すぷりんぐ すとーむ

習慣

作:

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「オーイシ〜〜〜! ニクジャガって香ばしいネ!」
「…なんで肉じゃがが焦げるんだよ?」
「ごめん…ちょっと、ボーっとしてて……」

いつもなら、さすがにこんな失敗はもうしないんだけど。
自分でも、今日のはひどいと思う。決して火が強かった訳じゃないのに、気がついたら水分がほとんどとんでいて、お鍋には具材の形に焦げ跡がしっかり。

「アレックス、これは本来の肉じゃがじゃないからな?」
「? ジャーこれ、何デスカ??」
「………えーっとぉ〜…」
「ま、明日は俺がマトモな和食つくってやるよ」
「ホント!? Wow! オトコノリョーリってやつデスネ〜!」

(マトモな、って…。 ま、まぁ確かに、今日のはマトモじゃないけど…)
彼に間違った肉じゃがを認識させてしまうのは申し訳なくて、彷徨に反論もできない。

「ゴチソーサマッ! ネーカナタ! 今日もセントー行こうヨ!」
「今日は休みだぞー?」
「エ〜〜〜〜〜! Last nightにモー一回行きたかったのにィ〜!」

「ラストナイト?」
「帰るの、明後日じゃないの?」

あと2日。自己嫌悪しながらも毎日指折り数えていたから、間違ってはいないはず。
不思議そうに繰り返した彷徨と顔を見合わせた。ってことは、やっぱり間違ってない、のよね?

「Ah! ハハウエからmailがあってデスネ〜、カナタにメーワクだから一日でも早く帰ってコイとォ〜…。
 ザンネンながら、明日のticketがとれちゃったデスヨ〜」
「そうなん、だ…?」
大げさに嘆く彼に戸惑いながら漏らした言葉が、彼のトーンとは真逆に喜びを含んでしまった。
我ながら、失礼なヤツ…。
…なんて思った矢先に、彷徨がぷっと吹き出して笑い始める。
バレちゃっ、た…?

「ま、あのおばさんが言うんじゃ、帰らない訳にいかないよなー」
「ソーナノ! ハハウエはサイキョーなんデスゥ!」
「……? お母さん、怖い人なの?」
「怖いとゆーか、キツイとゆーか…今でもあの気迫で怒るんだろ?」

思い返して頬を引きつらせた彷徨に、青い目に涙を溜めた彼が思いっきりウンウンと頷いた。わたしの背筋にも、なんとなく悪寒。

「セントーがダメなら、せめてサイオンジのゴエモンブロをタンノーするデスヨゥ〜!
 ネ!? イーデショ!? カナタ!」
日本人にはない目力。真剣な表情でずいっと彷徨の眼前まで迫る彼の気迫も、十分すごいんだけど…。お母さん譲りなのね、きっと。
「お、おう。 一番風呂、堪能していけよ」
「Thank you! ミユも、イイヨネッ!?」

「―――っ!!」
「…ミユ?」
「あ、う、うん、もちろん…」
勢いそのまま、超がつくほどの至近距離に迫られて、肩に力が入った。

「アリガトッ!」



―――カシャン!

キスをしようと、彼がわたしの手を引いた瞬間。片付けようとしていたお茶碗が傾いて弧を描き、3人分纏めた箸があちこちに転がった。
「…あ、ごめん…ビックリしちゃって…。 わたしっ、お風呂沸かしてくるね…っ」
「おい、未夢…っ」





あからさまに撥ね退けた手。彼には当たり前のことなのに。さっきの、…台所でのことが頭の中を巡る。

お風呂場で浴槽にお湯を張りながら、立ち上る湯気をしばらく眺めていた。


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