!? 武岡くん!?」





「声かけてくれればいいのに…」
両手で覆って、熱い頬を隠す未夢。
「ごめんごめん。 なんか、…可愛かったからさ」
「そ、そんな…わたしなんか……」
ますます熱の上る頬を隠すように、首をすくめる。胸に抱えた小さな紙袋がカサリと音を立てた。
「何入ってるの? そのたまご」
「あっ、これ? 入浴剤だよぉ〜。 中に動物のフィギュアが入ってるんだって。 何が出てくるかなぁ〜」


(なんか、なんてことないのに…)
学校中に未夢を気にかけている男たちがたくさんいる。
自分の友人、水泳部の先輩後輩、お節介にも姉が逐一教えてくれる、知らない名前。それだけでも両手の指を優に折り返す。
胸元の小袋に話しかけるように、ルゥくん喜んでくれるかなぁ、なんて言ってる未夢を見たら、好意を寄せていなくても見とれてしまうと思う。

「西遠寺さえいなけりゃ…なぁ…」


こんな可愛い子に“わたしなんか”と言わせる原因は、彼が大半を占めている。
勉強も運動も出来て、委員長までこなして、女の子を鈴生りにして。
羨ましいほどに何でも持ってる彼は、男から見てもやっぱりイイヤツで。
彼女が己を卑下してしまうのは、近しい彷徨にあまりに多くの女の子が群がるのを見ているせいもあるだろう。
そして一番には、彼が何も知らない彼女の隣で、静かに男たちを牽制しているから。
彼がいるからこそ彼女と出会えたのだけど、ぶっちゃけてしまえば、自分を含め彼女に気がある者にとってはどんなライバルより疎ましい存在で。


「彷徨が、どうかしたの?」
未夢に訊かれて、つい本音が声になっていたことにようやく気がついた。
「えっ、あ、な、何でもないよ!?」
「武岡くん、彷徨と…ケンカでもしたの?」
慌てる武岡に、未夢は心配そうな音で訊ねる。あの日以来、彷徨と武岡の間に、何だかわからない“何か”を未夢は感じていた。
元々、三太のようにいつも一緒なほど仲が良い様子ではないけど。ここ数日の距離感は異常。
「…や、別に、何もない、よ…?」
「そう…? なら、いいんだけど…。 ね、このウサギのふれあい広場行ってもいい? これってどっちかな?」
未夢は周辺の建物を確かめながら、右へ左へクルクルと地図を動かしてみる。
現在地も方角の観念もないのか、地図ばかりか自分の身体まであっちこっちとまわり出す。
「あ、あれっ?」
終いには、小首を傾げて入場口から来たであろう道を指でたどり始めた。

「…光月、地図貸して?」
笑いながら手を出した武岡に、未夢はパンフレットを渡す。すぐに読み解いて歩き出した彼に、黙って続いた。
「もしかして、方向音痴?」
「そんなことないんだけど…地図ってなんか苦手で…。 そ、それにほら、こーゆーとこ来ると方向感覚なくならない?」
弁明しようと必死な未夢が武岡を見上げる。必然の上目遣いにたじろいだ武岡は、もう読む必要のない地図に目を落とした。
それでも、同意を求める未夢の真剣な、ねだるような瞳は視界の外には消えなかった。
「なくならないけど、…でも女のひとって地図とか苦手みたいだよね。 うちの姉ちゃんもよく地図まわしてる」
「でしょっ!? よかったぁ、わたしだけじゃないもんね〜」
パッと笑顔になる。得意げに頬と眉を上げる。
今まで遠くから見ることしかできなかった、他の誰かに向けられていた愛らしい百面相が、自分にだけ向けられる。
(………アイツ、すげーよな…)

他でもない、彼しかいない。
毎日こんな表情を向けられて、平静を保てるのが。自我が先走らないのが。


様々な顔を見せてくれる未夢にドキドキと速めの鼓動が落ち着かない。
いつの間にか緊張は解けた。否、緊張を感じる隙さえなかった。





◇◇◇


「…なぁ、どーすんだよぉ?」
「あ、三太、あの木」
「どれどれ?」

追出山の林の中。遊歩道から数メートル入った場所でやかましく声を上げるのは、頭上の蝉たちと、前を行く三太。
抜け殻を採り、昆虫たちが好みそうな木を探しながら、さっきからこの手の質問がずっと投げられている。
何を、とは言わないけど、わかっているから訊くことはしない。
「うぅ〜〜〜〜ん…、ま、一応覚えとくかぁ〜」
自前の地図らしきものに印をつける三太。遊歩道にすら目印はなく、景色が変わった夜に本当に見つけられるのかと、彷徨は甚だ疑問に思う。

夜に付き合う気もなければ、蝉だって持ち帰ろうとは思っていない彷徨は、適当にそれらしい木を指しただけ。
とは言え、好きなモノはとことん調べる三太にあまりに見当違いなものを指せば、余計に面倒なことになるのは経験則。
彷徨も一応は探しながら、そっちに話を持っていく機会を待っていたのだ。


「…あとはセミ捕れば気が済むのか?」
「そんなめんどくさそーに言うなよぉ〜。 一緒に楽しもうぜぇ! これやるからさぁ! な!」
「いらねーよ…」

ものすごく面倒臭そうにため息をつく。三太が差し出した抜け殻たちには目もくれずに、並ぶ木々を見上げて。
「なんでだよぉ〜キレイなやつしか採ってないぞ! ほらぁ、ルゥくんとか親戚のおにーさんとか! 喜ぶんじゃね?」
「かもしんねーけど……」
茂った葉の隙間を真っ直ぐに射してきた日の光に目を細めながら、そこから抜け出たおとなの姿を指差した。
ルゥが喜ぶなら、見せてやりたいとも思うけど。
(アイツは、…嫌がるだろうし)
自ら話を戻してしまうかもしれないと、継ぐ言葉に蓋をする。
二人で見上げた木の幹。時間が止まったように身を留めて、計ったタイミング。

「―――とった! へっへ〜ん、上手いモンだろ〜! よし、次いってみよ〜っ」


虫カゴが賑やかになるにつれて、それを肩にひっかけた三太の声のボリュームが比例して大きくなっていった。




こんばんは、杏です。毎回こんな時間に失礼します。。
いつもご覧戴きありがとうございます♪

動物園を出るまで、あとどれだけかかるのか…私にもわかりません。
親友コンビの後半は必要なのか!?私が書きたかっただけ!
全く書かないのもバランスが微妙かと思っただけです。

未夢ちゃんのデート服。
描いたイメージがどっかで見たことあるな〜と思ったら、アイキャッチでした。
みんなでポーズっ。…って感じのアレ。(わかりづらくてスミマセン…)
まんまそれってこともない(と思う)のですが、そんな感じで脳内アニメを妄想していただけたら(*^^*)

それでは、次回もよろしくお願いします。
そーいえば、予告した(?)拍手御礼も上げましたよぉ〜。
一時、凄い数になってたんですが、多すぎて出てきにくくなっちゃったかな?(現在6話公開中。)
整理しなきゃ、かなぁ…。


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