指先が届くまで〜after the POOLSIDE〜

等身大の高さで

作:

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「……好きなんだ、光月のコト」
「―――…!」
さすがの未夢にも、半信半疑ながらも予感はあった。
面と向かってそれを確かな言葉に変えられると、戸惑ってしまう。けれど、自分の心の向くひとは変えられない。
「あの、…わ、わたし…」
「…あ、いやあの、それだけ! それだけなんだ! …その、付き合ってとか言わないから、……ええっと、あの…ひとつだけ、いい、かな…?」
「……? うん…?」
語りかけるような静かなトーンが、不意に未夢を遮って、慌てた。不自然な抑揚が一呼吸置いて控えめな音になり、訝しみながら未夢は頷く。
二人は同じタイミングで息を呑んだ。
「…好きなヤツ、いるよね?」


「うん…」
「それって――…」
そばの路肩にタイヤを寄せたタクシーがハザードランプを点滅させる。同時にそちらを向く。
タイムリミットの合図。言葉の続きは目線に乗って、未夢に伝わった。
「…うん」
「…そっか」

「ごめ…」
未夢が言い終える前に、眼前に大きな手のひらがかざされた。武岡は左右に首を振る。
伏せられた瞳は未夢の高さから覗いても、その色を見せなかった。
「謝らないでよ。 …光月は悪いことしてない。 今日は、ありがとね。 付き合ってくれて」
「こちらこそ、ありがとう。 楽しかった」
「じゃあ、おれ帰るわ。 また明日、学校で」
頷いた未夢に背を向ける。途中、タクシーのそばから動かない彷徨を一瞥して。
ばいばい、と小さく手を振る未夢は背中で感じて。


「「…ありがとう」」

重なった感謝の声。
己の声しか聞こえていない、喧噪の中の小さな呟き。



◇◇◇


「…楽しかったのか? 動物園」
「え…っ、う、うん…。 今度は、ルゥくん連れてってあげたいな。 あ、でもこれからは暑いし、秋になったらかなぁ…。
 今日はお留守番させちゃったから、お土産買ってきたんだぁ〜。 ウサギ抱っこできるところがあってねっ、食欲旺盛な、ななみちゃんウサギとか、綾ちゃんウサギとか…」
難しい表情でタクシーに乗り込んだ未夢がパッと笑顔になる。他のヤツとのデートの話なんて、聴きたくないけど。
眉を寄せたままの未夢を見ているよりはいい。



「それから、電車おりて、武岡くんと、………」
今朝からの始終を話しきった未夢の弾む声が止まった。流れ的には、自分が割り込む直前だろうと推測。
言葉に詰まった未夢が先に顔を背ける。彷徨も同じように窓ガラスに顔を突き合わせた。
「…後悔してんの? アイツ、フったこと」
小さな窓に反射する相手と目が合った。あからさまなしかめっ面で、未夢は窓の外に視線を移した。
「…………」

住所ではなく、彷徨は行き先を西遠寺まで、と告げていた。
行く道を示す必要もないらしく、聞こえるのは無線の声ばかり。
後部座席を沈黙が支配する。運転手に申し訳ないとさえ思う、気まずい空気だった。

「……ないもん…」
「え?」
ポソリ。小さく唇が紡いだ車の音にかき消されそうな声を、彷徨は訊き返す。
「返事、してないもん…。 …付き合ってって言いたいんじゃないって…。 …その代わり……」
「…その代わり?」
「………。 あるひとが、好きなんでしょ、って。 …好きなひと、言い当てられちゃった」
「……へぇ…」

武岡が言っていたことは当たっていた。彷徨には見えなかった、未夢の視線の先。
「わたし、わかりやすいのかなぁ…」
ガラスに聞かせた独り言は彷徨の耳にも届いたけれど。聞こえないフリをした。




不意に、足元に置いたミュールが未夢の脚に寄りかかった。
原因のブレーキは柔らかなものだったが、不安定な足場に背の高いそれは簡単にバランスを失う。
身を屈めてそれを正した未夢は、少し大きく、明るい声を意識的につくる。
「でもホント、武岡くんに送ってもらわなくてよかったよぉ。 気付かれずにこれで石段上がれる気がしないもん! …ありがと、来てくれて」
「別に…。 悪かったな、デートの邪魔して」
素直に出た感謝の言葉。それと共に柔らかな笑顔を向ける未夢に、彷徨はいつも通りに素っ気ない態度を返した。
それでも未夢は笑って、静かに首を振る。
「……彷徨が、勝ってくれればよかったのにな。 ……武岡くんには悪いけど…」
「え…?」
「そりゃ、彷徨はわたしとのデートなんていらないだろうから? ただ誰にも迷惑がかからないように出てくれたんだろうけど。
 デートなんてやっぱり、…好きな人としたかったし」
憎まれ口のような口調を一転させて。くしゃりと前髪を掴んだ手で、未夢は顔を隠す。
窓ガラスに映った愁う瞳は、哀しそうに笑った。
「―――おまえ、……」




