作:杏
「…あいつ、気にしてたぞ」
「えっ?」
「未夢に、嫌われてるんじゃないかって」
「………」
彼がお風呂に向かった途端に、彷徨がそう切り出した。
「そんなつもりはないんだけど…」
でも、振り返ればそうとられてもおかしくない態度だったかもしれない、と目線が宙を動き回る。
「ご、ごめんなさい…」
わたしをじっと見る彷徨の目が見れなくて、視線を落とす。それでも、彷徨の視線はこちらを刺したまま。
「…何に謝ってんの」
「わ、わかんない…、そんな風に見えてたんだなって…」
自分の友達にそんな態度とったら、友達の彼女に嫌われたら。
(そりゃ、イヤだよね…)
怒られる覚悟でそぉっと顔を上げると、…違った。
彷徨は何も言わない。
何も言わずにただ、いつものようにわたしの髪を指先で弄んでいた。
「…うん、あの、ね…? その、なんてゆーか、外人さん特有の、あのスキンシップに慣れないだけで…」
「……………」
「あ、あの…彼が嫌いとか、そんなんじゃ、ないから…。 普通に話してる分には、いい子だし…」
「……わかってる」
言わなくても、ちゃんとわかってくれてる。わたしの言葉を待ってくれる。
あぁ、好きだなぁ、なんて感慨深く思ったりして。
「ちょっと、イタズラがすぎるけど、ね?」
「…ホントに、な」
上目遣いに、髪を絡ませていた袖をつまんで笑ってみる。
彷徨も、吐息を漏らした。
「…俺だって」
「……?」
逆の手が、耳を掠めて後頭部に伸びる。こつんと、骨ばった肩に額が当たった。
「あいつが気安く触るの、何とも思ってない訳じゃないからな?」
「………うん」
あ、照れてる。
こんな時は、絶対顔を見せてくれない。わたしはいつも、この腕の中。
そしてこのあとは、…決まってる。
「未夢…」
「かな、た…」
いつの間にか、彼に感じた恐怖は消えていた。
むしろ、これから起こることに、身体が身構える。
どれだけ数を重ねても慣れないけど。
彷徨の大きな安心感に包まれていたわたしは、促されるままに視界を閉じた。