指先が届くまで〜after the POOLSIDE〜

デートって…賞品!?

作:

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朝から蝉の声があちこちに響いている。予鈴3分前のギリギリの時間に、未夢は廊下を急いでいた。


「……あっ、光月」
教室前の廊下にいた人物が、小走りで未夢に向かってくる。
「武岡くん? おはよう」
「…お、おはよっ。 …今日はひとり?」
「あ、うん。 彷徨は委員会の用があるって、先に出ちゃったから」
「そ、そっか…」
真正面に向かい合った武岡は、彷徨が一緒じゃないことを確かめてほっと息をついた。
自分を待っていたように駆け寄ってきたのに、途切れた会話。不思議そうに見上げる未夢の前で、意を決めて背筋を伸ばす。
「あの、…今度の日曜って空いてる?」
「日曜?」
「どっか、一緒に出掛けないかなって…水族館とか、動物園とか、映画とか…」
(行き先ぐらい決めとくんだった…)
言いながら、武岡は思いつく限りの場所を提案する。どうやって声をかけるかばかり考えていた、昨夜の自分を呪った。

「うん、いいよ」
「えっ?」
「日曜は特に予定もないし…」
「えっ…、あの、ホントに!? いいの?」

返事を待つ、不安や期待に爆ぜる心臓の音を感じる間もなかった。
ニコリと微笑む未夢を、驚いて見る。未夢はそれに驚き、それからもう一度、頷いて笑った。
「うん、みんなに声かけとくね!」
(み、みんな…?)
「えっと綾ちゃんとななみちゃんとクリスちゃんと…あと、ミカちゃんとサキちゃんと…」
「ちょ、ちょっと待ってっ!」
最初に繰り返した言葉は声にならなかった。慌てて制するまでに、五人分の時間。
武岡はようやく、未夢の予想外の即答の意味がわかった。

「…え? ごめん、多かった?」
「いや、そうじゃなくて…あの、……」
「……?」
「…ふっ、ふたりで行きたいんだ! その、しょう、ひん…」
「賞品? …て、あの昨日の? デートグッズって…」

「デー、と……――――?」
ぱちぱち瞬く大きな瞳。
未夢にはまだ、“ふたりで”の意味が分かりかねている。


「わ、わたしとっ?」
日に焼けた頬に熱が上り、小麦色にほんのりと赤が注す。緊張させた口元を結んで、武岡が伏し目がちに頷いた。


(ええええぇっ!? でっっデートぉ〜〜〜〜〜〜!?)





(……思ったより、早かったな…)
二つ返事で了解したときには焦ったけど、やっぱり未夢は未夢だった。
耳に入るのは未夢の言葉にならない声。すぐにイエスと言えていないことに、一先ずはほっとするけれど。
(…ま、どーせ断りきれないんだろーな)
正直なところ。結果は見えていた。彷徨の希望とは、逆の方に。
あのお人好しが、あんな風に半ば“お願い”をされて、断れる訳がないのだから。

予鈴が鳴る。予兆のノイズを聞き留めて、彷徨は立ち尽くしていた角を曲がった。
チャイムと同時に、未夢たちの姿が目に入る。
「……西遠寺」
「えっ?」
先に気付いたのは、こちら向きの武岡。遅れて未夢が振り返る。
僅かに頬を緩めた表情が、この固まった雰囲気からの逸脱できてほっとしたせいだとわかっているけど。
実はもうひとつ理由があって。それを壊したのが自分であったからだとは、彷徨は知らない。武岡はそのことに気付いていたのに。

響くチャイムが蝉の声と交ざって、消えていく。


「…せっかく間に合ったのに、遅刻するぞ?」
カバンを持ったままの未夢を教室に促す。窓の向こう側の棟には職員室。担任を持つ先生たちが順々に席を立つのが見えた。
「えっ、あっ! じゃ、じゃあ、武岡くん! さっきの、またあとで、いい、…かな?」
「……あ、うん…わかった」


「悪いな、邪魔して」
「…いや……」
「“みんなで”、デートすんの?」
「…聞いてたのか?」
「職員室から丸見えだし。 ……指折り数えてれば想像つくさ」

半分本当で、半分は嘘。
彷徨が職員室に行ったのは、そこから未夢を待つ武岡を見つけたのは本当だけど。
未夢と挨拶を交わしたのは渡り廊下から見た。
角を曲がらずに、身を隠してくれる冷たい壁に背中を預けて、やりとりから推測される未夢の表情を思い浮かべていたのだった。

目を合わすことなく、未夢が開け放した戸に向かう。
嘘だけど、最後の言葉は誇張ではない。
自信を含んだ言葉に唇を噛みながら、武岡はその余裕の背中に続いた。




◇◇◇


眩しい西日が照りつける夕刻。
今日最後のチャイムを聞きながら、未夢は屋上でひとり、空を見上げていた。
背にした夕日の位置はまだ高い。けれどここに来た時より確実に、足下の影を伸ばしていた。
「どうしよう……」


