作:杏
ボクの憧れ…大好きだから、嫌われたくない
けど、だからキミのモノはどうしようもなく欲しくなるんだ
「オカエリ〜ミユ!」
「ただいま…。 彷徨は?」
夕方、親友たちと別れて、重い足取りでうちに帰った。浮気現場にでも遭遇した方がまだ気持ちが楽かも、なんてもらしたら、ありえないって言われちゃったけど。
…わたしの気持ち的にはそれと大差ない、この状況。
満開の笑顔で出迎えられても、下手な作り笑顔しか返せなかった。
「カナタ、ベンキョーするからってボクのコト追い出すんだヨ!」
「ふぅん…」
この春休み、わたしは最低限の課題しかやってないのに、彷徨はそれ以外にも、毎日時間をつくって机に向かっていた。
高校に入っても、やっぱり優等生。特別進学コースに首位で入学、入学式では新入生の挨拶なんてやってて。
せっかく同じ高校に合格したのに、その他大勢の中の自分と、前に立つ彷徨との距離を無性に感じたのが去年の春。
初めてクラスが別々になって、違う時間割に、課題に、中学ではずっと一緒にやってきた体育祭も合唱コンクールも“仲間”じゃないことに、
わたしの知らない“向こう側”で楽しそうな彷徨に、寂しさばかりを感じていたこの1年。
それでも、うちに帰ればそばに居られるから、ずっと頑張ってこれたのに。
「じゃあ、わたし夕食当番だから、居間でテレビでも見てて?」
「Oh〜〜〜〜…わかったデス…」
帰りに寄ってきたスーパーの買い物袋はさりげなく彼の手に渡っていた。
「…………。 ふふっ、ありがと。 今日は肉じゃがだよ。 知ってる? 肉じゃが」
「知ってル! でも、食べたコトないデス!」
それがあまりにスマートで、その辺は不器用な彷徨と比べて、思わず笑ってしまった。そういえば、今初めてちゃんとした会話をしたかも。
「楽しみにしてますネ! ミユ!」
…悪い子じゃないのよね、うん。
(…………なんで、囲碁…?)
食事の支度をしていると、台所にまで大きなテレビの音が聞こえてきた。わたしなら気持ちよく眠れそうな、おじさんたちの囲碁の解説。
あ、昨日は縁側で彷徨と将棋してたっけ。外国人には、面白いのかなぁ?
ルールもわからないわたしは、鍋を抱えてひとり、首を傾げた。
(あと2日かぁ……)
「…お、帰ってたのか」
「あ、うん…」
ここに来たばかりの頃に比べたら、格段にリズムを刻めるようになった包丁さばき。
彷徨に負けずとも劣らないようにはなった、…と思うんだけど。今、気持ちは全然手元の野菜には向いていなくて、そこに突然彷徨が来たものだから。
「……っ!」
思わず息がつめたら、隣の冷蔵庫が慌てて扉を閉じた。
「大丈夫か?」
「うん、ちょっと切っちゃっ…」
「見せてみろ」
わたしが言い終わる前に、牛乳パックを取った彷徨の手が左手をさらっていった。
(ちょ、ちょっと…!)
「か、かなた、わたし、O型…」
小さな赤い玉が出来た指先が視界から消えて、わたしは訳のわからないことを口走った。
「……辛い」
「あ、だって今、タマネギ、っ…!」
苦しいくらいにドキドキしてる。咥えられた指先の感覚がおかしくなって、得体のしれない電気のようなものが身体中に走った気がした。
「…ごめんな、未夢。 せっかくの春休み、かまってやれなくて」
「……っ、な、何言ってるの、久しぶりに会ったんでしょ? 1週間くらい、どーってことない―――…」
「や、やだ! アレックスが居間に……」
「関係ねーよ」
関係なくないっ!
だってホントに、彼はこの戸の向こうにいて、これ磨りガラスだし!もしかしたら彷徨が来たのだって、知って…きゃ〜〜〜〜〜っっ!