作:杏
「―――また、かぼちゃ……?」
「えへへ〜作り過ぎちゃいましたねぇ〜」
昨晩と全く変わらない夕食。違うのは、味の染みたかぼちゃの色が濃くなったことぐらいだろうか。
今朝ももちろん残り物を食べ、弁当にもいつもより多めのかぼちゃが入っていた。
「明日はお肉にしましょう〜」
「やったぁ〜かぼちゃは当分見たくないですなぁ〜」
かぼちゃを頬張るワンニャーとひとしきり頷きあってから、はたと気付いて、またワンニャーと顔を見合わせた。
「「…………」」
“いいじゃん、かぼちゃ美味いし”とか、“じゃー食うなよ、俺が食べるから”とか、いつもならとっくに言われているはずなのに。
「彷徨さん……?」
一言も言葉を発しない彷徨は、二人の会話なんて聴いていなかったようで。ワンニャーに呼ばれてやっと顔を上げた。
「…ああ、悪い。 なに?」
「いえ、別に何もないのですが…。 どうかなさったんですか?」
「ぱんぱ?」
ワンニャーが問いかけ、未夢が首を傾げる。すでにミルクを飲み終わっていたルゥがきゅうっと彷徨の袖を掴んだ。
「………。 未夢、おまえ…」
「えっ? なに?」
「…いや、何でもない。 …ごちそうさま」
喉の奥で、訊きたいことが一進一退。整列を知らない単語たちが他を押しのけて外へ出ようとするけれど。
その数が多すぎて、結局全てが横並びに詰まってしまった。
何もなかったような未夢の表情に、進路を奪われた息までもが詰まりそうで、言葉も息も呑み込むしか出来ない。
息苦しさに歪んだ顔を見られないように、彷徨は自室へと戻った。
襖も窓も開けているのに部屋に籠る暑さが、身体中に重くのしかかるモヤモヤをさらに重くする。
「ぱんぱっ?」
背中を向けていた襖からひょこんと覗きこんだルゥが、体当たりよろしく飛び込んで来た。
自分の体温より、この部屋の空気より熱い熱の塊が、背後から柔らかくへばり付く。
「あっちーよ、ルゥ…」
「う?」
正面にまわり込んだルゥの両脇に手を差し入れて、ごろんと畳に転がった。“たかいたかい”をするように、そのまま腕を屈伸させてやる。
空を飛べるくせに、彷徨にそうされるのは特別に好きらしく、ルゥはきゃっきゃっと声を上げて喜んでいる。
次第に、ボールのように宙に放っては、キャッチ。飛距離が伸びていく。
ルゥだから大丈夫なものの、彷徨本人は無意識らしく、見上げた天井にも、ルゥにも、焦点は合っていない。
「ルゥちゃまぁ〜どこですかぁ〜? お風呂に入って、ねんねのお時間ですよぉ〜?」
居間の方からワンニャーの声。
放られたルゥが自力でそこに留まり、構えていた彷徨の両手は捕らえるものを無くした。
「…ルゥ、おいで」
ぱっと嬉しそうに笑ったルゥが抱きついてきた。上半身を勢いよく起こして、汗で張り付いた髪をくしゃくしゃと撫でてやる。
「一緒に風呂行くか。 な?」
「あーいっ!」
無表情だった彷徨が、ようやく笑ってみせた。
「…おまえはママ似だな」
「? まんまっ?」
きょとんと小首を傾げて目を瞬いた顔が、未夢にそっくりだった。
◇◇◇
「どーしたんだろ、彷徨…?」
何か言いかけて、止めてしまった彷徨の態度が気にかかっていた。彷徨が変だったのは、夕食のときだけではなくて。
(いつから…? 朝は、フツーだったよね…?)
未夢は身を浸していた浴槽に、顎先までを沈めた。遡る記憶。自然に、目線は斜め上に上っていった。
休み時間が終わって、席についたとき。トイレに行こうと教室を出るとき。それから、移動教室の往復だとか。何故だか今日は、異様なほどに彷徨の視線を感じた。
最初こそ、偶然か、自分が意識しすぎなのかと考えたけれど、あまりに頻繁で監視されているかのようだった。
いつも一緒に過ごしている親友たちもそれを感じているようで、昼休みには中庭へ行こうと言ってくれた。
『…ななみちゃんたちが連れ出してくれなかったら、わたしそろそろ、怒鳴り込みに行くとこだったよ〜。 なんだってアイツはわたしの行動を見張ってるのよぉ!』
なんて言ったらば。
『その前に爆発しちゃいそうな誰かサンが未夢ちゃんの後ろにいたからねぇ〜』
『うんうん! お弁当食べるの邪魔されたくないじゃない!』
彷徨の気持ちをわかるらしい二人は、そうはぐらかして何も教えてくれなかった。
このあとの話題は、今朝のデートのお誘いにすり替えられてしまって。
「……そういえば…」
思い返した今朝の出来事に、急にのぼせたように身体が熱くなった。
曇った鏡に映る顔が赤い。ぐるぐるとまわる、武岡のためらいがちな声、照れたような表情。
(どどどどうしよう…っ! 明日には返事しないといけないよね…。 あぁもう、予定ないって言っちゃったよぉ〜わたしのバカぁ〜)
『―――中坊のデートなんて可愛いもんだよ、気楽に行ってやればどーだ?』
(あああ…先生っ! 大人から見ればそうかもしれないけど! 当の本人は立派な中坊なんだから! そんな簡単じゃないのよぉぉぉぉ〜)
ばちゃばちゃと水面を叩いて、放課後の岩本に抗議する。
武岡には助け舟。さぁ、自分には。
「………」
親友たちは、別段止めはしないし。
(…彷徨、は……?)
呼吸が出来るギリギリまで身を沈めて、口から少しずつ吐息。
言えない想いが、泡になる。
賞品を知って、あの言葉の意味を考えなかった訳じゃない。答えを知るのが怖くて、見ないようにしていたのだった。
こんばんは、杏です。いつもご覧戴きありがとうございます。
デート当日まで、あと3話くらいかかりそうです…。その後なんて書き出したことに後悔してます。
でも未完でやめるのは嫌なので、もちょっとお付き合いくださいませ。
熱帯夜がどんなもんか、、もう忘れましたよ!夏らしい表現が出てこなくて困ってます(笑)
ちゃんと時節モノはその時期に書き切ることが大事ですね。
タイトル通りの物思い。
心の声がだだ漏れな未夢ちゃんと対照的に、彷徨くんが何を思っているのか、書いてないですね。ルゥくんとのやりとりからの、最後の一言につきます。ってとこでしょうか。
次回も早めに上げたいなぁ…冬になるし……。
そして、今年もハロウィン書けないなぁ…と、私も物思い。(遠い目)
ただハロウィンだけ、って訳にはいかないですからね。やっぱり。また来年に、薄い期待をいたしましょう(^^;
それでは、また次回もよろしくお願いします。杏でした。