プールサイド

act8 喧騒の中の静寂

作:

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「邪魔はさすがに言い過ぎじゃないのかぁ? 西遠寺」
「……先生には関係ないですよ」

確かに、今のは少し言い過ぎた。
最後のあの一言が効いた。

“負けちゃえばいーのよっ!”


(ったく、ひとの気も知らないで…)

負ける訳にはいかない。デート権が欲しいのかと言えば、それでは語弊が生じる。
自分が欲しいのは未夢自身であり、相手の気持ちを無視したデートには意味がない。
その気になれば、二人で出掛けるくらい、一緒に住んでいる彷徨はいつでも出来る訳だし。
他のヤツにデートなんてさせられない。だから、負けられない。
つっかかってきた未夢に応えたのも、半分はパフォーマンスみたいなものだ。自分と未夢との仲を知らしめるための。

彷徨の狙い通りに、さっきのやりとりは注目されていた。
頬を膨らませた未夢まで晒してしまったのは、失敗だったけど。
その可愛らしい姿に頬を染め、口元を緩めたヤツらを一人も逃さずに睨みつける。

彷徨は何でも余裕で出来ちゃうからいいよね、なんて。いつだったか、未夢が言っていた。
余裕なんかない。今回の勝負は特に。いつだって、自分の精一杯をぶつけているだけ。ただ、その一所懸命を表に出すのが苦手なだけだ。

横からの視線。まだ自分を見ているのが、武岡だということを目の端で確かめる。
「…………」
今は敢えて、その余裕とやらを装う。口元に現れたのが余裕ではなく自嘲の笑みなのは、彷徨しか知らない。


用意、の合図に構えた六人。それを見守る方も、勝負の行方に各々身構えた。
辺りに一瞬の静がおり、水面を揺らす最後の波が薄く消える。
校舎からの声が遠く響く。
平行に並ぶ視線が静かに、そして激しくぶつかり合う。



―――ピッ!



「………おおっ…さすが決勝! 速い!」

我先に、と力強く泳ぎ出すが、拮抗する力は示し合わせたように一糸乱れぬ見事なスタートを切らせた。
歓声も実況する三太も、見惚れたように数秒動けず。
出遅れた三太がマイクを握り直した頃には、選手たちは全員、プールの向こう半分に行ってしまっていた。
「ほぼ横並びだぁ! 最初に抜け出すのは…!?」


男女比、3対7くらいのギャラリー。未夢は、きゃあきゃあと高い歓声の女の子たちだけを見渡した。
彷徨を呼ぶ声は圧倒的に多い。目立って聞こえるのはその数のせいだけじゃないとわかっている。聴きたくないから、聞こえてしまう。顔の表面が硬くなるのを感じた。
「…おお――――っと! 差が付き始めたか!?
 手のひら分のリードは第3レーン、武岡! もうすぐ最初のターン! さらに差を広げられるか、武岡ぁ――!?」
三太の実況は耳に入ってくるけど、未夢の頭はそれをシャットアウトしていた。

(彷徨は…誰を選ぶのかな……)
水音と歓声だけが耳に纏わりつく。たくさん人がいるのに、渦巻く思考に身を閉ざされた未夢は、独り真っ暗な場所に立ち尽くしている気がした。



「…光月さんっ! どこにいるぅ!?」
「―――うぇっ、あっ、はいっ!」

呼ばれてビクッと肩を震わせた。顔を上げる。突然に引き戻されて、変な返事になってしまった。
目の前のひしめき合う大勢の背中が、一斉に振り返る。
「あっ、いたいた! こっちこっちィ!」
「さ、三太くんっ?」
未夢から三太の姿は見えなかったが、ギャラリーの注目の先に自分の求めた人物がいるのは、三太には容易に見つけられたようだ。
自然と道が開いて、その向こう側に手招きする三太が見えた。


「やっぱ光月さんには特等席で見てもらわないと!」
「へ……?」
そばに歩いてきた未夢を見て三太はにかっと笑い、用意してあったパイプ椅子の座面をポンポンと叩いた。
座れと言うのはわかったけど、たくさん人がいる中で自分だけなんて気が引ける。
ぼーっとしていたけど、太陽に負けていた訳でもないし。そもそも三太に自分の姿は見えていなかったはずだし。
そんな特等席を用意される理由がわからない。
言ったきり、こちらには目を向けずに彷徨たちに集中してしまった三太にその言葉の意味を訊くこともできず、未夢は椅子を見下ろしたまま立ち尽くした。

「いーじゃん、座んなよぉ」
「そうそう、周りなんて気にしなくていいから。 ね、未夢ちゃん」
歓声の隙間に、ななみと綾の声がした。
親友たちが戻ってきてくれたことに驚く暇もなく、促されるままに。
「う…うん……」
独りでこの決戦を見守ることに心細さを感じていた未夢は、少しほっとして、そろりと腰を下ろす。
選手たちは二度目のターン目前。未夢にはその折り返し地点兼終着地点が遮るものなく見ることができた。







こんにちは。
いつもありがとうございますm(_ _)m
杏です。
今回、セリフすくなっっ!これでも増やした方だったり…(苦笑)
タイトルの通り、ギャラリーが沸く中で二人がそれぞれに自分の想いにふける瞬間を書きたかったのです。
語呂的に、「静寂」は“せいじゃく”より、“しじま”の方がいいかな?と思います。まぁ、どっちでも読者様次第で構わないのですが。。カッコ書きとかにするのはやなので(^^;
変なこだわり…ただの自分ルールです(笑)

中学校のプール、きっと25メートルですよね?
100メートル(おそらく自由形)にしましたが、これって中学生にどうなの??長い?
…まーいっかぁ(-x-;
まだ50メートルちょっと残ってます。うーん、、長い。。
もう少し、もう少し。頑張れ、彷徨くん!頑張れ、私!

そういえば、7話にちょっとした隠し川柳があるんですけど、どなたか気付きました?(^^*




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