作:杏
『じゃーさぁ、勝った方には優勝賞品を出すってのでどーだっ? 彷徨!』
『そんなもんに乗せられるかよ…』
『賞品がこれでもかぁ?』
プールに突っ込んで濡らした手で、三太は乾いたプールサイドに三日月を描いた。
『……………』
覗きこんでいた男子全員がざわめく。開いた口が塞がらないとはこのことだ。言葉が出ない。
そこに自分も、と言い出したのが武岡だった。
その挙手は“宣戦布告”。
(………武岡が、まさかなぁ…)
水泳をはじめ運動の出来るヤツで、体育では結構活躍していたけど、授業で手を上げたり、進んで人前に立つような性格ではない。
割と控えめで、人の輪の輪郭に立つ彼は、彷徨もノーマークだった。
「ここはこっちの公式で――……」
数学の授業を受けながら、未夢は窓の外に目を向ける。先生の声なんて、右から左。
(…そーいえば武岡くん、なんでわたしにあんなこと聞いたんだろ?)
親友たちはその意味を知っているようだったけど。
「…と、こうなる。 …じゃあ次の問題を―――……」
天使のような、と形容しても決して大げさじゃない笑顔にほだされてしまったけれど、やはり挑んだからには勝ちたい。
ただでさえ、水泳部の自分には有利なハンディ戦。エースの意地だってそれなりにある。
(光月はあんなふうに言ってくれたけど、やっぱり……!)
教卓をコツコツと叩いた先生の指先には、苛立ちが見て取れたはずだ。先の三人以外の生徒には。
「問い1、武岡! 問い2、西遠寺! 問い3、光月!」
「「「…え?」」」
一様に、顔を上げて目を瞬いた。もちろん授業なんて聞いちゃいない。
「おまえら、授業受ける気あるのかー? ほい、ちゃっちゃと前出て! 3分以内なー」
「「………」」
急かす先生に手招きされて、慌てて武岡が席を立つ。未夢もおどおどと教科書で解き方を探しながら立ち上がった。
歩く道すがら、友人たちに助けてと目で訴える。ひとりがこっそり教科書を指差してくれた。
「あ、あれ…?」
教えてもらった公式と黒板の問題は式の種類が違う。見れば他のふたつとも違う形。
(お、応用…これだけ……)
何かこの先生の恨みを買うようなことでもしたのだろうか。確かに、さっきの話は全く聴いていなかったけど。
「―――先生、俺が問い3やります」
「へ…?」
ガタン、と席を立った音がしたと思ったら、難問の前に立った未夢の斜め後ろからチョークを持った腕が伸びてきた。許可を得る前に、すらすらと数字を並べる。
「ほら、早くそっちやれよ」
「あ、ありがと…」
小声のやりとりを聞いていたのは武岡だけ。彷徨が手にしていた教科書の隅には、問い2の解答の走り書き。
「…………」
半分だけ解き進めた手元で、パキッと軽い音がしたけれど。
背後から唸る地鳴りにかき消された。
こんばんは、杏です。こんな学生らしいネタは、杏史上初じゃないでしょうか(笑)
中二の数学ってなんですか?因数分解とか?
数学は割と好きだったのですが、今さら解ける気がしませんネw
次回、きっと選手権が始まります。
最後に出てきた彼女も、事の発端の彼もちゃんと登場しますよ(^^;
学校ネタって登場人物が多くて困るぅー(><)
次回もお待ちしております♪