指先が届くまで〜after the POOLSIDE〜

爽やかな休日の朝は

作:

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「―――光月!」
駅へ向かう途中、もやもやとした気持ちを抱えたまま歩いていたら、横断歩道の向こう側から呼ばれた。
のろのろと顔を向けると、朝日の方向から人影が駆け寄って来る。

「…大丈夫?」
おはよう、と口を開こうとするより前に訊かれて、未夢は小さく瞬き。
「……信号、赤だから」
「え…っ?」
何が、と言いたげに見上げた未夢に少し頬を染めて、彼は行き先の信号機を目で指す。それに未夢が倣った瞬間に、赤い人物は消え、青い人が歩き出した。
誰もが家でのんびりとしていたい、日曜の朝。幸いに車の往来はなかったけど、武岡が声をかけてくれなかったら気付かずに渡っていただろう。
未夢が目にしていたのは、足元に続く縞模様だけだった。

「ありがと…。 早いね、武岡くん。 まだ約束まで30分もあるよ?」
「そりゃ……、…光月だって」
楽しみだったから、と繋げるつもりの本音が照れくささから逃げていった。
動かない二人に焦れたように、青信号が点滅を始める。
「…なんだか、早く目が覚めちゃって」
「うん…おれも」
行こう、と指差して歩き始める。半歩後ろに並ぶ未夢の速度に気をつけて、意識を注ぐ。
姉にアドバイスされながら、今日のプランも注意事項も、話のネタまで、練りに練ってきた。
それでも、私服姿の未夢を目の前にしただけで、テスト前以上に頑張った暗記が吹っ飛びそうだった。
(…か、可愛い……)
襟元の開いたふわふわのブラウスは朝日に透けて細い肩のラインを映す。短いスカートから、歩くたびに小さな膝が覗く。
いつもは遠目でしか見ない未夢が、隣に並んでいる。近い距離に心臓がうるさい。

「速くない? 大丈夫?」
「うん、平気だよ? いつも、このくらいだし…」
「そっか…。 速かったら言ってね?」
嬉しそうに頷く未夢の頬がほんのりと染まる。
彷徨は一度もそんなこと言ってくれたことないな、と思ってしまう。女の子扱いをしてくれないというか。
今朝だって、出掛けにいつものように軽口に始まったケンカをして。あと二言三言、言い合っていたら、未夢は間違いなく手を上げていた。
(優しいなぁ〜。 彷徨だって、せめて武岡くんの半分くらいの優しさがあれば…)

「…姉ちゃんによく言われんだよね、速すぎるって」
せっかく並んで歩いているのに、未夢の目を見ることが出来ない。
基本は行く先、チラリと彼女に目を向けるときは、歩く速さと同じテンポで揺れる、艶やかな前髪辺りにピントを置いて。
「お姉さん?」
「うん、1コ上の。 …そういえば、こないだの電話、ごめんね! おれが手間取ってたら、姉ちゃんが勝手にかけちゃって…」
「でんわ…? あぁ! あれ、武岡くんのお姉さんだったんだぁ〜。
 ワン…一緒に住んでる親戚のお兄さんが出たんだけど、タケオカさんて女のひとって言ってたから…」
「うん、姉ちゃん的には西遠寺に出て欲しかったみたいだけど…“せっかくだからあの西遠寺くんと一言でも話してみたかったのにぃー”ってボヤいてた。
…あ! 姉ちゃんはただのミーハーだから、気にしないで? 友達に自慢できるとか、思ってるだけだよ」
「あはは…別に何の自慢にもならないと思うけどなぁ〜」

(なんのフォローだよ、おれ…)
今日は話題に出さないと決めていた彷徨のこと。会って数分で、自分との約束は果たせなくなった。




◇◇◇

不機嫌極まりないとわかっているときに、わざわざやってくるコイツ。
彷徨はこの親友が時々わからなくなる。
どこかで例のデートが日曜だと聞きつけてきたらしい三太から、数日前から出掛けようとの誘いはあった。それをのらりくらりとかわし続けて、いつの間にか当日。
ご丁寧にも西遠寺まで迎えに来た三太は、完全装備。

「なぁ〜〜〜ヒマしてるんだろ!? 駅前のデパートに付き合えとは言わねーからさ! 行こうぜぇ、追出山!」
「なんでおまえとハイキングなんて行かなきゃなんねーんだよっ」

