第四中学校 2学年御一行様

〜溢る〜

作:

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ピンポーン

「はぁ〜い。 未夢ちゃん? おかえ…どうしたの!?」
「ふぁ!?」
ドアを開けた綾は未夢の異変に驚いた。その声にななみも飛び起きる。
笑顔で出て行った未夢が、泣きながら戻ってきた。
「―――っ…」
親友たちの顔を見たら、安心したのか、なおさら涙がこぼれた。
「とりあえず、入ろう?」
綾は未夢を部屋の中へ促し、ベッドに腰掛けさせる。ななみと心配そうな顔を見合わせた。

いつも元気で、笑顔をみせている未夢。
怒ったり、すねたり、落ち込んだり、感情は思い切り表現するけれど、人前で泣くことなんてなかった。

「未夢、どうしたの?」
「ルゥくんに、何かあった?」
ななみが隣に寄り添って背中を撫でる。膝の上で綾が包んでくれた手をきゅっと握って、涙を止めようとするけれど。
言葉にしようとする先に、思いが涙になって溢れだしてしまう。似合う言葉も見つからない。
二人の問いかけに、ただ首を振るのが精一杯だった。


「ごめん…」

未夢の嗚咽だけが響いていた室内が静かになり、落ち着きを取り戻した未夢がようやく口を開いた。
「今は何もきかないで…?
 わたしも、わかんなくて……。 ちゃんと…じぶんで、整理するから、そしたら、聞いてくれる…?」
こんなに泣いて、心配をかけておいて。そんなの物凄いわがままだと思いながらも、
自分でも理解しきれない涙の理由を話すなんて、できなくて。
どんな顔をあげればいいのかわからなくて、綾と繋いだ手を見つめたまま、消え入りそうな声で懇願した。

「うん。 じゃあ私たち、待ってるね」
「言えなかったら、無理しなくていいんだよ? 自分の中にしまっておきたいことだってあるし。
 言いたくなったら、いつでも聞いてあげるから!」
自分のわがままを快諾して微笑みかけてくれる二人に、止まりかけていた涙がまたこみあげる。
「…あり、っがと……」
「ほらぁ、もう泣かないっ!」
「もうすぐ夕ご飯行くのに、目、はれちゃうよ? タオル濡らしてくるね!」
綾がバスルームに急ぐ。涙を拭う未夢の頭を、ななみがポンポンと軽く叩いた。
「時間まで冷やしときなよー?」
「ぐすっ、うん…」



宴会場での夕食。
フルコースとはいかないが、テーブルいっぱいに所狭しと料理が並ぶ。

大きな公園に寄って食べるはずだった昼の弁当は、時間におされてやむなく予定変更。
サービスエリアのバスの車内での、慌ただしい昼食だった。
今は打って変わって、賑やかな食事。
あちこちから歓声が上がり、カメラのフラッシュが光る。

「うっめぇぇぇ〜〜!」
「なんか、ホテルーって感じだねー!」
「うちじゃこんなにお皿並ばないよね〜」
「うちも基本、和食だからなぁ〜。 こんなの久しぶり〜」
「…………」

一際賑やかなテーブルでひとり、渋い顔で箸を進める彷徨。
「どしたの? 西遠寺くん」
「実は洋食苦手だったり〜?」
「別に、そんなことねーけど…」
「彷徨の苦手なものなんて聞いたことねぇよ〜? 食べ物も、勉強も、動物とかもぉ〜」
「そういえば、わたしも知らないかも…」
三太の言葉に、何気なく未夢も続いた。ふいに彷徨と目が合って、ぱっとそらす。
「自分に好意を持った女子くらいじゃないー? 西遠寺くんが苦手とするものっ! おかわりしーちゃおっ!」
「「あぁ! なるほど〜」」
彷徨に睨まれる前に、言い逃げたななみ。ポンと手を打った綾と、うんうん頷く三太がハモった。
「………」
納得する二人をよそに、神妙な顔で別の方向に目をやる未夢。その視線の先に気付いて、静かにため息をつく彷徨。

(ありゃりゃぁー…?)
山盛りのごはんをおかわりして戻ってきたななみだけが、その微妙な空気の二人を見ていた。



「…未夢!」
声の主はわかっている。未夢は助けを求めるように、ななみの袖をきゅっと掴んだ。
夕食を終えて、それぞれの部屋に戻ろうとする生徒の波が遮られ、未夢たちを避けるように二分する。
「未夢、ちょっといいか?」
「………」
「…未夢? 付き合おうか?」
返事もせず、振り返ろうともしない未夢に、ななみが問いかける。
少し考えてから、首を横に振った。
「さき、行っててくれる?」
「大丈夫? 未夢ちゃん…」
「…わかった、部屋で待ってるね」

手を振ってななみと綾を見送ると、意を決して振り返った。
いつの間にか、人の波もまばらになっている。
「おまえ…」
「あのねっ! さっきうちに電話したんだけどっ
 わたしたちがいないから、ルゥくんずっとグズってるみたいなんだ!
 ワンニャー…」
「おい、バカっ!」
「!??」
彷徨が言いかけたのを遮って、一気に捲し立てたら、途中で口を塞がれて。
「…ちょっと来いっ」
近い距離にどぎまぎしていると、今度は手首を掴んで、引っ張られた。


「…んの、バカ!
 誰か聞いてたらどーすんだよ!」
「…え? あ、ごめん…」
やっと、怒られた意味に気付いて、小さくなる。目線がまた床に落ちた。
「…みたらしさんが」
「もういーって。 誰もいねーし」
「……ワンニャー、大変そうだから、彷徨も時間あったら、声聴かせてあげて?」
改めて、言い直した。視線はやはり、彷徨の足元。
じゃあね、と背を向けた。

「おい、待てって…!」
彷徨が再度未夢の腕をとるが、未夢は振り返らない。
「…委員長、集まんなきゃじゃないの?」
「リーダーは別ミーティング。 広瀬が、まだ時間あるからおまえを見てこいって」
「果那ちゃんが…? どうし、て…」
思わず振り返って、彷徨を見上げる。

「………目。 なに泣いてたんだよ」
「え…? べっ…別に…」
はっとして、目元を隠すようにそっぽを向いた。
「あいつ、気にしてたぞ。 自分が泣かせたんじゃないかって。
 …ケンカでもしたのか?」
「そんなんじゃ…。 果那ちゃんのせいじゃないから、心配しないでって伝えて?」

笑顔をつくってみたけれど、失敗した気がした。きっと、上手く笑えていない。
未夢の頭の中には今。
なんで?
どうして?
次々に疑問符ばかりが浮かんで、パンクしそうだ。

「…時間あるんなら、電話してきてよ、ね…?」
「あぁ…」
今度こそ、その場を去る。
掴まれていた腕は悲しいほど簡単に。するりと抜けた。



気がつけば8話です。ビックリ。
たった2泊3日の修学旅行がこんなに長くなるなんて…3泊4日にしなくてよかった。心底思います(・・;

とゆー訳で、どうも。杏です。
書けば書く程に流れが変わっていき…ちゃんと結末に辿りつくのか、ワタシ。
短編に浮気したくなってきました(笑)

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