「誰かいるのか―――? 下校時刻過ぎたぞ―――?」
「あっ、は―――いっ」
カバンを拾い上げて声の方を見た。顔に片手をかざして影をつくる、今日の戸締り当番は岩本だった。

「おっ、光月。 委員会はもう終わっただろ?」
岩本の方へ歩み寄りながら、未夢は黙って首を振った。
たまにこうやって放課後に残っていると、必ずそんな風に言われる。“彷徨待ち”だと。
だから、誰も居ないここに来たのに。下校時刻を過ぎればしょうがないかと、肩を落として岩本に笑いかけた。
「…なんとなく、です」
「そっか。 早く帰れよ、夏だっつってもいい加減に暗くはなるんだし。 おまえんちの方、街灯少ないだろ?」
「………はい…」
普通の一軒家なら、担任でもない岩本が知ることはないだろう。こればっかりは、彷徨の人気も関しない、また別の理由。
“平尾町の西遠寺”は有名。街を見渡せる高台のお寺は、逆に街の至る所から見ることが出来るから。
街中のほとんどの人が知っているその寺を、そこの息子が通う学校の教師が。超有名な生徒のその家を。
知らない訳がない。
そしてそれは、生徒たちも然り。

『日曜、家まで迎えに行くね。 あ、もしどっか行きたいとこあったら教えてよ』
昼休み、返事もまだなのにそう加えられて、とりあえず曖昧な笑顔だけ返しておいたのを思い出した。
そんなことされたら、もしかして彷徨と鉢合わせるんじゃないかと不安がよぎったのは、5時間目の号令を聞いたときだった。



「…そーいやぁ、武岡と、あれからどーした?」
「えっ?」
「デート、誘われたのか?」
「…なんで………」
ドアの鍵をしっかりと確かめた岩本が、踊り場まで先に降りていた未夢に訊ねた。
目を丸くして見上げた未夢の元まで降りる。
「おまえとのデート権があの水泳勝負の賞品だろ?」
「しょうひん? …デート、けん…?」
ぽかんと繰り返す未夢と同じ高さに立ち、その反応に、未夢が知らなかったことに気がついた。
「俺はおいといて、少なくともあの十数人は光月とデートしたーい、なんて思ってる訳だ。 モテますねぇ、光月サン?」
ニヤッと頬を片方だけ上げた岩本。黙って見上げていた未夢が、その意味を呑み込んで、かぁっと頬を染めた。

「……違いますよ」
慌ててうろたえるのを待っていると、未夢は意外にも落ち着いた音を返した。俯いたその顔を覗くと、困ったように笑う。
「…みんな、先生と同じですよ。 彷徨や、武岡くんと競ってみたかっただけですよ。 わたしなんか…」
(そんなことないんだけどなぁ――…)
なんとなく、それは胸のうちに留めた。

男子中学生の特有のガキ臭さというか、ある意味での面白さと言おうか、そういうものを岩本はよく知っている。
女子の手前で隠している部分を、男だけであけっぴろげに出来るのが、男女別の体育の時間なのだ。
自身が通ってきた道でもあるし、体育教師としてここ数年見てきたものである。毎年受け持つ生徒は変わるのに、言ってることもやってることも大差がない。
目の前の生徒の評判も、いろいろと岩本の耳に入っていた。
彼女の話題を悪戯に出さないのは、彼女のクラスの生徒ぐらい。気がない訳ではないだろうに、彼らが何を気にしてそうしているのか。そんなことだってもちろんお見通しだった。


こんばんは。杏です。
ご覧戴きありがとうございます。

とりあえず武岡くんがちゃんと動いてくれてよかったぁ♪
またしても予定のところまでいけませんでしたけどっ!まぁいいや!なんとかなるなる〜。
朝イチか、昼休みか、放課後か。悩みましたよ…今後も考えて。
今日が何曜日かは特に決めてません。今のところ。最初に決めちゃうと崩れたときに修復が難しいからww
でも最初のお話から3日目になるので、水曜日以降ですね。じゃー水曜か木曜ってことで!
さて、未夢ちゃんはオッケーします。でないと話が進まないから!
でもそれまでの彼らにはいろいろありますよ、やっぱり。だって好きなんだもん。
次くらいからはそんなそれぞれの気持ちが主のお話。またセリフ少なそうだなぁ〜。

ついったにも書きましたが(どなたか見てるのかな?w)、現在、別作にたまに浮気中。
前後編の予定。甘いの甘いの、ボウソウチュウイ。
それとは別に、今年はクリスマスネタが書けたらいいなぁ!

中途半端で放置されたプロットが未送信メールに散乱中。。
ホントはアナログにノートが良いんだけどね、思い付いたときにだーっと書き留めるには、メールが便利っ。
ただ、誤送信に注意が必要w
宛先は入れません!(笑)

ではでは、次回もお楽しみに♪

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