駅前のデパートの方が幾分マシな気がするが、三太なりに気を遣っての気晴らしなのだろう。どこへ行くのかは知らないが、未夢は駅で待ち合わせていると言っていた。

「ちっげぇよっ! とりあえずはセミ捕ってさぁ、抜け殻もあるだろーし、ちょ〜っと登ったとこには昆虫スポットがあってさぁ!」
「はぁ? 昆虫スポットぉ?」
「そうそう! カブトムシとかクワガタとか…」
「ちょ、ちょっと待て! …三太おまえ、奴らが夜行性なのは知ってるよなっ?」
「あったりまえじゃん!」
片手を目の前にかざして話を止めた彷徨に、三太はさらりと返した。
「夜まで追出山で待つつもりか!?」
「…………。 ははっ、まっさかぁ!」
追出山よりも険しそうな彷徨の眉頭をぽかんと眺めた三太は、ケラケラ笑い出す。
「いくらオレでもそんなこと言わねーよぉ! オレもこのスポットはこないだ聞いたばっかりでさぁ〜!
とりあえず場所確かめて、めぼしい木に印つけてぇ〜、周りの危険な場所も確かめとかなきゃだし、夜は入れないところもあるってハナシだし、万が一にも樹海の方に迷い込んだ場合に備えてさぁ〜…」
延々と続く三太の昆虫採集プラン。自分ちの玄関だけど、このまま放置して奥へ引っ込んでしまおうと、彷徨がそろりと一歩後退したところ。
三太はにゅっと腕を伸ばして彷徨を捕らえた。
「…っとまぁ、そんなワケで! 行くぞ、彷徨っ! 待ってろよ〜オレのヘラクレスオオカブトぉ〜〜〜〜!」
「そんなもんいねーよっ! つーかっ、俺は行くって言ってねーだろぉっ!」

気遣ってはいるけれど、方向性が100%自分の趣味なのはどうなのか。引きずられながら彷徨は顔をしかめていた。



「…おやぁ?」
騒動が静まったのを耳に留めて、ワンニャーはこっそりと玄関を覗く。その頭上ではルゥもきょろきょろと彷徨を探しているようだ。

「彷徨さんもおでかけのようですねぇ〜」
念のため、ワンニャーは周りを確かめてから、開けっぱなしの引き戸に手をかけた。
「ぱんぱ? なーないっ?」
「そうです、いないいないですぅ。 未夢さんはデート、彷徨さんも三太さんとおでかけですよぉ〜。
 今日はワンニャーといい子にしていましょうねぇ〜ルゥちゃまぁ〜」




◇◇◇


「―――ねっ! どこ行くの? 行き先、任せちゃっていいのかな?」
駅を目前にした交差点での信号待ちに、未夢が訊ねた。交互に指差したのは、隣り合って並ぶ、ふたつの駅。
「…っ! あ、う、うん…動物とか、好き?」
「動物園っ?」
間髪入れずに未夢は言い当てる。驚いたような、意表を突かれたような表情に、武岡は焦った。
(や、やっぱり子供っぽかったかな…)
「…あ、嫌なら、他にも……」
「行きたい!」
目を輝かせた未夢が、目の前に迫ってきた。思わず息をつめた武岡の顔が真っ赤になる。
「〜〜〜〜〜〜〜!?」

「………? ……あっ、ひゃあっ!」
沸騰しかけた頃にようやく未夢も自分の行動に気が付いて、ぱっと身を離した。
「や、えっと、ご、ごめん…。 ……わたし、動物園って小学校の遠足でしか行ったことなくて…。 あんまり、休日に家族で出掛けるってなかったし」
「そう、なんだ…」
髪の上の方だけを左右に纏めている未夢の横顔が何とも言えない苦々しい笑顔になった。
未夢の両親のことは、テレビで聞きかじった程度にしか知らない。
サラリーマンの父と専業主婦の母の家庭で、姉と育った自分とはかけ離れた休日を、きっと未夢は独りで過ごしてきたのだろう。
「あ、ごめんね。 武岡くんには関係ないし、そんな顔しないで? …その分、今はいっぱい家族で出掛けたりしてるし」
「そっか…」
肩をすくめた未夢が見上げる距離は、手を伸ばせば簡単に抱き込めそうなほど、近くなっていた。彼女は何でもないように隣を歩き続ける。
「わたしも、歳の近いきょうだいがいたら違ったのかなぁ〜」
これが“いつもの距離”なのかと気付いて、未夢から顔を背けて、苦く笑う。

(…あいつは?)
小さな呟きに、口をついて出かけたのは。彼女に一番近しい存在。
慌てて呑みこんだそれは、やっぱり苦かった。




こんばんは。杏です。試行錯誤の結果、こうなりました。
今後が不安ですが、道筋はなんとか出来そう。
焦りは禁物!でもやっぱ焦る!(笑)
ついでに拍手御礼をひとつ上げます!(←って言ってみたけどまだ何も書いてないw
こんなですが応援してくださって…みなしゃんありがとうございますぅ〜!
頑張るもん!
目標は、クリスマスネタに手を出せる余裕を持って、自分なりに納得のいく完結をさせること。まぁ…頑張りますが期待しないでください(^^;
ご覧戴きありがとうございました♪

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