「―――あのぉ…」

チカチカと独特の音が鳴る。気が付けば、ここは目的地。
見慣れた石段が夕日を受けて赤く染まっていた。



◇◇◇





「「――あの、」」

赤い石段をゆっくりと上りながら、同時に互いを見た。三つ目の音こそ、“ね”と“さ”の違いはあったけど、それも耳心地よくハモる。
先も後もなくピタリと合ったタイミング。先にどうぞと訴える視線も、二人のちょうど真ん中でかち合う。
足を止めた場所だけが、一段ズレていた。

「……何だよ、言えよ」
「…彷徨こそ」
頑固なのはお互い様。譲ることすら、決めたら退かないのは互いによく知っていて、こんなときの平和的解決法は決まっている。
指にひっかけていたミュールを持ち替えて、未夢が拳を弾ませた間合いで、またハモった。
「「じゃーんけーん…」」
開かれた手のひらと、指を収めた拳。
「…ドウゾ?」
「……っ…」
勝った彷徨のパーがそのまま未夢を促す。自分のグーを見つめた未夢は悔しそうにそれを振った。

「…あの、どうして、わたしだったの?」
大人しく負けを認めた未夢は仕切り直しの呼吸をついてから、改めて彷徨を見る。
一瞬だけ彷徨の瞳の奥がたじろいだのは、夕焼けが隠した。
「…さぁ? 三太が決めた」
「三太くんが? ふぅん……。 望くんじゃないんだ」
「………」

望だとしても、三太だとしても。実はなんとなく、その理由は分かっていた。
どの女の子にも平等に優しい望だけど、どこか自分には特別に執着を見せている。ただそれは、ライバル視する彷徨の従兄妹だからであって、未夢自身に興味がある訳ではない。
妹のような存在の未夢が賞品なら彷徨が勝負に乗ってくるだろう、と勝手な提案をするのは、珍しいことではない。
三太は、親友たちと同様に、自分と彷徨の仲を誤解している節があるから。望以上に、半ば強引に決めてしまう。
好奇心旺盛な彼だから、勝負に興味も沸いたのだろう。
本当に訊きたかったのは、何故それを受けたのかということだったけど。最初の勢いを失ったら、負けた拳の中に握り締めてしまった。

「…それだけ?」
「えっ? う、うん…だって、これ以上は彷徨に訊いたって、しょうがないじゃない」
その場でどんな経緯があったのか、わかってしまうのは怖くもあった。そんな面倒な話を、彷徨がすんなりと話してくれるとも思わなかった。
「で? 彷徨は、なに?」
「…………」
自分の番が終わって肩を軽くしたのは、表情にも現れた。角張っていた声がほうっと緩む。


目の前にいるのはいつもの未夢なのに、どこかかしこまった雰囲気になる。
きっとこれから自分が口にする疑問と、いつもよりほんの少し大人びたオシャレをした、未夢のせい。
「彷徨?」
自分を呼ぶ唇がほんのり色付き、艶やかに夕日を撥ねる。
気付いてから、ずっと気になっていたこと。
「おまえ、…その、勝って欲しいヤツ、いたんだろ?」
待たされている間に未夢は一段の差を詰めていた。足下にあった目線がいつもの角度まで上がる。
彷徨と目が合って、その瞳を僅かに揺らしたまま、固まってしまった。


「わ、わたし、賞品、知らなかったし…」
「もし知ってたら? 誰に勝って欲しかったんだよ」
未夢の頬が染まって、目線が右往左往する。パタパタと未夢らしく振り回す両手が、その髪も踊らせる。
「なっ! なななんでそんなコト言わなきゃいけないのよっ!」
「あの中に…決勝にいたんだろ? おまえの好きなヤツ」
「…知らないっ!」
慌てる未夢に、彷徨はこと冷静に繋げる。まっすぐに、その目は未夢を見る。
「…やめとけよ。 アイツ、付き合ってるヒトいるぞ? 俺や武岡とただ純粋に勝負してみたかったんだってさ。 …アイツは賞品なんか知らなかったし」
怒りでも悲しみでもなく、名前のわからない感情が彷徨の中に渦巻き、募る。
苛立ちを噛みしめた奥歯が軋んだ。
「……? か、彷徨…?」
「おまえとデートとか、考えてる訳ないだろっ? いくつ離れてると思ってんだ…っ」
言葉と一緒に吐き出してしまいたい思う一方で、未夢にはそんなものぶつけたくないと、抑え込む。
反して、勢いのついた言葉は止まらない。
「中学生なんか相手にするかよ、……アイツだって一応、きょう…」


「――ちょ、ちょっと待ってよ、彷徨っ」




こんばんは。月内完結、ならず…!
せめて日付は変わっても、今日中に、と思ったんだけど、、もう一話必要になりました。
クリスマス、書けるかな…。
しかもキリのいいところがなくて、なんとも不自然な切り方です。あはははは〜…(涙)
なんだかなぁ…。
次回こそ、完結!
お楽しみに!また読んでやってくださいまし。
お待ちしております♪

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