作:杏
「ミ――――ユ――――! ゴハン、マダ〜〜〜〜〜?」
「あ! カナタいたの? ベンキョー終わった?」
戸が開くのと同時に離れたから、…みみみ見られてないよね!?
誰のおかげだか、運動の苦手なわたしでもこーゆーときの反射神経だけは自信があった。…命かかってましたからなぁ〜。
「Ah〜〜〜〜…Sorry! オジャマしちゃった?」
「…あぁ、思いっきりな。 もーちょい気ィきかせろよ? せっかく、あと1センチで…」
「彷徨っっ!!」
べっと舌を出す彷徨の隣で、彼が小さな子供を見るようにニコニコと笑っていた。
無理やり彷徨を遮ったわたしは、きっと真っ赤な顔をしていたんだろうけど。そんなこと言っちゃうなんて、信じらんない!
「…ごはん、できたら呼ぶから! ふたりとも向こう行ってて!」
「ねぇカナタ、イゴしようよ! ショーギは勝てなかったけど、次は負けないヨ!」
ずっと彷徨を取られっ放しだったけど、このときばかりは早く連れてってほしいと思った。
「…や、もう少しキリのいいとこまでやるから。 おまえはテレビでも見てろよ」
「エェ〜〜〜〜〜?」
「囲碁、俺に勝つんだろ?」
「Of course! モチロンだよ!」
「じゃあ! 彷徨は自分の部屋に戻る! アレックスは居間のテレビで囲碁の研究! で、わたしが夕ご飯つくる! ほら、行った行った!」
「お、おい…」
彷徨の背中を押して、廊下に追いやる。
何か言いかけた彷徨に手を振って扉を閉めると、彼に向き直ったわたしは、同じように追い出そうと彷徨より一回り広い背中に両の手のひらを添えた。
「ねぇミユ! Dessertはある?」
彼にはくるっと避けられて、追い出す予定で力の余った手を繋ぐように掴まれた。
腰を折ってわたしを覗き込んで、大きな身体に似合わない無邪気な笑顔を見せる。
「デザート!? …冷蔵庫に、かぼちゃプリンならひとつ…」
「カボ、チャ…pudding? …Ah! Pumpkin pudding!」
「で、でも、ごめん、彷徨の分しか…」
彷徨、勉強頑張ってるし、と思って、さっきひとつだけ買ってきたかぼちゃプリン。やっぱり、彼の分も買ってくるべきだったよね…。
「……カナタのdessertは別にあるでショ?」
「え?」
「ソッチをボクがもらってもイイなら…」
「―――――!!」
彼の瞳が別人のように変わった気がした。陰で暗くなっただけなのに、その鋭い眼光に射抜かれたみたいに動けない。
腰に添えられた手に、背筋が硬直した。
「…カナタに何かされたの?」
変わらない笑顔。なのに、どこかさっきまでとは違う。
「ミユのカラダ、疼いてるヨ? …ボクが鎮めてあげる―――…」
「――――や…っ!」
耳元で囁く彼の唇が耳たぶに触れて。
ぞくりとして、思わず空いていた左手で突き飛ばした。うまく力が入らなくて、彼との距離はほとんど変わらなかったけど。
「ふふっ! ジョークだよ!」
「じょ、じょーく…?」
「Japaneseはウブでカワイイなぁ!」
ぱっと彼の手がわたしを解放した。ぽんぽんとわたしの頭を撫でるのは、さっきまでの可愛い笑顔の彼。
「じゃーボク、イゴ見ながらゴハン待ってるね! ニクジャガ、ニクジャガ〜!」
(に、二重人格…?)
オオカミさんには気をつけなよ? Little rabbit…