残暑見舞いに西遠寺

第八話

作:

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「うちの孫も歳をとったの…年明けには初孫が生まれるそうじゃ」
「あら、それは素敵ですわね」
ほんのり緩む千代の頬に自分も嬉しくなって、ぽんっと佐和子が両の手を打つ。
「いつの間にやら、家も綺麗に変わっとったわ。 ほれ、りほーむとかゆーやつじゃ」
自分の時代にはなかった言葉を得意げに使ってみる。慣れないたどたどしさと違和感に、彷徨が笑った。

「リフォームっていうのよ、おばあさま」
「だから、りほーむじゃろ?」
「いいえ、リフォームよ」
「りほー…」

「どっちでもいーよ」
終わりのなさそうなやりとりに、呆れた彷徨が苦笑しながら口を挟んだ。
二人が揃って彷徨を見る。千代があからさまに目を見開いた。
「おお、忘れとった。 待たせたの、彷徨。 そろそろおまえさんがくってかかって来る頃だと思うとったんじゃ」
「じゃー俺の質問に答えてくれるってことだよな?」
本気で忘れていたらしく、そしてそれを隠す気もないらしい。
それを感じとった彷徨も、気にする様子を見せない。真っ直ぐに千代に向き合った。

「何故あの子にわたしたちの記憶を残したのかって?」
「それもだけど…そもそも何しに来たんだよ。 8年も姿見せなかったくせに」
「おまえさんの訊きたかったことはそんなことじゃなかったはずじゃがの…」
空を見上げた千代が軽く息をついた。佐和子は頭を縦に。千代の言葉に同意する。

「…どーゆー意味だよ? 俺はそれしか訊いてないだろ」
思わぬ否定に。自分の未夢への気持ちまでが、蹴られたような気がして、握りしめた両手に力が入った。
視線も語気もきつくなっているのは自覚しているが、その角を削れなかった。
「昨晩、会ってからはな」
「もっと昔に…彷徨が訊きたがってたことがあったはずよ? おばあさまとわたしは…それを伝えに来たの」
「………?」




◇◇◇


「またケンカでもされたんですかぁ?」
「え?」

スーパーからの帰り道。長い石段を登りながら、ワンニャーは未夢に訊ねた。
先を行く未夢が振り返って、数回瞬き。左右に結われた長い髪が独特の波を描く。
「……ケンカってワケじゃないんだけど…」
思い出してしまった彷徨の言葉が、未夢の表情を歪める。目の奥に上ってきた熱を呑み込んで、唇を引き結んだ。
自分より下の段のワンニャーは、俯いても視界に入ってしまう。
「…わたし、……」
心配そうに覗く瞳に見つめられて、織り混ざった想いが防波堤を越えようと。

決壊する。



◇◇◇


「――瞳ちゃんのことよ」
ふっと姿を消した佐和子が、西遠寺家の、―――瞳の墓の隣に現れた。
「…母さんの?」
その声に、その名に。彷徨が墓石に向き合うのは、必然だった。そういえば、ここは西遠寺で一番高い場所。瞳のそば。

「おまえさんはよう泣いとった。 宝晶がおらんときにの。
 宝晶がぜぇんぶ表に出してしまうから、幼いおまえが全てを内に閉じこめてしもうた。
 あやつがもっとしっかりしとれば……」
彷徨に大切なことを話しかけたはずの千代は、いつの間にかそれを宝晶への愚痴に切り替えてしまっていた。
「…彷徨、一度だけ寝言で言ったことがあったの」
「寝言?」
代わって佐和子が話し出す。しかし、双方の繋がる線が見当たらなかった。

「なんで……、なんで、母さんは居ないの?って…」
「…わしや佐和子は見える、他の者もな。 なのに何故、瞳だけが見えんのか、と……」
「……?」
「ほっほっ…さすがに覚えとらんか。 あの頃は何度も口を開きかけては、噤んでおった。
 訊いてはいけないのだと、おまえさんが懸命に堪えておったように見えとった…」



「な―――ご…」

「あら…おかえり、タマ」
「いつの間に木の上から消えたんだい? 気まぐれでいいのう…」
退屈な話に飽きていたのか、彷徨が気付かぬ間に木の上から居なくなっていたタマが戻ってきた。
喉を鳴らして、佐和子と千代の足下に交互にすり寄る。次の寝床を佐和子の傍らに決め、やはり我関せずと目を閉じてしまった。
「もとはおまえの鈴のせいだろー? 気楽なモンだよなぁ…」
素知らぬ顔でぴょこぴょこと耳だけを動かしている。

「さて、役者が揃ったところで…行ってみるかの。 準備はいいか? 佐和子」
「…ええ、わたしもタマも、いつでも」
「行くって、どこへ…」
佐和子に促されたタマがぴょんっと彷徨の肩へと移る。佐和子がニコリと笑って瞳を閉じた。

熱い空気が彼らの周囲だけすっと温度を下げた。
冷えた風が甲高い音で鳴き、竜巻のように足下から巻き上がる。
「うわ…!」


「きゃ…! 彷徨…っ!」

次の瞬間には。
墓石のそばに人影はなし。
無風のそこに佇むのは蝉の声だけ。







こんにちは。いつもご覧戴きありがとうございます。杏です。
どうにも上手くいかなくて、日々試行錯誤です。
アニメっぽく、なんて言いましたが、全くそんな感じにはならずに終わるかと思います。
方向が変わってしまって(^^;
AかBかと思ってたのに、第三の行き先が出現。AもBも上手くいかなかったので、思い切ってみました。
脳内アニメ化装置はちょっと感動のラストになってるんですが、それを上手く描けるのかワタシ…。

最近、新ネタが溜まってるので、浮気したい気分です(笑)
ひとつひとつ、仕上げていきたいと思います。
次回か、その次くらいで完結。
最後までお付き合いよろしくお願いします!




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